砂上の花嫁






心地の良い風が吹き抜ける城内をはガンランスを背負いきょろきょろと周囲に目をやり足早に歩いていた。
捜しているのは、背中にあるガンランスを作った人物。年間を通し快適を約束された砂漠の堅城、フィガロの国王。
踵を鳴らし中庭に差し掛かると、金色の長髪と青いリボンが揺れているのが目に入る。は進行方向を城内から中庭へと変え、重い扉に手を掛けた。
「 ロニー………っと。」
「 エドガー様、リラが大きくなったらおよめさんにしてくれる?」
「 ああ、素敵なレディーになったらな。」
「 やくそくよ!」
片膝を地に着け幼女に(かしず)くエドガー。噴水の脇で何を蹲っているのかと思えばそういう事か。はぁと深い溜め息を吐くは砂を踏みしめ表情を曇らせる。指切りをしている2人に近付くと、視線を上げたツーテールの幼女と目が合った。
「 あ、こんにちは様。」
「 こんにちは、リラ。」
に気付いた幼女はエドガーから指を離すとスカートをちょんと摘み小さく身体を上下に揺らす。その無邪気な笑顔に心が洗われるようだと微笑むは幼女と目線を合わせる為に膝を折った。
「 じゃあね、エドガー様、様。」
「 気を付けてね。」
「 転ばぬようにな。」
手を振って駆けていく幼女に手を振り返すと妙な空気がその場を支配する。空には燦燦と太陽が輝きその恩恵を余す事無く振り撒いているが、2人の間だけは深い闇の中に居るように乾いたような湿ったような、能く解らないが兎に角居心地が悪い事だけは確かだ。砂を鳴らし立ち上がるは、ニコニコと微笑むエドガーを見て再び溜め息を吐く。
「 ……幼女に手を出すのは犯罪よロニ。」
背を向け歩き出すに慌てたようにリップサービスだと告げると、エドガーも陽の当たる中庭から城内へと移動した。

「 それに将来の話をしていただけだろう。」
俺は犯罪に手を染めはしないと言う顔があまりにも不憫で涙が出そうになる。
そんな事説明されずとも百も承知だと項垂れるは、もしそれが本気ならば己の手を血に染めてでも止めてやろうと決意したとか。男性はそんなに若い女の娘が好きなのか、それにしても先程の幼女は如何考えてもアウトじゃないのか。要らぬ処で真面目に考え込んでしまう。
「 どのみち年の差は縮まらない、でしょ?」
「 ……そうだな。」
自分に言い聞かせるようにそう言うと何故か沈黙が返ってきた。不思議に思いエドガーへと振り向けば、複雑な笑顔で肯定される。これは如何いう意味だろうか。もしかしてエドガーは先程の幼女に本気であったのか。そうであるならとても酷い、厳しい事を言ってしまったと心の中で汗を掻くは必死に次の言葉を探す。自分が放った言葉を否定せず、尚且つ主であるエドガーを励ます言葉を。愛の前では年齢も国境も何も関係無いじゃないと首を振りつつ。
「 ああ、でもロニがコールドスリープすれば――」
「 この国は如何なる。」
心の中で豆電球を点け手を叩いただが、絵空事だとエドガーに苦笑されてしまう。折角乏しい知識をフル稼働させて導き出した答えなのにと酷く落胆するは寂しげな表情を一刹那にして真面目なものへと戻す。
そう、彼女はどこまでも生真面目なのだ。
「 貴方が居なくても平気ではなくて?レニも戻って来た事だし、」
、キミも居るし?」
髪を耳に掻け扉を閉めると意表を衝く言葉を耳にする。ぴたりと動きを止めたはそっと扉から指を離すと、ゆっくりエドガーへと振り向く。油の切れた機械のようにゆっくりと。そうすれば、柔らかい微笑みを咲かせた城主を目にする事となる。
ギ、と軋むような身体を律すれば、背中にあるガンランスがカシャンと小さな音を立てた。
「 ……如何してそこで私の名前が出るのかしら。」
ふっと息を吐き出すは馬鹿馬鹿しいと一蹴する。が。
「 おやおや、その齢で俺の側近にまで上り詰めた自覚は無いのか?」
俺は至って真剣だと、その茶けた声が言っているのに気付いてしまう。そこで亦、息を吐く。
「 門番と(まつりごと)を執るのとでは全然毛色が違うわ、そうでしょう?優将が必ずしも優君だとは限らない。」
呆れたように片手を腰に当てるに、くすくすと声をもらしエドガーは正論だがと苦笑する。
「 手厳しいな。」
「 貴方は立派な王様であり優れた戦士でもあるけれど。」
「 お褒めに預かり、光栄に御座います。」
