うるさい女が居る。
会えば必ず口を開き、まるでマシンガンのように話す、うるさい女が居る。
アイツの周りはいつも賑やかで、だからどこに居るのかが能く判る。
コムイとタッグを組むともう手のつけようが無い程騒ぎ倒し、正直鬱陶しい存在だ。
アイツが静かな時は寝てるか食べてるかのどちらか。

「 あー、カンダじゃーん!」
こうして今日も俺の平穏はブチ壊される。
そんな大声で叫ばなくったって、聞こえんだよ。
「 カンダ、カンダ、おはよっ!」
そう云って背後から近付き横に並ぶ。うるさくて仕方が無い。
「 おはようってば、聞こえてんのカンダ?」
そして不必要に俺の名前を連呼する。うるせぇんだよ。
遭って数分、数えるのも馬鹿らしくなる程名を呼ばれる。そのうちゲシュタルト崩壊でも起こすんじゃないかと思う程だ。
朝っぱらから、その元気――――騒がしさはどこから生じてくんだよ。元栓があるならギチギチに閉めてやりてぇ。
「 カンダー!」
「 うるせえんだよこのタコ!」
我慢ならず、思わず叫び返す。
それでもコイツは、俺に睨まれても罵られても一度として怯まず、あっけらかんと笑っていた。
今も目を丸くするどころか、俺がリアクションを示したのが嬉しいのか楽しそうにタコじゃないだと口を開いている。
「 毎度毎度、その騒がしさはどこから来る。」
「 元気なのは良い事でしょ。カンダこそ、朝っぱらから辛気臭い顔しないでよ。」
「 誰がだ斬るぞ。」
「 そうそう、それならいっそ怒ってる方が華があってよろしい。」
「 黙れ、ピーチクパーチクとお前はカナリアか。」
「 カナリアって綺麗な声してるよね。おやおや神田君、きみは私の声を――」
「 お前は虫だ。寝ようとすると耳元で五月蝿く羽音を立てて飛びまわる虫だ。」
「 なにそれ、ひっどーい。」
六幻を左手で持って斬りかかれば、ひょいとかわされる。
俺も本気でやった訳じゃないしな。
あ?そういやなんでコイツ……

「 食堂はそっちじゃないだろ。」
判りつつも、聞いてしまう。
その手に持つ物、様相から判りつつも、聞いてしまう。
かすかな希望と、不安を抱えて。
そうするとお前は決まって、笑って云うんだよな。
「 私今から任務なんだ。」
次はどの国へ行ける、この国はこれが有名でこれが美味しくてこれがこうでこれがこうだと、聞いてもいない事を付け加え。旅行じゃないだろうと何度云っても、そうだけどここはこうでこうだから時間が出来ればこうするんだと、楽しげに笑う。
その賑やかさに適当な仕事しかしないのかと思えば違い、任務は任務できっちりこなしやがるから、文句のつけ方が判んねぇ。
「 暇だからついていってやろうか。お前一人じゃ不安だしな。」
「 うわ、なにそれ。もしかしてカンダも食べたいの?」
「 っ誰がだ、お前と一緒にすんじゃねぇよ!!」
思わず六幻を握る左手を振るう。
ステップを踏むように後方へと飛び退がるうるさい女は、笑顔でまたまた〜とか訳の判らん事をほざく。
真っ二つに斬ってやろうかこの野郎。
人の気も知らねぇで。
「 でも残念。カンダには別の任務が与えられてるんだなー。」
「 ああ?」
にこりと笑うの右手には、教団特製のトランクが握られている。その大きさから考えて、四、五日といったところだろうか。
「 自宅待機。」
「 云ってろ。」
云ったところで六幻を振りかざすと、随分と距離を取られる。
静かな教団に、楽しげに笑うパセリの声だけが綺麗に響く。
「 じゃあねーん、私はそろそろ行ってきまーす。」
明るく笑って、背を向ける。
これでやっと静かになる。
そう思って六幻を仕舞うと、ああそうだと声が上がった。そしてこちらを向く、楽しげな笑顔。
「 好い加減人の名前覚えなさいよね。それともカンダのキャパシティでは無理だったかしら?」
「 うるせえよタコが!」
「 あははは、じゃあまたねー、カンダー。」
からかう声音を残して階段を飛び降りた。
最後までうるさい女だ。
カンダは自宅待機ーと間の抜けた声が下から聞こえてくる。次会った時は覚えてろよタコが。お前なんかタコで充分なんだよ、人様の名前なんか必要ねぇんだ。
カンダー行ってきまーすとか叫んでんじゃねぇヒトの名前を叫ぶなうるせぇだろが。
黙って出て行けないのかタコが。そもそも自宅じゃなくて自室だろが、自室待機。



