紫暗






   
「 桂さん。」
「 ん?どうした……コレを食べたいのか?」
私が呼ぶと桂さんは自分が食べている物を私に少し分けてくれた。
黒っぽくて細長い、桂さんが好きな『おそば』とか云う物らしい。
長い……食べにくいなぁ。
「 ははは、食べるのが下手だな。顎についてるぞ。」
ん?
上を向くと、桂さんが私の顎に指をかけた。
「 ほら。」
そう云って、私の顎についていたらしいおそばを指で取って差し出してきたので、それを食べた。
「 ごめんなさい。」
「 美味いか?」
にっこりと笑って、そう聞いてくる桂さん。
「 うん、おいしい。」
「 そうか、美味いか。ここの蕎麦は絶品だからな。」
くしゃくしゃと、優しく頭を撫でられた。
桂さんの手は大きくて、私の頭をすっぽりと包み込んでしまう。
桂さんの温もりに触れられて、私はとても仕合せだ。


「 らっしゃい。」
「 お、ヅラじゃん。なにやってんだよこんな所で。」
「 ヅラじゃない、桂だ。
 見れば判るだろう、食事中だ。」
ガラガラと扉を開けて入ってきたヒトは、どうやら桂さんの知り合いのヒトらしい。
私と反対側の桂さんの隣に訳も無く座った。

「 テロリストがこんな街中に居て良いのかよ。」
「 腹が減ってはなんとやら、だ。ここの蕎麦は絶品でな。銀時、お前も食え。」
「 へーえ。おやじ、いつものやつ頼む。」
「 あいよー!」
なんだか2人は楽しそうにお話ししてる。
今さっきまで、桂さんは私とお話ししてたのに。つまんない。
桂さんとは対照的な髪のヒト。短くて白っぽくて。
楽しそうにお話ししながら食べてる。

「 桂さん。」
「 ん?なに、ヅラお前一人じゃなかったのかよ。ソバ屋でデートか?色気のねぇ。」
私が桂さんを呼ぶと、白っぽい髪のヒトが笑った。でーと?
「 ヅラじゃない、桂だ。
 それにデートなどと浮ついたものではない。この店の前で偶々会っただけだ。」
「 ナンパか。ヅラもなかなかやるねぇ。
 可愛い声してるし。お、しかもなかなかの別嬪サンじゃねぇの。羨ましいねぇ。」
「 ヅラじゃない、桂だ。何度云えば判る。
 ナンパなど、お前と一緒にするな。まぁ、別嬪というところは当たっているがな。」
「 桂さん……。」
そう云って桂さんは、あの大きな手で亦私を優しく撫でてくれた。
ベッピンか……。
そういや初めて桂さんと会った時も、そう云われたっけ。



「 さて。食事も済んだ事だしそろそろ行くか。」
「 お、もう行くのか。」
桂さんは袖に手を入れてなにやらゴソゴソとしている。
チャリチャリと金属音を鳴らしながらお店のヒトとお話しして。
「 誰かさんと違って俺は色々と忙しいからな。」
「 へっ、テロリストが能く云うぜ。」
そんな風に白い髪のヒトと、笑いあうんだ。
私に見せてくれる笑顔より、どこか幼く見える。
「 じゃあな。」
「 おー。」

「 じゃあな。」
ふわりと、亦優しく撫でられた。
それからすぐに桂さんは立ち上がって。
帰っちゃうのかな。もう、会えないのかな。

「 桂さん。」
「 御主人、今日も美味かった。」
いやだ、行かないで桂さん。
「 待って、桂さん。私も一緒に連れて行ってください。」
お願いします。決してお邪魔はしませんから。

「 どうしたんだ?」
「 連れて行けって云ってんだろ。連れて行ってやれよ。今更一人二人増えたところで、如何って事無いだろ?」
白い髪のヒトが笑いながら桂さんを見てる。
「 ……仕方が無いな。これも運命、か?」
うわあ。
そう云って息を吐いた桂さんに、抱き上げられてしまった。
わ、わ、わ。
桂さんの香り、桂さんの温もり、桂さんの顔。
「 良かったな。お前別嬪だし、可愛がって貰えんぜ。」
うあぁ……白い髪のヒトに頭を撫でられた。

「 そうなると、名前が必要になるな。」
桂さんの声。どれもがとても近い。
小さな心臓が、バクハツしそうだ。

ちゃんの髪の色に似てるな。」
「 ああ、そうだな。」
で良いんじゃねぇの?」
「 それは双方に失礼だろう。そうだな、何か良い名は……。」
ぐしゃぐしゃと白い髪のヒトが私の頭を撫でながら、桂さんとお話ししてる。
ちゃん?
そのヒトの髪の色と私の色、似てるの?
そのヒトは桂さんにとって、どういうヒトなんだろう?

「 キャサリン……マドンナ……否、――
 うむ、にしよう。」
……そりゃ亦御大層な。」
「 今日からお前の名前はだ。よろしくな、。」
そう云って桂さんは、私を高く高く掲げた後、そっとご自分の懐の中に入れてくれた。
「 外は寒いからな、風邪をひかんように。
 少し窮屈だろうが我慢してくれ。すぐに着くから。」
コロコロと、2回咽喉をかいてくれた。

「 大事な彼女だもんな。しっかり面倒見てもらえよ、ちゃん。」
白い髪のヒトが私の頭を撫でた後、桂さんはお店を出た。



「 寒くないか?」
私を気遣ってくれているのか、ゆっくりと歩きながら桂さんはそう云った。
「 ううん、とっても暖かい。桂さんの温もりが、伝わってくるから。」
「 おお、見てみろ。今宵の月はとても美しい。まるで二人の出会いを祝福しているようだな。」
そう云って懐を少し広げてくれた。
そこから私は顔だけを出してみる。落ちない様にと、しっかりと桂さんは支えてくれている。

「 な?」

「 うつくしい……?ぼんやりと光ってるアレ?…………能く判んないや。」
桂さんの顔を見上げると、優しげに微笑んでいた。


「 そうだ。明日の朝、鈴とリボンを買いに行こう。
 に似合いそうな色のリボンがあるんだ。深い紫暗でな。きっと能く似合うぞ。」



もそもそと懐の中に潜り直してしばらくすると、強い眠気に襲われた。
桂さんに守られていると思うと、とても安らげる。

桂さんの最後の言葉はあまり能く聞こえなかったけど、まぁ良いか。
明日の朝、なにするんだろう。楽しみだな。