枯れ葉色の石畳を、恋人と手を繋いで歩くのがずっと夢だった
仕合わせに満ち溢れ、頬を寄せ合って。こぼれる吐息は薔薇色に色付く
幼い頃に見たテレビのワンシーン
大人になれば誰だってそう出来るのだと思っていた。大きくなればキラキラとした時間を過ごせるのだと
幼い少女は、蜂蜜のように甘い夢を見ていた

   



踊る落ち葉の
風に隠されて



……スタ…………………起きて下さいマスター。」

ぼんやりする視界の最奥に澄んだあおいろを見つけて、嗚呼今日も一日が始まるのかと思うのがここ最近の日課。
「……おはよう、かいと。」
眠い目を力無く擦って欠伸をひとつ。
目の前のあおい双眸がゆっくりと細められる。
それを見ると、寝起きだけど力が抜けてふにゃりとなる。ふにゃりと、笑顔になる。
それはそれは、とてもカンタンでステキな魔法。
「おはようございます、マスター。」
小鳥のさえずりにさえ負けないような爽やかな声。
けれど少し、ぼやけたような声。

起き上がって、ん、と伸びをすると天井に手が届きそうなここはロフト。
八畳一間+ロフトは、独り身の学生には充分過ぎる城だと思う。これでユニットバスじゃなければ、文句も無いのだけど。仕送りをしていただいている身では、そんな事口が裂けても言えようものか。

時計の針は未だ8時を迎えていない。
でも確か、今日は土曜日で大学はお休みのハズ。
……なにが哀しくて休みの日まで早起きしなきゃいけないのよ。
「かいとぉ、今日は大学お休みだよ〜?」
どうしてこんなに早く起こしたの?とハシゴを降りれば、不釣合いに小さなパステルイエローのエプロンをしたKAITOがフライパンを手に、にっこりと微笑む。
「今日はタマゴと牛乳が安いんです。早く行かないと売り切れてしまいますから。」
一人用の小さな丸テーブルいっぱいに広げられた新聞と広告。
家主より先に読むなよ、とか、主夫か、とか、そんなツッコミばかりが頭の中を駆け巡るけれど。
すこぶるあおが似合う美形青年が嬉しそうに笑うものだから、そんなのは取るに足らないどーでもイイ事なのだと勝手に頭が処理してしまう。
「KAITO一人で行けばいいじゃ〜ん。」
キッチンと呼ぶにはあまりにも小さく簡素なそれに向かうKAITOに背を向けて、バスルームのドアを開ける。
「今日は良いお天気です。一緒にお散歩しましょう、マスター。」

上機嫌な声のあとに、美味しそうな音が上がった。




枯れ葉色の小路。
ぽかぽか陽気に、高い太陽が目に眩しい。
ザクザクザクと落ち葉を踏んで歩く隣には、酷くあおの似合う背の高いお兄さん。
さらりと揺れる髪が木漏れ日に透け、いつか行った南の海の香りがした。

「マスター。」
「ん?」
下から見上げていると、パチリと目が合う。
にこりと微笑むKAITOは少し眉を顰め、私を真っ直ぐに捉える。
「寒くないですか?」
「……ダイジョブだよ。」
にこっと、笑い返すと花が咲く。ここだけ秋じゃなくて、春になる。

どうしてKAITOが私の隣に居るのか、最初はワケがわからなくてとっても困ったし怖かったしパニクッたけど、
人生なるようにしかならないし、なってしまったものは仕方がない。無い物を悔いるより、有る物を嘆くより、
流れに身を任せ往き着いた先で悩み哀しむ方が楽しそう。今をいかに楽しむか、それが大事なんだよね。
KAITOと居ると、退屈しそうにないし。
まぁ、問題もあるにはあるけど。

ひゅうと風が吹いて、落ち葉が道路を滑る。
長いポプラ並木道。
いつか恋人と手を繋いで歩きたいと、今のアパートに住む事を決めた最大の要因。
映画やドラマのワンシーンにそのまま出てきそうな、理想の並木道。
ひゅるりと風が吹いて、落ち葉舞い、寒いねと手を繋ぎあって笑うの。仕合わせそうに頬寄せて、三日月の下で影が重なるの。ベンチに座って肩を寄せ合い、ひとつの長いマフラーに巻かれて、小説のページを捲るの。
「すごい落ち葉ですね。」
「焼き芋焼き放題だね。」
「!焼き芋も買いますか?」
「ふふ、どっちでもいいよ。」
子供のようにキラキラ輝く瞳。とても澄んだあお、ふたつ。