静かな教団。
しんと静まり返り、その不気味さをより一層際立たせている。
どこからか時折人間の悲鳴のようなうめき声のようなものが上がっている。どことは云わないけどな、どことは。
うるさい女が任務に出た翌日、俺も任務に就いた。
それはアイツよりも遠い場所で、内容もハードだった為予定よりも少し時間が掛かった。
次の任務にでも出たのか。教団に帰ってみれば案の定アイツの姿は無く、静けさそのもので満ちている。
別につまらない訳では無い。唯アイツが居れば暇をしないだけだ。鬱蒼とする空気が無くなるだけであって、必ずしもそれが心地の良いものであるとは限らない。
唯、暇なくらいならアイツの相手をしてやる方が未だましだと云うだけだ。

「 ……は?」
療養所で包帯とサラシを取り替えていた。
ふと視界の端に、ベッドに横たわる姿が見えた。
それが誰かなんて興味が無い。誰であろうと関係が無い。弱い奴が悪い。
さん、包帯お取り替え致しますね。」
そう、医療スタッフが声を掛けたのが聞こえて、思わず間の抜けた声がもれた。
――今確かにそう云ったよな?
とは、俺の知る限りではその苗字の教団職員は一人しか居ない。しかもベッドの傍には黒いエクソシストのコートが掛けられている。
アイツかよ。お前かよ。
なにやってんだよ。なにドジ踏んでんだよ。
なんでそんなに大人しいんだよ。お前の取り柄は騒がしさじゃないのかよ。
お前が静かだとか、薄気味悪いだろ。
なに寝てんだよ。起きろよ。


「 やあ、お疲れさま。イノセンス回収出来たってね?」
「 ああ。」
報告の為にコムイを訪ねる。
科学班室に居たが、俺の顔を見るなり水を得た魚のように瞳を輝かせ何故か強制的に司令室に連れて来られた。
まぁ俺も、その方が都合が良いんだがな。
報告書を渡すとそれをざっと見るなり済のハンコを押し大量の書類が積まれている隣のケースに寝かせた。
これで、俺の仕事は終わりだ。次の任務が下るまで、この部屋に用は無い。
つまりコムイに聞きたい事があるなら、今しか無いと云う訳で。
でも別に――、聞かなければならない事などひとつしか無い訳で。
「 次の任務は?」
俺はエクソシストで、アクマを破壊しイノセンスを保護するのが仕事で。
生と死の狭間で生きてて。
守るべきものはイノセンスであって、その他のモノでは決して無い。そんなモノは、唯の足枷にしかなり得ないんだ。
「 今は特に無いから待機してて。」
ヘロった笑いを見せるコムイは、俺の答えを知っているのだろうか。
俺の知りたい答えを――――……
「 判った。」
頷いて六幻を握りしめる。
別に知らなくても良い事だ。知ったところでからかいのタネが増えるだけ、そう、それだけだ。
けど知って損をする訳でも無い。――――――得も、さして無いが。
だから知ったところで、どうという事は無いんだ。
「 ……どうかした?」
何気なく山積みの書類を眺めていると声を掛けられた。
少し顔を上げれば、まだなにかと加えてコムイはコーヒーを口に含む。
「 別に、」
ちゃんなら二日前に帰ってきたよ。」
眼鏡が薄く光る。
心臓を鷲掴みにされた感覚に陥る。思わず言葉が、詰まる。息を呑む。
「 聞く気があるなら話すよ。」
そう云ってコーヒーカップから手を離し俺を真っ直ぐに見据える双眸は真剣な色に満ちている。いつもの冷やかしなのかそれとも違うのか、覗けやしない。
そう云われてしまえば気にならないと云えば嘘になる。
黒の教団の、白いベッドに横たえられた細く白い腕。包帯を幾重にも押し付けられた、細く白い腕。
「 暇だから聞いてやる。」



静まり返る教団。
風に窓が揺れる音が聞こえる。
夜も更けて、働く人々も今は静かに眠っている。
たゆたう羊水を見るでもなく眺める。考えたところで、俺に力など無く答えは出せない。
少し冷える無機質な部屋。
そういやアイツの部屋はどんな感じなのか、一度も見た記憶が無い事に今更ながら気付く。――――否、今だからこそ気付いたと、云った方が正しいのだろう。
窓の外を見れば朧月が浮かんでいる。
見てると無性に、苛立った。


