のガンマン






昨日街ですれちがった子供が言ってた。

「 ねぇねぇクロスー。」
「 なんだ。」
「 オタンジョウビってなぁに?」

笑いながら、女の人の手にべったり抱きついてた。だからオタンジョウビは楽しいものなんだ。きっと。
ソレをあげればクロスも喜んでくれるハズ!



何処から仕入れてきた、と面倒臭そうに返事をするクロスはカウチに踏ん反り返って座った儘豪奢な天井を仰いでいる。
暫く考えていたのか口を閉ざしていたクロスだが、葉巻の煙を口から長く垂れ流し、そうだなと口の中で呟くと緩く口角を上げた。
「 誕生日ってのは何をしても何を言っても許される日だ。」
素晴らしい日だぜと笑って続けるクロスを驚いた顔で見つめるは抱き締めていた枕を床に落とすと、数拍間を空けてから転がるようにベッドから飛び降りカウチへと小走りに詰め寄った。
「 オタンジョウビって、物じゃないの!?」
ガシッと、ブランデーグラスを持つクロスの左腕に乱暴にしがみ付くと、はグラスの中身をぶち撒けん勢いで揺らす。
ヤメロといった眼でクロスが見下げても止めず、腕に縋るその表情には少々切羽詰った色すら見えていた。
、ヤメロ。」
珍しい事もあるもんだな。その程度に捉えるクロスは強めにの顔を見つめる。だがは止めなかった。
「 ねえクロス、オタンジョウビって物じゃな――――ないの?」
「 バカが!揺らすからこぼれただろうが!!」
「 ごめんクロス。」
が縋り付く腕を強引に解きグラスをテーブルに置けば素直に謝罪の言が返って来る。
自身の指に掛かったブランデーを吸い、視線を指から少し外せば、己の眼を見詰める為に上を向いたの白い頬に濃い琥珀色の雫が二つ、伝い落ちる事無く留まっているのが眼に入った。
「 それで――……なにかついてる?」
「 !……動くな。」
如何しようかと思案をめぐらせていると、じっと顔を凝視され自分の顔に何かが付いていると気付いたがクロスの視線の先へと細い指を動かした。が、細い指は二粒の琥珀に触れる前に捕縛され、甘い葉巻の香りを一身に受ける事となった。
「 ……クロス?」
「 …………動くなっつってんだろ。このブランデーは上物なンだよ。」
「 じゃあ、こぼしたらもったいないね。」
「 ……そうだ。」
だから他意は無い――そう小さく口中で呟いたのは誰に聞かせ納得させる為か。ブランデーで濡れた唇をの白い頬に寄せ、慈しむように長い時間を掛けて二粒の琥珀を体内へと収める。離す刹那に、余計濡れてしまったかと一度少し口を開いて少々強めに吸い込み。
心が痛み、体は疼き、腹の底で燻る何かが大きくなった感覚と同時に襲われる罪悪感と自己嫌悪。
唇を離し体を離せば見えてくる紅い二つの眼は喜びに満ち溢れ、細く細く弓のようにしなる。
「 おいしかった?」
「 ……ああ……美味かった。」
オレが望んでオレがした事だ。他の誰にも罪は無い。にも……には――……
言葉を呑み込み歪む顔を押し止めるクロスにきゃあと嬉しげに声を上げ抱き付くはクロスの胸に顔を埋め、白い髪を楽しそうに揺らす。その長い白髪に指を滑らせれば、更に柔らかい声が小さく上がる。
と、膝の上に乗ったは何かを思い出したかのようにふと顔を上げクロスの眼を真っ直ぐに見詰めた。今は余りその紅い眼にオレの顔を映して欲しくないと思うクロスだが、気持ちも誤魔化すように何でもない素振りで天を仰ぎ葉巻をふかす。
「 ねえクロス、オタンジョウビって物じゃないの?」
本日何度目か、同じ言葉を真顔で繰り返す。
