「 なんなのよ、ここは!!」
「 まるで絡繰り屋敷だな。」
角を曲がればガコンと音が上がり、その儘身体が沈んでゆく。階段の手摺に手を掛ければその儘上階へベルトコンベアに兆速で運ばれてゆく。かと思えば真横に跳ばされたり……という状況を、かれこれ数時間味わっていた。
「 この状況を楽しめるなんて変態ね。」
と一緒ならなんだって楽しいさ。」
「 ! 」
じっとりと見つめて嫌味を言っただったが、セッツァーに嫌味無く微笑まれ思わず頬を紅潮させた。その様を見て可愛いなと続けるセッツァーの手を払いは急いでそっぽを向く。ドキドキと早鐘を打つ心臓に鎮まれと嘆願し、貴方がこんなお屋敷を見つけるからよと口を尖らせた。
頭を抱えはぁと溜め息をこぼす。重い身体を壁に預ければ聞き慣れた低い音が上がる。
「 っま―――― 」
声を上げる間も与えられず、2人は壁に飲み込まれた。
鈍い痛みを背中に受けたかと思えば胸にも衝撃を受け、柔らかい香りが鼻をくすぐる。ここ数時間でもう慣れてしまった事だとは解っているのだが、は苛立った声を上げる。
「 ホンット、好い加減にしてよね!」
床を殴りつける手がじぃんと痛んだ。
「 自分で罠に掛かっておきながら。」
「 ギャンブラーだったらもっと危機管理能力を働かせなさいよ!」
こういうのはロックの領分だと声をもらし笑うセッツァーに八つ当たりをするが、クツクツと肩を震わす姿がぼんやりと見えるだけ。今度は随分と暗い部屋に来たものだと考えるは、いつまでも背中に硬い床が当たっている事を思い出しぼんやりとするセッツァーを見つめる。
「 好い加減退きなさいよ。それにこういう時男性はレディーを身を挺して守るべきじゃなくて?」
バンダナで繋がった右手でセッツァーの左手を抓り、顔をくすぐるセッツァーの長い髪を払う。
「 そろそろ疲れてな。」
そう笑ったかと思うと、腰に柔らかい感触を覚え目を見開く。手加減をしてズンと鈍い音を響かせれば、自身を覆っていた影が動き身体が軽くなる。自由な左手で目を覆い、盛大な溜め息をひとつこぼした。
「 溜め息を吐くと仕合わせが逃げ出すぞ。」
「 ここに入った時点でそんなもの総て出払ってるわ。」
「 素敵なお屋敷だとはしゃいでいたのは何処の誰だ。」
ぐ、と言葉を詰まらすは素敵だと思ったのはお屋敷じゃなくて庭園ですと力いっぱい言い、暫くしてからあぁもう解ってるわよと声を荒げ床を殴りつけた。

セッツァーと2人、空の散歩を楽しんでいると一際目を惹く一郭があった。予定があったがセッツァーに無理を言い飛空艇を停めさせたのは他ならぬ自身で、まさかこんな目に遭うなんてと溜め息を吐く一方でセッツァーに対して酷く申し訳無いとも思っていた。庭に入る前にベルを鳴らしたが応答が無く、それを不審に思ったセッツァーは足を踏み入れるのをよそうと言って止めた。けれど庭園に咲き誇る花々の美しさに目を奪われたはセッツァーの言葉に聞く耳を持たず奥へ奥へと入って行ったのだ。こんなに広いお屋敷なのだからきっとベルが聞こえない所に居るのだと。その後一頻(ひとしき)り庭園を堪能したはこの素敵なお庭を作った人物に会ってみたいと、窘めるセッツァーを振り切り屋敷内へと歩き出し、今に至っていた。
それなのにセッツァーが一向に自分を責めようとしないものだから素直に謝るタイミングが掴めない。本当は何時でも素直で居たいのに、セッツァーの前だと何故かそうはいかなくなってしまう。その何故かなんて、バンダナで繋がった右手をぎゅっと握りしめられた時に心臓が大きく跳ね上がるずっと前から気付いてはいるが。だからこそ、素直になれないのだと思うとは歯噛みした。