は目を伏せる。大袈裟に驚くエドガーは手を腰の後ろと腹部に沿え上体をゆっくりと傾けた。
その芝居がかった言動を横目で一瞥するは、今までとは少し違う色合いの溜め息を吐き薄く口を動かす。
「 ……私なんかを側に置く必要なんて無いじゃない……。」
小さく奥歯を噛み聞き取れぬ程の声音でそうもらした。そんな彼女の表情の機微に気付いたエドガーはふと笑みを消し、伏せられた双眸をじっと見つめる。ゆっくりと上げられる長い睫毛。ぱち、と視線が合い何か言ったか?と問えばいいえと首を横に振られ、見る見る間に何時もの真面目な表情へと変えられる。
「 大臣様も仰っていたけれど、そろそろ本気で后妃を迎える準備をすべきよ。」
う゛っ、と、痛いところを衝かれエドガーはから視線を逸らす。
「 そうは言ってもなぁ、今は機械弄りをしている方が楽しいし……。」
そう呟くエドガーの表情は穏やかではない。ちらりとを見れば呆れたように眉根を寄せ微笑んでいた。
ツン、と高鳴るのは誰が胸か。
「 エドガーとしてはそれで良いと思うわ、機械を弄っている時の貴方の顔はとても生き生きしてる。
 いっそマシーナリーとして生きるべきだと思う程よ。」
「 おお、是非大臣にそう進言してくれ!」
苦笑するに眩しい笑顔を向け喜ぶエドガーはグッと拳を握る。がそう進言してくれればいくらあの大臣でも少しは考えてくれるだろうと喜色満面に言うエドガーだが、ゆるく首を横に振るは笑みを消しでもと溜め息を吐く。
「 貴方はフィガロの王様なの。
 無論、相思相愛の形が望ましい、けれどお家繁栄の為には、多少の事は、その、犠牲に……
 ……あ、勿論そうならないよう私達は尽力するわ。」
言い辛そうなの表情にエドガーは何故だか苦笑いがこぼれてしまう。彼女は仕える主の心中を察して言葉を詰まらせただけなのに、それとは違う念が生まれいずる。彼女が言った通り、お前は一国の王なのだと。
「 ……解っているさ。マッシュを送り出した時から、私は国王として生きると誓ったんだ。」
自由気ままに振る舞う事の赦されぬ、その一挙手一投足に国民の総てが重く絡みついてくる一生。だがそれを選んだのだ。欺瞞でも犠牲でも無く、自分の意志でそれを選んだのだ。自分の人生と同様、双子の弟のマッシュの人生と同様に、国民総てが大切な存在だから。何にも代えられぬ、たった一つのものだから。
そして、喩え自分の半身を失っても、隣で励ましてくれる可憐な華が居てくれたから。
だからこそ俺は、王である人生を選んだのだ。
「 ……そうね、ごめんなさい。私が言うまでも無い事よね。
 ――――出過ぎた真似を致しました。非礼、お赦し頂けますか?」
伏せられたの瞳が、大きく揺れる。
「 非礼だなんてとんでもない!
 俺の言動を窘めコントロールするのが大臣から授かったの大切な役目だからな、気にせずどんどんやってくれ。」
「 ……ふふ。」
優しく自身の肩に手を置くエドガーに、救われたように笑顔をこぼす。自分で言った言葉に自分が囚われていては仕方が無い。初めて救って頂いたその日から彼に忠誠を誓い人生を捧げた事をよもや忘れたとは言わせないと、は一度目を閉じ、強く双眸を開きエドガーを見つめる。この方を守ると、優しさもその儚い笑顔も守ると、一生を賭して恩返しをするのだ、と。
「 それではそろそろ、国務に戻って頂こうかしら。」
大臣様の大目玉を喰らう前にと微笑み、はそっとエドガーの手を取り下ろした。柔らかさを深める笑みをこぼすエドガーはやれやれとひとつ息を吐きさっそくかともらす。
「 お仕事は待ってくれませんから。」
「 手厳しいな。」
両手を顔の横で開いて肩を落とすとエドガーは執務室へ向かおうと足を動かす。が、いつもなら少し遅れて後ろから響き上がる音が無い事に気付き振り返る。四歩離れた、その場に佇んだままのはにこっと微笑むと小さく手を振る。
「 それじゃ、執務室に戻ってね?」
「 ……は?」
「 私は別件で、少し出て来ます。」
そう告げるの背後にそういえばずっとガンランスがちらついている。てっきり外から戻って来たばかりなのだと思い込んでいたエドガーは少々顔を顰め、胸中に不快感が拡がっていくのを覚えた。咽喉まで出掛かった言葉を息と共に飲み込み、ゆっくりと口を開く。
「 すぐ戻るのか?」
大切な日がもうすぐそこまで迫っているのに、その日を共に過ごせないと言うのか?
