そう云えば明日はマッシュの誕生日か。―――となると必然的に俺の誕生日という事になるな。嗚呼、だから最近こんなに周りが忙しく楽しそうだったのか。 明日は王と王子――王子?――の生誕祭、亦一段と賑やかになりそうだな。今年はティナ達も居る事だし。 執務も大体終わった事だ、これからマッシュとでも飲むかな。カイエンやシャドウ、セッツァーも誘って、偶には男だけの飲み会ってのも悪くないかもな。ああそうだ、ロックを忘れるところだった。 「 わっ!?あっ、エドガーさん!?すみません、お怪我はされていませんか?」 ……前言撤回。 「 こそ怪我は無いか?すまない、俺が注意を怠ったから……。」 誕生日前夜にこうして逢ったのもなにかの縁だろう。否、これはもう運命と云っても良い、運命だ。 「 そんなとんでもない! こんな時間に大した用も無いのに勝手に出歩いていた私が悪いのであってエドガーさんは――」 「 、この世の女性はそこに存在するだけで罪なんだ。 頼むからそれ以上罪作りな顔で詫びるのはやめてくれないか?それから"さん"は要らないと何度も云ってるだろう。」 赤の他人なのだと突き付けられるようで悲しいと肩にそっと手を添えて云うと、困った顔を更に深めてすみませんとこうべを垂れた。 全く。 その顔が、その仕草が俺を――更に――そそるのだと好い加減気付いてくれても良いんじゃないか、と思ったところで気付かれぬよう周囲に視線を巡らす。 ――――よし、奴は居ないな。 奴に現れられてはこの甘いひとときも台無しにされてしまう。早いところこの場を離れて2人きりで静かに過ごせる場所に移るとするか。 「 あの、ごめんなさい、エドガー……。」 どうしても"さん"と云いたいのか、俺の名を紡いだ口は無音で動いていた。……本当に、少しどころか酷く悲しい。 が、今はそんな悲しみに暮れている暇も無い。 「 いや―――――、それなら、少し俺に付き合ってくれないか?」 云わんとしている事を理解してくれたらしく、少し考え込んだ後に私でよければと申し訳無く答えるが、こんなに美しく麗しいが、よもや奴の肉親なのだと、誰が信じられようか。 神が居わすならば、この俺にだけでもそっと嘘だと囁いてくれ。頼む。 しかし、俺の中だけだが急遽予定を変更して、本当に良かったと思う。 今こうしてと2人、誰にも邪魔されずに居られるのだからな。 特に奴と出くわさなくて本当に、本当に良かった。 「 あの……エドガーさん……?」 「 どうかしたか?それから、"さん"は要らないと――」 「 ごめんなさい、でもその、あの、これ、は……?」 人払いをしたバルコニーに、月光を受け一際美しく輝いているが困惑した声音で俺を呼ぶ。 プラチナブロンドの柔らかい髪が夜風に優しく踊っている。 綺麗だ。 本当に、綺麗だ。 素直にそう感じる。今日あの時あの場所で、と逢って良かった。俺は世界一の仕合わせ者だな。 「 俺に付き合ってくれるんじゃなかったのか?」 「 それはそうですけども―――」 「 ま、取り敢えず乾杯でも。」 そう云ってシャンパングラスを差し出すと、酷く驚き困惑しつつも受け取ってくれた。 今注いでいるこのシャンパンは少し特別な物だが、それを云うと受取拒否されそうだから黙っている方が賢明だよな。 全く、肉親と云えどここまで性格に違いが出るとは。まるで育った環境が別のように思えるな。 「 お口に合いましたかな?」 「 ええ、とても。こんなに美味しいお酒とは生まれて初めて出会いましたわ。何か特別な物なのですか?」 「 ははは、とんでもない。」 「 でも私などが相手で良かったのかしら?エドガーさ―――……いえ、エドガーが望めばもっと若くて綺麗な子が――」 「 それこそとんでもない。俺は今最高に仕合わせだよ。 それとも俺では、の相手をするには相応しくないとやんわり断られているのかな。」 「 そんな、まさか!」 苦笑混じりに云うとは全力で否定してくれた。 それはもしかしたら多聞に社交辞令なのかもしれない、けど、それでも俺は嬉しい。例えが、俺を未だ一人の男として見てくれていなくても、命の恩人だからと俺の我が儘に付き合ってくれているのであったとしても。 今この瞬間だけはその総ての言葉、表情は俺だけに向けられているのだから。 本当に、俺をここまで本気にさせたのは貴女が――……貴女で2人目だよ、。 「 とても光栄に思っています!それに、分不相応だとも……。」 「 何故?」 「 何故って、貴方は一国の王で在らせられる御方です。一宿一飯の恩ならず命の恩人でも在らせられる御方で……!」 「 でも俺は……、貴女の弟の友人だ。」 