「 さっさと御暇するわよ。」
「 そう急がずとも、なにがあろうと俺が守ってやるよ。」
にっこりと微笑んでいるだろうセッツァーが嫌でも目に浮かぶ。ただのリップサービスだと解っているのにその言葉にときめきを隠せない自分に項垂れるは、お互いミドルレンジタイプなんだからと口をもごもご動かす。有言実行な彼の言に、恥ずかしくも喜びを感じていた。
床に手を着け上体を起こすと、セッツァーは既に立ち上がっており、色めく微笑みを携え手を差し出している。
「 お手をどうぞ。」
まるでお姫様のような扱いに身体の奥から熱を帯びるようだ。紅潮した頬が見えない暗い部屋で良かったと安堵するは差し出された手に手を乗せ抱き寄せられるように立ち上がり周囲を見渡した。向かい合っていては胸の高鳴りがバレてしまうと。
目を伏せてから鋭く開いた。
「 旦那様には未だ会えそうも無いわね。」
「 そうだな。」
取り囲むような殺気と呼吸音。その奥には一際大きな殺気が感じられる。道理で屋敷がガランとしているはずだと笑うセッツァーの脇を肘で小突く。
「 どうした?」
「 2人で如何にか出来る数じゃない。逃げるわよ。」
暗い闇の中、果たして逃げ道などあるのだろうか?それでもセッツァーに余計な怪我を負わせる訳にはいかないと、は周囲を探る。
。」
「 なによ。」
多少自分を犠牲にしてもセッツァーが無事ならそれで良い。必ず何処かに出口が在る筈だと弓に手を掛けるに、立ち尽くした儘のセッツァーが声を掛ける。
「 なにがあろうとお前は俺が守ると言っただろう。」
強く握りしめられる右手。顔を上げれば隣に立つ男は不敵に笑い、ポケットに手を入れたかと思えば彼方此方から魔物の断末魔が響き上がる。その一連の流れに、心臓が早鐘を打つ。これは吊橋効果だと強く自分に言い聞かせるは正面を向くと握られた右手で繋がる左手を抓り、腰に差した矢を抜き弓を引く。
「 源氏の小手と皆伝の証を装備してるなんて聞いてないわよ!」
「 備え有れば憂い無し、だ。当然だろう、を守るのは俺だからな。」
「 ……キザ。」
「 惚れたか?」
「 その儘舌を噛んでしまえ。」
魔物が放った衝撃波がに迫ったが、それがを駆け抜ける事は無かった。弓を構えたその前で、長い銀髪がふわりと揺れる。暗闇に能く映える、綺麗な銀糸の長髪と不敵な笑み。脱力するは近付く顔に(やじり)を差し向け、喜びと怒りと申し訳無さと喜びを籠めた複雑な声を送る。
「 敵に背を向けてどうするのよ。」
「 手が繋がっているからこうする他無いだろ。」
「 切れば良いのよ。」
が罠に攫われるだろ?」
うるさいのよと顔を赤く染めるにウィンクを送り、セッツァーは大きくコートをはためかせの隣に並び立つ。
「 攻撃の再開だ。」
「 手早く終わらせるわよ。」



暮れなずむ夕陽に染まる茜空。
2つの純白の棺と一回り小さい薄青の棺を庭園の奥深い一角に運び十字架を立てる。棺をそれぞれ用意された穴に納め、園芸用のシャベルで上から土をかぶせる2人。黙々と作業をこなすをちらりと見ると、額に汗を光らせ髪を張り付かせている。セッツァーが如何言葉を掛けようか迷いながら土を掬うと、ふとの動きが止まった。
「 ……死ぬ事、解ってたのかな……。」
シャベルを地に突き刺しそれに片手を置くと額と頬に張り付いた髪を指先で払うの瞳は小さく揺れている。
この屋敷で出会った人間は3人。その容相からこの屋敷の主とその妻、それに執事だろうと思われるが、それを確かめる術は最早この広大な屋敷の何処かにあるだろう、過去の一瞬を切り取り保存しているアルバムだけ。物言わぬ姿の3人発見したのは巨大な魔物が守っていた床の下、陽の光も届かぬ地下の倉庫だった。寄り添うように横たわる夫妻の前に執事が崩れていた。毒ガスか何かを強制的に吸わされたのか、着衣に乱れは無かったがその表情は凄絶なものであった。
「 ……さあな。」
2人が埋める穴も棺も、2人が用意した物では無い。屋敷の主と思われる男性の内ポケットからメモが記された便箋をこの屋敷の地図と共に見つけたのだ。それは未だ見ぬ誰かに宛てた遺言で、どうか貴方の手で我々を安らかな眠りに導いて下さいと書かれていた。それに応じる義務などどこにも無いが、言葉を交わす事無く2人は動いていた。
「 助けを呼べば良かったのに。」
止めていた手で再びシャベルを握り、は土を掬い棺の上にかける。バサ、ズザ、と落とされる土に棺がその姿を消して往く。静かに祈るように手を動かすの顔は渋い。
「 叫んだところで届くか如何かも解らんだろ。」
「 それでも!……死を覚悟したなら、闘うべきよ……!」
僅かに震える声に手を止めて顔を上げればは今にも泣き出しそうな表情で歯を食いしばっている。感受性豊かなんだなと思うと、その姿が痛ましく映る。初めて会った、それも物言わぬ姿の人間にどうしてそこまで深く想いを寄せられるのか。そこまで心を磨り減らせられるのか。ある種の尊敬の念を抱くと共に不安にも駆られる。こんなにも他人に容易くシンクロしていては、彼女はこの先、生きて往けるのか、と。
「 総ての人間が皆、闘える訳では無い。だろ?」
「 そう、だけど…………!」
小高く盛られた3つの墓の前、シャベルを地に突き刺したは拳を強く握りしめて俯く。夕陽に照らされるその横顔が酷く儚く映った。嗚呼、何故彼女は闘う術を得ているのだろう。それさえなければ今こんなにも哀しみに心を痛める必要も無いのに。この先不必要な怒りに心を痛める事も無かったのに。自身の無力さに打ちひしがれ、呪う事も無かったのに。何故彼女は闘う術を身につけてしまったのだろう。心優しく、誰よりも繊細な彼女が。そう、セッツァーの胸が締め付けられる。
「 堪えずに泣け、泣いてやれ。」
「 私が、泣いたところで………」
「 彼等の最期を知るのは俺と、お前だけだ。お前の涙が彼らを安らかな眠りへと導く餞となる。」
「 ……そんなの、生きてる者の詭弁よ……。」
強引にの手を取ったセッツァーはその小さな身体を抱きすくめた。柔らかな髪を撫で、壊してしまいそうな程力を入れて抱きしめ、優しく語り掛ける。
「 使える物は何でも使う、それがギャンブラーだ。」
「 …………詭弁ね……ずるいわ。」
その優しさが心に沁みて涙があふれてしまう。その涙を誰にも見られぬよう抱きしめる彼の配慮に痛い程心が救われる。夜の帳が下りる空の下、数え切れぬ花々に囲まれは声を上げて泣いた。