「 うーん、どうかしら。今年はレニが戻って来て初めての誕生祝賀会だから出席するようには努めるけど……。」
困ったように小さく笑うはそこで言葉を区切るが、言葉にせずともその続きは容易に想像出来る。
"難しいでしょうね"、彼女の総てがそう哀しく告げている。それを感じ取れぬ程、エドガーは鈍くない。ふっと息を吐くと硬い表情をゆるめ、二歩三歩とに歩み寄り崩れなく微笑む。
「 それは遺憾な。国王の誕生祝賀会よりも優先されるべき仕事など無いだろう。」
「 あらあら大変、私の首は斬られてしまうのかしら?」
「 間に合わなければ、な。」
「 路頭に迷ってしまうわ、どうしましょう。」
「 そうなれば俺が娶るさ。」
くすくすと声をもらすの手を取るエドガーは色を改め、幾らか落ち着いたトーンで告げる。
一刹那目を見開いただったが、すぐさまそれは消され優しい声がもらされる。貴方はフィガロの国王様なのですからと。
「 ふふ、滅多な事は仰らない事よ、ロニ。」
するりと手を抜き取るとエドガーの腕をポンポンと慈しむように撫で微笑む。瞳の奥に別の感情を押し留め。何処で誰が耳を(そばだ)てているのか解らないのだからと続けると腕を引っ込め自身のマントの襟を正した。もう行かなくちゃと、少し目を伏せて。宙に浮いた手をゆっくり下ろすエドガーは心の中で舌を鳴らす。あり得はしない話だが、もし俺が国王でなければこうも要らぬ事に頭と胸を痛める事も無かったのだろうかと、夢見たところで現実は少しも変わりはしない。ならばせめて、国王であればこその特権を行使するべきだろうと馬鹿な結論が脳裏を過ぎる。
「 ならばその国王として命じようか。」
「 ダメよ、大切なお仕事なんだから邪魔しないで。本当に私の首が飛んでしまうわ。」
口にしてすぐにエドガーは後悔する事になる。の苦笑に、困惑よりも辛苦の色を見てしまったから。言って、俺はなんて馬鹿な事を口にしてしまったんだと酷く痛感する。お前はフィガロの国王で、側近であるの仕える相手なのだと。雑談を交わす友人でも愛を囁く恋人でもなく、利害関係が生じ一致している主従関係なのだと思い出す。彼女にとって国意が総てで、国意のトップが気まぐれに命じてしまっては彼女の仕事と立場そのものを潰してしまうだけなのだと痛烈に思い知る。
「 ……冗談だ、解っているさ。」
だがここで自分が悲哀を浮かべては更に彼女を苦しませるだけだと識っているエドガーは冗談めかして残念だと綺麗に嗤う。キミが居てくれれば国務もはかどるのになと息を吐き、この城には華が少なすぎるんだともらす。そんなエドガーに苦笑するはくすりと声を出し眉根を寄せた。
「 執務室に戻ってね?寄り道せずに。」
「 さて、どうしようか。」
「 ロ・ニ。」
「 ……解っているさ。」
空とぼけるエドガーに満面の笑みでが迫れば落胆の音が上がり彼の肩が下がる。よしよしと嬉しそうに頷くとはエドガーの目を上目遣いに見つめそれじゃあと口を開く。
「 またね。」
「 ああ、早く戻って来るんだぞ。」
「 ぷっ、お父さんみたい。」
「 お、おと、おとうさん!?」
肩に手を沿え真面目な表情で告げるエドガーの台詞に思うところがあったようで、は堪らずと言ったように噴き出し肩を震わす。その見慣れぬリアクションに心外だと心を乱すエドガーは、父親にされるほど齢は離れていないよなと自問自答する。ブツブツと口を小さく動かし固まるエドガーに行って来ますと微笑みは踵を返す。背中ではガシャンと、金属の冷たい音が上がった。遠ざかる細い背中を暫く蒼い顔で見つめていたエドガーはぶんっと首を振り、気を付けて行くんだぞと投げかける。ゆっくりと上げられ左右に揺れる手が静かに下りるのを見届けると、俺は決して父親などの年齢では無いと頷き、踵を返して靴音を鳴らし始める。
