「 頑張れ!」


何の気無しに、吐き出す言葉。


「 頑張れよ!」


何の迷いも無く、口を衝いて出る言葉。


「 もうちょっとだ、頑張れ!」

「 もう少し頑張って!」


何も考えずに。
当然のように。

何の疑問も持たずに叫ばれる、言之葉。


「 それじゃあヨロシクね。幸運を。」

「 行ってらっしゃい。気をつけてね。」

「 怪我の無いようにね。」


私を送り出してくれる人が、何時も掛けてくれる言葉。
彼は何時も、言葉を選んでくれている。
間違っても『頑張れ』なんて言葉は吐き出さない。
それは私の考えを知っているから、なのだろうか?



私は『頑張る』という言葉が嫌い。
それはアクマよりも、千年伯爵よりも、嫌いな言葉。
『頑張れ』なんて他人がそう易々と吐いて良い言葉じゃないと思ってる。
それに『頑張る』なんて、具体性が何一つとして無いじゃない。何を如何『頑張る』のよ。
何が如何なれば『頑張っている』で、何が如何なれば『頑張っていない』なの?
それは誰が決めるの?誰の物差しで計れるの?

自分がどんなに『頑張ってい』ても、死に物狂いで対峙していても、「 頑張れ!」の言葉は乱暴にも投げ掛けられる。
そう、幾度も、幾度も、どの様な場面でも。

私は必死に『頑張っている』のに、命を懸けて闘っているのに、不躾に「 頑張れよ!」の言葉が浴びせられる。
幾度も、幾度も、幾度も、幾度も。

耳障り以外の何物でもないのに。
集中力が削がれるのに。

相手は構わず、私に「 頑張れ!」と暴投する。


『頑張っている』わ、この躯が見えないの!?
こんなにも皮膚は抉れて、こんなにも血は流れ落ちて、こんなにも息は上がっているのに。
未だ『頑張』らなくちゃいけないの?
これ以上如何やって『頑張れ』と言うの?
今の私は『頑張っていない』と言うの?
私が手を抜いているとでも言いたいの?



だから私は、『頑張る』という言葉が嫌いなの。


だから私は、「 頑張らなくて良いよ 」と言う。


『頑張る』必要なんて何処にも無い。
『頑張る』べき事なんて何も無い。

『頑張れ』ば『頑張る』程「 頑張れ 」と叫ばれ、更に『頑張れ』ば「 もっと頑張れ 」と繰り返されるエンドレスループ。
ノイローゼになってしまいそうなまるで呪文。


だから私は、誰にでも「 頑張る必要なんて無い 」と言う。
だから私は、大切な人に「 頑張らないで 」と言う。
だから私は、「 頑張らなくて良いよ 」と言う。



その言葉を今、最も欲しているのは、他の誰でも無く。
その言葉を今、渇望して止まないのは、他の誰でも無く。
その言葉を今、耳にしたいのは、他の誰でも無く。

その言葉を今、最も必要としているのは、私に他ならない。

「 頑張らなくて良い 」と言って欲しいから、私はそう、他人に言っていたのかもしれない。
泣き出しそうな位辛い状況下での「 頑張れ 」は拷問以上の存在感で。

唯一言、誰かに、「 頑張らなくて良いよ 」と言って欲しいのに。
周囲は「 頑張れ 」「 頑張れ 」と冷たく言い放つだけで。
躯よりも先に心が折れてしまいそうになる。

今此処で、アクマに向けている得物を自分の咽喉に宛がえば、きっと楽になれる筈。
腕を斬れば、足を斬れば、脳を貫けば。

心が折れるくらいなら、いっそ。


唯私は、一言、欲しいだけなのに。
その欲しい言葉だけは、誰もくれなくて。
本当に欲している言葉なのに、今は誰もくれなくて。

。」

応援なんかされなくても、私は私のすべき事をきちんと遂行する。

。」

誰に何を言われなくても、私自身が生き残る為に私は腕を振るう。
「 頑張れ 」と言われても。
無責任な言葉を背中に受けながら。
血肉引き裂かれ、骨が砕けても、私は闘う。それが私の任務だから。

。」

耳を擽る一陣の風が、柔らかな音色を引き連れて来た。
私が欲して止まない、胸の奥が苦しくなる声を。
唯一、私が本当に欲しい言葉をくれる人を。


哀しみとは別の涙が、溢れ出してくる。

「 なに泣いてんだよ。」

視界がぼやけ、得物を握る手に力が入らなくなる。
私を雁字搦めに締め付けていた悪い呪が、すっと解けて往くように感じられる。

ドン、と派手な音が上がって、眼の前のアクマが爆ぜて、大気が動いて。
トン、と小さな音が上がって、背後に人の気配を感じた。

嗚呼、嗚呼……。
ありがとうとも、ごめんなさいとも違う感情が生まれて、嗚咽が漏れた。

「 泣いてんじゃねぇよ。」

耳を擽る一陣の風が、柔らかな音色を近づける。

嬉しくて、苦しさから解放されて、涙と嗚咽が漏れて。発動を解いた得物を力無く握った儘、俯いた顔を手で覆った。
後ろから、暖かな温もりに優しくそっと包まれる。
安堵して、更に涙と嗚咽が溢れ出る。


「 頑張ってんじゃねぇよ、バカ。」

その言葉に、私を奮い立たせていたものが瓦解した。
泣いて、泣いて、人目も憚らず私は声を上げて泣いた。

「 こんなになるまで頑張るな。」

強く抱きしめてくれるユウの声が優しくて、その言葉は今の私が最も欲していたもので。
アクマを破壊する得物を取りこぼしそうになってしまう。

「 ……ユウ……ユウ…………。」

堰を切ったかのように止め処無く溢れる涙。
滑り落ちるアクマを破壊する得物をユウが受け止め、殊更強く抱きしめられる。
温もりも、香も、心臓の音も移るくらい、強く、強く。

「 …………良く耐えたな。お疲れ。」


ユウの腕に包まれて、もう良いんだと、思えた。

それでも、私の明日も、ユウの明日も、闘いに明け暮れている。
それでも、私も、ユウも、「 頑張れ 」なんて言わない。言い合わない。

Fight to the end of life time