ファインダーが彼女に指定された時刻にそこへ行くと、彼女は背を向けて佇んでいたそうだ。周りには機械のような残骸――きっとアクマだろうね、それが彼女を中心に円を描くように広がっていて。声を掛けると彼女は振り返り、そして崩れ落ちた。
――容易に想像がつく。アイツのいつもの手だ。
逆光で表情は見えなかったって。彼女を抱き起こすと懐から未知のイノセンスが転がり落ちて、慌ててそれを保護して彼女を病院に運んだ。治療を施し、外傷はそれ程酷くなかったから彼女の安全性も含めた上で教団に帰るようボクが下した。
――それが理解出来ない。どうして怪我人をわざわざ動かすのか。
何故って?それは―――――……彼女が一度も、目を開かないからだよ。生きてはいるよ、生きては、ね。
――――それで、辻褄が合う。

ファインダーの報告とコムイの見解によれば、は精神に直接攻撃をするようなアクマと闘い、辛うじて勝ったようだ。
体内に取り込まれ、それでも自分一人の力で脱出しイノセンスを守った。エクソシストとして褒められる行為だろう。
だが、
ボクはね、ちゃんに誰か誘って――神田くんと一緒に行ってねと云ったのに、きっと彼女はイノセンスの有無も定かでない現場にエクソシストを二人も向かわすのを嫌ったんだろうね。その場で、イノセンスが無くてもアクマの数によっては応援を要求してくれても良かったのに、それも嫌だったのかな。ボクの机を見て、そう判断したのかな。
結局は、アイツのエゴだろ、計算ミスだ。
責められるのは一人であって、俺でもコムイでも無い。
ましてやイノセンスなんか―――……

「 どういうつもり、なんだよ。」
力無く、もれる言葉。
「 そんなに俺は、頼りないか。そんなに俺は足手纏いか。」
俺の言葉の他には、規則的な寝息が一つ。
「 そんなに俺は――」
長い睫毛が綺麗に伏せられている。
「 そんなに俺が傷つくのが嫌なのか?」
頬に触れれば、確かに伝わる温もり。胸も規則的に上下している。
「 じゃあ、俺の立場はどうなるんだよ……!」
握れども、返される事の無い力。
眠っている、正しくその言葉が相応しく当てはまる。
死んでいる訳では無い、生きている。けれど数日間伏せられたままの双眸、離れる事の無い唇、動かない四肢。
息が詰まる。眩暈を覚える。
果ての無い恐怖に、飲み込まれる。
「 起きろよ。お前の口が動いてないと教団が辛気臭ぇだろ。」
なにやってんだよ。
なにやってんだよお前は。
なにやってたんだ俺は。
俺のもとへはいつだって現れるくせに、呼んでもいないのにタイミングを見計らったように颯爽と現れては楽しそうに口を開くくせに。
どうして俺はお前のもとへ行けなかった。どうして俺はお前のもとへ行かなかった。
なぁ、教えてくれ。
どうすれば相手の状況が判る?どうすればお前の危機が判るようになるんだ?お前は俺のもとに、いつもいつも来てくれただろ、俺もそうしたいだけなんだよ。
お前の笑顔が見たいだけなんだよ。
お前の声が、聞きたいだけなんだよ。
なぁ、

「カンダ」
凛と通る声。
僅かに左手に力を感じる。
確かに、動いた?
「 っ!?」
痛々しい包帯の、白が闇夜に能く映える。ぼうと浮かぶ、白い腕。
「 ……なに、引っ張ってんだよ、タコ。」
揺れだしそうなのをぐっと堪え、目の前に横たわるバカの左手を強く握りしめ、もう一方の、俺の髪を引っ張る腕に右手を伸ばす。
触れれば、こんなものかと云いたくなる小さい拳が現れる。
力無く笑う表情は、寝起きの時と同じそれで。
こんな事で安心している自分がバカらしい。相手はだ、唯のエクソシスト同士なだけだろ。
「 さっさと起きろ、迷惑だ。」
腕をゆっくり下ろさせる。
「 ……?」
いつもなら、カンダカンダと人の名を連呼する筈だが、それが無い。
無いとなると不思議なもので、妙に気分が悪く――――なる。
「 おい、なんとか云えよ。」
そう云っても、声は上がらない。
かすかに唇が動く。
ゆっくりと、一言一言かみしめるように、の唇が動く。
「 ……なんだよ、もう一回云え。」
小さく頷き、一度閉じられ再び動かされる唇。
――――あ、ん、た、
あんた?俺……ああ、カンダ、か。って、やっぱり名前かよ。
――――あ、い、い、あ、あ、う、え、え、
判んねぇよ。判んねぇよ。なんだよ。
壁?壁なんか指しても……カレンダーか?
ああ、そうか、そういう事か。
今まで眠ってたくせに、なんで判るんだよ。







ハッピーバースデー

聞こえない







カンダ、ハッピーバースデー

「 うるせぇ、聞こえねぇんだよタコが。」