遠ざかる2つの影。
肩を竦ませゆっくりとマントを翻す背中へと振り返り、は息を吸い込んだ。
「 ロニ。」
「 ……ん?」
「 誕生日おめでとう。」
少し早いけどと微笑むに振り向くエドガーは遠くで笑っているだろう彼女を見つめ声を張り上げる。
?何か言ったか?」
「 寄り道しないでねー。」
何もと返すは両手を口の周りに沿え大きく叫び、言葉を伝えると片手を振って、踵を鳴らしくるりと反転すると歩き出した。あの言葉は伝えなくて良い、きっと後で伝わるから。そして、この感情も伝えなくて良い。不明瞭で不確か極まりない感情など、生活の邪魔にしかならない。そう、未だ私だって自分自身の気持ちをしっかりと把握していないのだから。ほんのりと紅く染まった頬がゆるんでいるのに気付き、はきゅっと口を結んだ。私はこれから、未来のフィガロの花嫁を探しに行くのよと、暑い空気に触れ気持ちを引き締め直す。
「 私はエドガー王に仕える従者なのよ……それ以外の何者でもないわ。あの日そう、誓ったじゃない……。」
チョコボの首に顔を埋め口の中でそう確かめるように呟くと、瞳の奥に強い光を宿しチョコボに跨ってジリジリと焼き尽くすような太陽の下へと飛び出し放たれた矢のように駆け出した。


ガランとした城内――エドガーには何故だか広く感じられた。
いつもと変わらぬ配備と人員、すれ違う顔ぶれも同じなのに、何故だか無性に広く感じるのだ。執務室のドアを開け、ただ隣にが居ないというだけでこうも変わってしまうものなのかと苦笑するエドガーはマントをハンガーに掛け、執務用の椅子に深く腰を沈めた。
「 はあ……后を迎えろ、か……。迎えたい女性などすぐ近くに居ると言うのに………。」
ギ、と椅子を軋ませ深い溜め息を吐き天井を仰ぎ見る。
いつもいつでも、隣で微笑んでくれる女性。くるくると犬のように表情を変え、深い信頼を置いてくれる女性。時に優しく褒め、時に厳しく叱ってくれる女性。いつも何処へでも付き(したが)い、隣に居てくれる女性。花のように笑顔が素敵な女性。
まさか再び、こんな想いを抱くとは思いもしなかった。初恋の君には想いを伝えられなかった、だからこそ今度は、自分の素直な想いを真っ直ぐに伝えたいと強く思う。だのに相手には微塵もそんな素振りが見られず、あまつさえ本人の口から"早く后を娶れ"と言われてしまうから始末に負えない。喩えどんなに近くに居ようとも、『仕える主』としてしか見られない悲愴感。
エドガーはもう一度深く深く溜め息を吐き足を伸ばした。
「 ……ん……?」
するとコツリと、何かが足に触れる。気のせいかと何度か足を曲げ伸ばしするがその都度コツリコツリと何かが当たる。今は特に何も(大臣から)隠していない筈だがと考え椅子を引いて執務机の下を覗き込んだ。暗くて能く見えない、もしや大臣が置いた仕事かと息を呑み恐る恐る手を伸ばせばひやりと冷たく堅い感触が伝わってくる。思い切ってそれを掴み、引き寄せて驚く。
「 これは……!」
手の内に在るのは濃い青の布に包まれたワインボトル。包みをそっと解けば、いつか好きだと言った事のある文字が並んだエチケットが顔を覗かせる。
この贈り主は一人しか居ない。これが好きだと言ったのはただ一人の前でのみ。渋い顔は見る見る間に柔らかいものへと変えられ、それはさながら広大な砂漠の中のオアシスのようだ。
くすくすと小さく声をもらし満面の笑みを見せるエドガーはワインをゆっくり持ち上げた。と、ひらりと白い物が床に落ちる。それに視線をやり拾い上げ裏返せば、柔らかい笑顔が更に優しく崩された。
「 Happy Birthday to Roni、か。……嬉しい事をしてくれるお姫様だ。」