そう、の双子の弟――奴とは戦友だ。流石に今此処で奴の名を云いたくは無い、そう思うのは俺の――プライドかエゴか。 「 それでも私とエドガーさんは」 「 !」 酷く、嫌悪を感じた。 にその言葉の先を云わせたく、云って欲しくなかった。 いつだって俺はからそういう言葉しかもらっていなかったから。セッツァーは弟だから別にしても、ロック、シャドウ、年上であるカイエン、そして俺の双子の弟であるマッシュですらそんな言葉を掛けていなかったにも関わらず。あいつだって王子なのに、王族なのに。 なのに何故俺だけ、の自然な笑顔を見せてもらえないのだろう。何故俺だけ、の自然な言葉を聞かせてもらえないのだろう。 酷く疎外感と虚無感に苛まれていた。 今までの女性ならばそれでも良いと、それが当然だと思っていたのに。 「 エ、ドガー……さん………?」 「 、俺は貴女とも、貴女の友人になりたい。 王だとか命の恩人だとかそんなモノは取り払って、エドガー・ロニ・フィガロ一個人としてと、の友となりたいんだ。」 貴女だから、貴女だからこそ強く思う、願う。 「 ……ごめんなさい。」 長く短い沈黙を破ってポツリと風の中に消えたのは、謝罪の詞。 ああ、そうか。やはり、は俺の事を……。 「 いや、が謝る必要など。――私の過ぎたるエゴです、忘れて下さい。」 そうだ、俺はエドガーで在って、私はフィガロの国王なのだから。 一般人と違うモノは手に入っても、必ずしも一般人と同じモノが手に入る訳では無い。 私は、少し己惚れていたのかもしれないな。先の世界大戦で多くのモノを手に入れられたから。 失恋とは、随分久しいものだ。ま、今度ばかりは始まる前に終わってしまったがな。 砂漠の夜の風は厳しい。 「 違いますエドガーさん!……否、違うのエドガー!」 そして、砂漠の夜の風は時に優しい。 「 ……?」 「 違、うの。そういう意味のごめんなさいじゃなくて、私、私……。」 「 ――っ判ったから、落ち着いてくれ。私なら大丈夫だから。」 吃驚した。 こんなに取り乱したを見たのは初めてで、俺からではなくから俺の身体に触れられたのも初めてだったから、終わったと云い聞かせた筈の感情が甦る。 取り敢えず、落ち着いてくれ。――俺含め。 「 ごめんなさい、ごめんなさいエドガー。私、貴方を酷く傷つけていたわ。 貴方がそういう気持ちで接していてくれたなんて露知らず、本当にごめんなさい。」 ―――これは俗に云う、真夏の夜の夢というヤツだろうか。それとももう俺は酔っ払ってしまったのか。 どちらですか神様様。 「 その――」 「 とても嬉しい、私、その……エドガー、が、そういう気持ちで私を見ていてくれたなんて。」 これは夢か、それとも夢か。 現実だとはとても思えない。そんな、まさか。 「 い、や、俺の、方こそ……嬉しいよ。 え、でもその、良い、のか?その、本当に俺なんかで……?」 これ以上無い程のしどろもどろっぷりで、自分自身何を云いたいのか判らない。多分今の俺はアルコールとは別に顔が赤い筈だ。 でも、目の前に居るはこれ以上無い程に綺麗で可愛らしくて、俺だけに微笑んでいてくれている。 いつか見た事のある、自然なそれだ。 「 勿論。 セッツァーと気が合った方だもの、私とも合う筈だわ。」 嗚呼。 嗚呼、それか。それがオチなのか。結局そこに辿り着くのかセッツァーなのかそうかそうかそうなのですか。 やはりと云うかなんと云うか、多くを望んではいけないんだな。一歩一歩進めていけという事か。 それにしても、嗚呼。 「 ……そうだな。 それじゃ、改めて乾杯しないか。」 「 そうね、ええ喜んで。」 なにもこの時にまでその名を出さずとも良いと思うんだが、どうだ。 それでも、美味しいと微笑む貴女を見るとそんな事も如何でも良いと吹き飛んでしまうんだがな。 微妙な距離
時間は、気付けば日を跨いでいた。 「 そう云えば、今日は俺の誕生日らしいんだ。」 「 ……え?」 口付けていたシャンパングラスから俺へと視線を移したは間の抜けた返事をくれた。 そんな姿すら、可愛い。 「 と逢う少し前に思い出してな。それまでは俺も忘れていたよ。」 「 そんな、大変!」 そんな大事な日に、そんな大切な前夜に私なんかとまったり飲んでいる場合じゃないとは慌てる。 でも、俺は云ったよな。 「 俺は今最高に仕合わせだよ。」 想いを寄せる相手と最初に話せるのだから。共に時を過ごせたのだから。 「 あ……えっと、お誕生日おめでとうございます、エドガー。」 「 ああ、ありがとう。」 「 カ、カンパイ。」 「 カンパイ。」 |