「 …… 」
「 ……何?」
「 いや?なんでもない。」

特殊能力者か?  ついそう口からこぼれ落ちそうになる。
カウチに身を委ねるように沈め、リラックスしながらも真剣に本を読んでいる。
俺の存在など認識していないかのように。

なのに、これだ。

少し目に留めていれば、大抵必ず『何?』と、用件を訊いてくる。
それは嬉しいんだが、どうせ訊いてくれるなら顔を上げて俺をしっかりと見つめてにっこり微笑んでくれた方が……

ムリか。
それはムリだな。
が微笑むなんて、まずありえん事だ。
1年弱共に暮らしているが、の笑顔を見たのは片手で足りるくらいだからな。
――――残念な事に、その中に俺に向けられた笑顔は無かったんだが。

何をしてても美人で画になるが、人間の表情で最も美しいのはやはり、笑顔だ。

「 どうかした?」
「 …………咽喉、渇かないか?」

伏せられた儘の顔。

いつだってそうだ。
深いところに踏み込まず、踏み込ませず、かといって全くの無関心・という訳でも無く、気付けば近くに居てくれたり……。
距離の取り方が上手いと言ってしまえばそれまでだ。

俺自身もそうだ。
そしてツルむ相手にもそれを求めている。
干渉し合わない、利害の一致で共に行動する関係。
それが心地良い、俺の距離。

―――――――――――――――――――――――――――の、ハズだった。

それがいつからか、いつからか変わっていた。

「 別に。」
「 …………そうか。」

なのに、コレだ。

俺はいつだってそうだ。
求めれば求める程、追い掛ければ追い掛ける程、欲しているものは手に入らず、手が届かず、遠ざかっていく。

だからギャンブラーになったんだ。

だからギャンブラーになった筈だ。

なのに何故、亦同じ過ちを犯そうとしているのか。

「 ――――邪魔したな。」

俗世を捨て空に生きていたいと思い上がっていたが、所詮は俺も人間だという簡単な話か。

居た堪れなくて、けれど後ろ髪を引かれながら俺は甲板へ出る階段を上った。



「 ……結局俺は唯の同居人で、今回も独り空回りしてるだけ、か……。」

誰にとも無く風に乗せた言葉が耳に届くと、笑いがこぼれた。

「 なあダリル。今年も独りで誕生日を過ごすらしいぜ?このセッツァー様が。だ。どう思うよ?」

なびく長い髪はあの頃と変わらず、空の広さも、空気の冷たさもあの頃の儘。
星ですら肉眼ではその変化を見つけられない。
なのにダリルお前は居なくて、俺にはブラックジャック号が有るだけだ。

……人との繋がりを自ら捨てておいて今更こんな感情もないんだろうけどな。

「 今の俺を見て、お前は笑うのかダリル?酷く滑稽だと。
 それとも大いなるひとつのミステイクだと、笑い飛ばして背中を叩いてくれるか……?」

いつしか降り出した雪が音も無く俺とブラックジャック号を侵蝕していた。
音も無く、冷たく、白く。
いっそこの雪に総て、奪われてしまえば
セッツァー?ああ、居た居た。」
「 !?どうかしたのか?」
「 それはこっちのセリフね。」
声が聞こえ振り向くと風に髪を揺らしたがひょっこりと顔を覗かせていた。
慌てて、けれど気取られまいと必死に平静を装う。
必死に、平静を?
駆け寄らなかったのはせめてもの抗いか。
そう気付けば、自嘲の念がこみ上げてくる。

「 セッツァーに雪に降られる趣味があったとはね。」
くすりと、珍しくが微笑した。
……そんなに今の俺は滑稽、なのか。
「 男前度が上がるだろ?ま、俺は元々恰好良いがな。」
「 ……ホント。」
「 うん?何か言ったか?」
「 いいえ、なんでも。」
風に揺れる髪を揺らし、はゆるゆるとかぶりを振った。
微かに動いたの唇が、夜の雪に閉ざされ聞こえなかった。

それより、だ。
こんな雪の降る中、わざわざ甲板に出て来るとは何事だ?余程重要な用件でも出来たのか。
それでも俺は、命ぜられずとも軽くでも頼まれれば何時だろうと何処へだろうと飛んで行くが。

カツンと、夜空の下に響くひとつの靴音。

「 咽喉、渇かない?」
「 ……は?」
それはつい十数分前、俺がに訊ねた言葉だ。
答えるよりも早く、は動いていた。
「 あと、身体が冷えてる時はアルコールで温めるのが大人のルール、よね?」
そう言って、後ろ手に隠し持っていた物を流麗な動作で俺へと差し出す。

「 Happy birthday Setzer.」

華とシャンパン。
女性に贈るべきものが眼の前に揃っている。
コレは雪が見せる幻か?
息を呑み動けぬ俺に、はこれまでに見た事も無いとびきりの笑顔で続けた。

「 もう寝ちゃったの?今日は未だ始まったばかりなのに。」




クールなお嬢さんは
お嫌いですか?