「 ……!もう良いのか?」
「 ダイジョブ………………………………………ありがとう。」
「 礼を言われるような事は何もしていないが。」
「 …………ひとが素直な時くらい素直に受け取りなさいよ。」
には泣き顔よりも怒った顔よりも笑顔が一番能く似合う。」
「 !? 」
空に星が煌く頃、スンスンと鼻を啜るがセッツァーの腕の中からそっと出てきた。泣き腫らした赤い目を見せぬ為か俯き加減だが、指先で涙を拭うとセッツァーの腹部に手を当て頭を小さく垂れた。優しく微笑むセッツァーはその手を取ると柔らかく撫で甲にキスを落とす。と、すぐさまその手は引っ込められ、腰に差した矢へと伸びていた。狙いを定めギチギチと弓を引けばセッツァーは慌てたように墓を回りこみ十字架の裏に逃げ込み冗談だと叫ぶ。
「 十字架から出ている所を狙うけど、良いわよね?」
「 良くないだろ!!」
風に揺れる銀髪を見て戦意が殺がれたのか、は力を抜き構えていた弓を下ろしひとつ溜め息を深く吐いた。茶けたり余計な事をしなければ充分恰好良いのにと、伏せた目でチラリと見つめて。それから右手に握る矢を一瞥し、墓の前にそれぞれ1本ずつ刺した。
「 ……何を……?」
十字架の後ろから見つめるセッツァーを見るとは乱れた髪を掻き揚げ余った矢を腰に戻す。
「 この先、何があっても私が守る。――……って、あー、誰かさんのキザが伝染ったみたい。」
地に突き刺したシャベルを引き抜きは歩き出す。不思議そうな表情で見つめていたセッツァーはその言葉を聞くと表情を明るくし、シャベルを片手にを追いかける。横に並び歩きの顔を覗き込めば、照れたように鼻を鳴らすに近寄らないで変態と言われてしまった。だがそう言う彼女の顔に怒りも悲しみも見つけられず、酷く安心する。


「 ここに住むのか?」
「 一人で住むには広過ぎる。竜の首コロシアムに借家としてでも出すわ。」
飛空艇に戻った2人は甲板から屋敷を眺めている。
「 絶対条件はあの庭園を維持する事。」
「 並みの人間にゃ先ず無理だな。いっそエドガーにでも頼んだらどうだ?」
自動操縦にしたセッツァーはの隣に立ち、風に揺れる長い髪を掻き揚げ目を細める。
「 ……良いのよ。あのお屋敷は誰かが住んでこそ。ただ在るだけじゃ、悲しいわ……。」
乱れる髪を押さえ紡ぐはかつての屋敷の姿を見ているのか、穏やかな表情の奥に哀しみを閉じ込めた。
ふわりと浮遊する身体。バタバタと耳に入る音が大きくなり屋敷が小さく遠のく。ふっと目を伏せたが隣を見上げれば腕が伸びてきて頭を優しく撫でられた。
「 了解、お姫様。」
飛空艇のエンジン音に驚いたのか、バサバサと羽音を上げ飛び立つ白い鳩。茜空に高く昇るその姿はまるで3人を天に導いているようで、小さくなるその白い姿を見つめるの瞳に涙が滲んだ。彼らは安らかに眠れただろうか。答えなど出やしないその問い掛けがの小さな胸に渦巻き棘を深く残す。もう少し早く行っていれば彼らを助けられたのではないか。そんなどうしようもない事ばかり考えてしまう。
「 借家でなくホテルにしても面白そうだな。」
もう見えなくなった屋敷を見つめていると、そうセッツァーの声が聞こえた。何を唐突に言うのかと顔をそちらにやれば、夕陽を浴びた眩しい銀髪がゆるやかに揺れている。
「 特定の人間だけが見るには惜し過ぎる。折角の素敵な庭園、なんだろ?世界中の人々に見てもらえば良い。」
それが彼等の願いでもあるだろと笑うとセッツァーは静かに階下へと姿を消した。
一人甲板に残された。眩い銀髪の残像から屋敷へと振り返り、ふと考え込んでは微笑んだ。






優しさに
目を閉じれば