溜め息のようにやる気の無い煙を吐き出すと、クロスは視線を豪奢な天井からの紅い双眸へと移しまじまじと見詰める。
昨日、一昨日と少々ハードな戦闘が続いた。ざっと見たところ外傷も無く本人もピンピンしていたから特に気にもしなかったが、内部を損傷していたか?否、それにしては今日一日の行動で可笑しな部分が見つからない。だが故障か?それとも成長か?そもそも誕生日に固執する理由が解ら無いし、誕生日なんて単語を教えた記憶も無い。
解せぬ話だ。そう、顎に手を掛け上から下から、果ては目の下に両親指を押し当て下方へと心持ち強く引っ張ってみるが、損傷らしい損傷やその兆しも見当たらない。
「 ……ああ、物じゃ無い。っつーか、どっからそんな言葉仕入れて来たんだよ?」
「 昨日、街で。」
会話のキャッチボールも、何時も通り。一体全体何事だと、皆目検討もつかぬクロスは手を上げる。
「 誰が言ってた?」
「 すれちがった子供が。『明日はママのオタンジョウビだね、ボク〜』って、すっごく楽しそうに。……なのに、物じゃないの?」
「 ああ。」
成程、と笑いながら心の中で頷く。
「 えー、物じゃないのに楽しいって……ヘンだよ!」
納得いかないとむくれるの長い髪を耳に掛け、米神を親指の腹で優しく撫でるクロスは表情も柔らかく、上機嫌に咽喉を鳴らす。
「 お前は如何だ。……アクマとの戦闘は?」
「 ……べつに、楽しくない。」
むくれた儘目を細めるに声を出して短く笑うクロスはそうかと続ける。
「 だがアクマを早く倒せばオレの手は空く、よな?」
「 ……!!そうしたらクロスはわたしと遊んでくれるから、楽しい!!」
「 ああ。で、ソレは物か?」
「 あ……ちがう。物じゃない。でも楽しい。」
「 そういう事だ。物じゃなくても楽しい事なんざ、この世にゃごまんとある。」
勉強になったなと手の腹での頬を撫でるとその儘横抱きに抱き上げベッドへと運ぶ。腕の中に居るは大人しく、うんと頷きながらクロスの優しい眼を見詰める。
「 ねえクロス。」
「 なんだ?」
ベッドに入り布団を掛けられただが、クロスの袖を掴んで次の行動を制止した。子供を寝かしつける親のように、クロスはベッドに腰掛け少し上体を傾けの顔を覗き込む。
「 オタンジョウビはなにをしてもなにを言ってもいい日なんでしょ?」
「 ああ。」
「 じゃあクロスは毎日オタンジョウビね?」
窓の外遠く、犬が月に吠えている。
一瞬、言葉に詰まったクロスだったがにっこりと満面の笑みを作り優しく優しく諭すように話しかける。
?それは如何いう意味だ?」
「 だってクロスはいつもそうじゃない。クロウリーって人もクロスはわ」
「 オレは何時でも素直で紳士だろう?」
「 クロスは神父サマでしょ?」
話が脱線する。そう悟ったクロスはにこにこと笑顔を浮かべながら心の中で盛大に涙を流した。滝のように。
クロス大好き!と抱き付いてくる、蝶よ花よと自身の総てを掛け大事に大事に育ててきたに、よもや暴君と位置づけられていたとはえも言われぬ話ではないか。何時だってには紳士の態度を崩さず接して来たと言うのに、だ。
「 もう寝ろ。」
「 でも」
「 明日も早いからな。」
顔の半分を覆う仮面の下に笑顔の仮面を貼り付けた儘、クロスはの瞼をそっと閉ざす。
「 ……誕生日ってのは、ソイツがこの世に生まれた日って意味だ。」
「 クロスにもあるの?」
「 ああ。……おやすみ、。」
「 おやすみ、クロス!」
数秒経たず眠りに落ちたの白い頬に唇を寄せ、感情と共にサイドボードの灯を吹き消した。




