と現実と、の中






夢の中では素直なのに、どうして現実ではこうなんだろう。
夢の中では素直で可愛いのに。

「……何見てんだよ。」
つり上がった鋭い目で睨みつけられる。すると一瞬、心臓がひやりとなる。
鬱陶しそうな顔で盛大に舌打ちをすると足早に彼は消えて往く。

現実はいつも残酷。


。」
「神田?」
「……名前で呼べよ。」
「ああ、ごめん。………ユウ。」
後ろから彼に呼び止められる。振り向けば眉間に皺が浅く刻まれた顔。
そう云って彼は私の腕を引っ張って抱き寄せる。

「ふふ。」
「なんだよ。」
「別に、なにも。」
「……気になる。」
でもそれは嫌じゃなくて、心地良くて。私はつい声をもらして笑う。
彼の言葉が心地良くて、彼の腕の中が心地良くて。自然と顔が、ほころぶ。
「ただ、」
「ただ?」
腕の中で彼の胸に頬寄せて。
規則正しい彼の心音が、余計に心地良くて。
「仕合わせだなぁ、と思って。」
総てがどうでも良くなる程に、心地良くてとろけてしまいそう。

。」
「ん?」
「愛してる。」

夢の中では素直なのに、どうして現実ではこうなんだろう。
夢の中では素直で可愛いのに。


「チッ。」
小さな舌打ちの音。聞こえないとでも思っているのか、その切れ長の眼は私を映しはしない。
「お前と任務かよ。足引っ張ったらぶった斬るからな。」
横目で鋭く睨みつけられるとすぐに外される視線。
これが彼の挨拶なのだと納得しても、やはりその射るような眼差しには未だ慣れず、厭な汗がふき出す。
彼の高く結い上げられた髪が、きらりと朝陽に光った。
私の目に、彼の笑顔はいつだって映らない。

現実は、いつも残酷。



「ユウー!」
「あ?」
緩やかな衝撃と柔らかな感触。そして、甘い香り。
そのまま振り返っても何も見えない。だから少し視線を下へと移す。
「つかまえた。」
「……離れろ。ファーストネームで呼ぶな。」
桜色の艶やかな唇、薄紅色のふっくらとした頬。そして俺を包む白く細い腕と笑顔。
背中から回された腕に力が籠められる。

「やだ。ずっとユウに逢いたかったんだから。」
「知るか。」
「ユーウ。」
「黙れ。」
甘い香りに甘い声。思わず引き摺り込まれそうになる。
でもそれは嫌ではなく、どうしてか心地良くて。
こいつの声がどうしてか心地良くて、こいつの腕の中がどうしてか心地良くて。つい顔が、ゆるむ。
「もー、そういう事云ってるとー。」
「なんだよ。」
振り解ける腕を振り解かず。背中に伝わるこいつの心音がどうしてか心地良くて。
「キスしちゃうよ?ユウ。」
総てがどうでも良く思える程、どうしてか心地良くて理性が消えそうになる。

「……。」
「ん?」
「………好きだ。」

夢の中では素直なのに、どうして現実ではこうなのか。
夢の中では、恥ずかしくなる程素直なのに。


「はぁ。」
溜め息がひとつ落とされる。見れば眉間に刻まれた深い皺。
俺はいつだって、こんな顔しかこの目に映せない。
「好い加減、威圧しないで任務先の人と話しなさいよね。フォローするこっちの身にもなれっつーの。」
噛み付くように、じっとりと睨まれ吐き捨てられる。

これがあいつの性格なのだと、云い聞かせても胸に刺さるものは刺さり、影を落とす。
怒りの色が湛えられた瞳が、きらりと夕陽に光った。
俺の目に、こいつの笑顔が映る事は少ない。俺に向けられた笑顔は、云うまでもなく今まででひとつも無い。



夢の中では素直なのに

                現実はいつも残酷




「うるせぇな、必要ねぇだろ。」
「お前はっ!そのせいで必要な話だって聞けないでしょ!」
「お前の聞き方が悪い。」
「なんですって!?」
「人の足引っ張ってんじゃねぇよ。次やったら斬る。」
「それはこっちの台詞だ!!」




        夢の中では素直でいられるのに

現実ではうまくいかない