私は未だに夢を叶えられていないけど、何故だか最近は心が穏やか。
ここは枯れ葉色の石畳じゃなくて、枯れ葉で埋め尽くされたアスファルトだけど。
恋愛小説の読後のように、気分はあたたかに満ちている。
それがいつか、必ずてのひらからこぼれ落ちて往くものでも。
必ず失うと、わかっているものだとしても。
今の気持ちは、ウソじゃない。

「――っわ!?」
「マスター!?」
ゆるやかな衝撃。
ふわりと、長くあおいマフラーが枯れ葉色に乱入する。
「大丈夫ですかマスター、お怪我はありませんか!?」
「……うん、大丈夫、ありがとうKAITO。」
足元でカサリと、落ち葉が音を立てる。
心配げに揺れるKAITOの瞳。にこりと笑ってお礼を言うと、じっと私を見つめる。
優しく強く包まれた私は、差し詰め王子様に助けられた――――町娘、かな。そんな事を考えると、くすりと笑みがもれる。どこまで欲が無いのだと。もう夢は見ないの?と。
「石に躓いちゃったみたいだね。」
「……危険ですね。」
尾を下げしょんぼりとした子犬のような顔が、ゆるく鈍く、私のなにかを締めつける。

それが何か、気付いてはいけないと私が囁く。
それが何か、自覚しなさいと私が呟く。

枯れ葉色の石畳を、恋人と手を繋いで歩くのが幼い頃からの夢だった。
「ブーツだったから余計にね。」
映画のように、仕合わせそうに頬寄せて。ぬくもりも香りも移る程の、距離で。
「……こればかりは、見えないので気の付けようもありませんし……。」
枯れ葉舞う中、北風が2人のコートを揺らすようにすり抜けて。
「でもKAITOのお陰で怪我しなかったし。」
2人の距離は、もっとずっと近付いて。
「ありがとね。」
「いえ、ボクは、なにも……。」
照れたKAITOのマフラーについた落ち葉を取ると、ありがとうございますとはにかんだ。
その笑顔が、きゅっと私のどこかを締めつけて、鼻の奥をツンと冷たい空気が支配する。
誤魔化すように笑顔の仮面をつけて、私はマスカレイドへと足を踏み出した、気がする。
カサリと、乾いた音楽が上がる。

「こうすれば大丈夫なんじゃない?」
「え?マ、マスター!?」
枯れ葉色の石畳を恋人と手を繋いで歩く。
ずっと夢見ていた事を、私は今、実践するの。
照れ笑うKAITOの腕を取って。
「KAITOが支えててくれれば大丈夫でしょ?」
「それは、そうですけど……!!」
KAITOで、擬似実践するの。
ここは枯れ葉色の石畳でもなくて、私の隣に居るのも恋人じゃなくて、手も繋いでないけど。
「ちょっと寒いし、ちょーどイイじゃん。」
「でも、マスター!!?」
ここは落ち葉で埋もれたアスファルトのポプラ並木道で、王子様のような容姿のKAITOは恥ずかしいのか自身とは正反対に耳まで真っ赤にしてて、私はその腕と自分の腕を組んでるだけで、指先は秋風に少し冷たいけれど。
「あとね、KAITO。」
楽しくて、胸が、ワクワクして、ちょっと、嬉しくて。
「……なんですか?」
ちょっと、切なくて。
「マスターじゃなくて、名前で呼んでみよ、っか?」
ガサリと蹴飛ばした落ち葉が少し冷たい風に運ばれて。
「…………マスターを、です、か……?」
下ろした足は敷き詰められた落ち葉を乾いた音と共に踏み付けて。ちょいと見上げた先の顔は、目を丸くしていて、あおい髪が高い太陽に照らされてサファイアのように美しく輝いていて。
「そう、って。はい、りぴーとあふたみー。」
私は眩しくて目を細めるの。
「……マスター……。」
「違うでしょ、!」
「………………さん………。」
一所懸命、顔を真っ赤にしながら答えるKAITOの隣で。
「うん、取り敢えずはよくできました。」
気付かれぬよう笑って、気付かないよう笑って。
「……マスターではダメですか?」
落ち葉を敷き詰めた絨毯の上で踊り始めるのよ。素顔を隠す仮面を被り。
巡る季節に胸を馳せ、必ず終わりを告げる物語を読むように。
「名前で呼んでほしいな。」

ずっと夢見ていた事を、KAITOで擬似実践するの。

乾いた音を上げ踊る落ち葉の風に隠されて。    






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For Song for youさま and you
素敵な企画に参加させていただきまして、ありがとうございました!!
兄さん、お誕生日おめでとうvv


タイトル
r e w r i t e
君と過ごす一年で十二題(内、一部)