街の喧騒から遠く離れた丘の上。
見晴らしも良く、背の高い木や草も生えていたが、野兎一匹、小鳥一羽居らぬ其処に一軒の小屋が在った。
丁度良いと小屋の扉を叩けば、物腰の柔らかい青年が笑顔で招き入れてくれ、茶までふるってくれた。女物のマグに手を伸ばし口元まで運んだ瞬間、断罪者(ジャッジメント)の引鉄は引かれ光を纏った弾丸が一発、クロスの背後で変形し出した青年の頭蓋を撃ち砕いた。
「 アクマが居るから小鳥すらも近寄らねぇ――か。」
ボコボコと沸騰するかのように大粒の泡が出ずるマグの中身は薄い琥珀色から赤銅色へと変化し、異臭を放ち始めた。それを隻眼で見下ろすクロスはフッと口角を持ち上げると立ち上がり、炎の揺らめく暖炉へと中身諸共マグを放り投げた。
「 Rest in peace. 受けた施し分は神に祈ってやるよ。」
消えかけるアクマの残骸に一瞥をくれ、閉じた扉を開ければルビーよりも鮮やかな太陽が嫌でも眼に入る。
手をかざし目を細めれど、太陽の大きさは変わらず眩しさも変わらない。
「 ……今日もムダに燃え盛ってんなぁ……。」
指の隙間からチラチラと漏れ入って来る痛過ぎる光。
血潮ともの瞳の色とも違うあかいろ。
眩しくて、眼が痛くて、直視させぬくせに、無性に心を掻き立て惹きつける紅蓮。沈み往くくせにその存在を確かなものとする圧倒的な存在感が何故か嫉ましく思える。
何時だったかアイツが言ってたか……オレの髪は夕陽と同じ色だと――
「 クロスー!!!!」
無意識に自身の髪に触れた頃、遠くの草叢が僅かに動き大声で名を呼ばれた。声の方向へと首を動かせば、ガサガサと草が動き倒れヒョコリと、黒と白の塊が現れる。
クロスの表情筋が優しく柔らかく、緩む。
全力疾走をするが両手を目いっぱい広げ、クロスの数十センチ手前で踏み切り飛び上がる。と、タイミングを合わせる事無くクロスはを抱き止め、後ろ手に扉を閉めた。
「 クロスはココでなにしてたの?今日はココに泊まるの?」
「 いや。」
「 じゃあ、お手洗い?」
「 ま、そんなとこだな。」
「 ちゃんと手洗った?」
「 ああ。怪我はしてないか?」
「 大丈夫!」
ぎゅうっっと抱き付くの頭を撫で、燃える夕陽を背にクロスが歩き出せば、夏にしては爽やかな風が髪を揺らした。
悦にクロスの首に腕を回していたが、あ、と声を出しクロスの髪を撫でた。
「 クロス、同じ色!」
「 何がだ?」
「 クロスの髪と、アレが!太陽!!」
片手はクロスの髪に触れ、もう片方の手で沈む夕陽を指差すはほらほら同じと嬉しそうに笑う。その言葉に一刹那眼を見開き言葉を失ったクロスは口端を緩く上げ眉根を寄せた。
「 ……そうか。」
「 うん!あとね、」
楽しげに声を上げるは太陽から視線を外し、ぐるりと躯の向きを変えクロスの顔を覗き込む。歩を止めずチラッとの顔を確認すれば、楽しげに笑う紅い眼が弓のように細められる。
「 オタンジョウビおめでとう、クロス!」
自分の事のように破顔一笑するの紅い眼が優しく、燃え盛りながら静かに沈み往く夕陽をその端に映している。
いつしか止まったクロスの足元を、一匹の野兎が駆けて行った。
「 今日でしょ?クロスのオタンジョウビ。まちがってないよね?」
「 ……ああ……良く覚えてたな……。」
「 クロスのコトなら何でも覚えてるよ!好きなワインはロマネ・コンティ!」
「 そうだ。」
小刻みに揺れ動く瞳を一度閉ざし、心の中で大きく深呼吸してから不敵に笑うクロスは再び歩き出す。にっこりと微笑むを落とさぬようしっかりと抱え直して。
「 オタンジョウビと言えばプレゼントだけど、」
「 お、良く識ってるな。」
「 うん!ロマネ・コンティは買えなかったの。ごめんねクロス。」
「 しょーがねぇな。」
「 だから」
眉を寄せたかと思えば胸のボタンを外し、何やら手を突っ込みゴソゴソとする
「 これでガマンしてね?」
眼の前に差し出されたものは一輪のツルバラと一茎のファイアー・ウイード。奇しくもそれは7月31日、クロスの誕生花だ。
知ってか知らずか、は笑顔でそれを差し出した。
クッと咽喉を鳴らすクロスは左手に持った儘の断罪者をホルスターに収め、の細い指からツルバラとファイアー・ウイードを貰い受ける。
「 花、か。」
「 お酒じゃなくてごめんね。でも、オタンジョウビおめでとうって気持ちはいっぱいいっぱいつめこんだから!」
「 ありがたいな。」
何処で如何やって手に入れたんだと問えば、道に咲いていたという素敵回答が得られ、クロスの心を更にもみほぐす。

沈む太陽、爽やかな風、揺れる燃えるような長い髪。
重なる二つの影と、笑い声。






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For Regnerischer Tage and you
自身の企画サイトを盛り上げる為

今までD灰で参加させて頂いた企画サイト様でのヒロインを書いてみよう!
と思って仕上がったものです
丁度お誕生日が近かったのでそんな内容です
夕陽のガンマンなんて、まんまマリアンヌさんの為に有るようなタイトルですよね
いや、自分でタイトル並べといて何言ってんだか

兎にも角にも、お誕生日おめでとうマリアンヌさーんvvv