ちらちらと白い雪が降っている。
昨日までは小春日和で幾分も暖かかったものの、今日は雪が舞う程までに寒さが戻っていた。
そんな、雪の舞う冴え返り。


「 おい。」

白い雪がゆっくりと舞い落ちる中、黒衣に身を包んだ黒く綺麗な長髪の少年が1人佇んでいる。
傍らには、同じ様な黒衣に身を包んだ少女が地面にその儘座り込んでいた。
冷たいだろうとか汚れてしまうとか、そういった事総て、気にも留めずに。

「 何時までそうしているつもりだ。」

白い息を零しながら、細めた目で見つめる先の少女は俯いた儘肩で息をしている。
そんな2人にはお構いなしに冴え返りの雪は、音も無くはらはらと舞い続ける。


「 ……だって。」

充分過ぎる程の間を取り、少女は少年の問いにようやくその小さな口を開いた。
か細く紡ぎ出される白い息と同じ様に、少女の声は白い雪と共に融け往く。時を、待つ事も無く。

「 一応聞いてやる。なんだ。」

右手に持っていた黒い刀を背へと納め、少年は面倒臭そうに言葉を吐く。髪を揺らす悪戯な冷たい風を気にも留めず。
不規則な冷たい風に吹かれるが儘流される髪を押さえる事も忘れ、何かを一心不乱に捜すかのように少女は呼吸をする。浅く、速く。
細く太く吐き出される白い息は、冷たい風に運ばれすぐに空へと融けてしまう。

「 判んないけど。」

音も無く舞い散る雪にさえかき消されてしまいそうな程小さな声を、それでも少女は懸命に言葉を探して紡ごうとしている。
能く見れば、俯いている少女の影に隠されている地面はうっすらと濡れていた。
俯いている少女の影に隠されている地面は、ちらちらと降る白い雪が落ちる事は無いにも関わらず。他の地面と同じ様に、けれどうっすらと濡れていた。

「 能く判んないけど、哀しいじゃん。」


そう絞り出された後、嗚咽がもれた。

肩を激しく上下させ、隣に人が居るのも構わず、声を殺して大粒の涙を流す少女は、小さな握り拳を両手に作る。
少女の影に隠された地面の水痕は、少しずつ色濃く大きくなっていく。
それに合わせてか、舞っている雪は其の姿を細かいものへと変え、冷たい風はより一層強く吹き始めた。

「 この人達は……この人達だって、好きでこうなった訳じゃないのに。
 好きでアクマになった訳じゃないのに。
 唯、悲しみが深かったから。唯、哀しみが深かったから……。」

少女の言葉に共鳴するかの如く風は咆え、雪は涙となり空から絶え間なく降り注ぐ。

「 唯、それだけなのに……――――」
「 逢いたいと願ったのはそいつ等が弱い証拠だろ。」

言葉を詰まらせた少女に代わり、強風に目を伏せた少年が重い口を開いた。

「 そんな事位でいちいち泣くな。目障りだ。」

頬を掠める雪に動じる事も無く辛辣な言葉を口にするが、それでも少女の隣から、少女の傍から、その場から動こうとはせず。
次の少女の言葉を待っているのは、彼なりの優しさなのだろう。
普段、人に見せる事は極端に少ない、少年の。

「 ……っそれでも。」

一際力を込め握る拳は、僅かに積もる雪と砂とを絡め取る。
例え手が冷えようとも、汚れようとも構わずに。

「 それでも、愛しい人には逢いたいと願ってしまうの、ヒトは。
 ヒトは、脆くて、弱くて、縋れるものであれば何でも縋りつく。つきたいと思う。仕方無いじゃない。
 それを、弱さだなんて言葉ひとつで片付けないで……!」

今まで、音も無く降っていた白い雪にすらかき消されてしまいそうな小さな声しか出していなかった少女が、声を荒げ揮わせた。
握り締めた拳で冷えた大地を殴りつけ、惜し気も無く涙を流す。

「 弱さ以外の何物でもねぇだろ。」
「 そうだけど……でも、違うの。
 好きでアクマになった訳でも、した訳でも無いじゃない。
 それなのに――――――なのに………。」

私には如何する事も出来なくて、もどかしくて悔しくて、泣きたい訳でも無いのに涙が出るの。

声にならない声で少女は呟く。
咆える風に、啼く雪に消される程、力無く。
其の様を、少年は唯黙って隣で見守っているだけで。黒い髪と白い息が、冷たい風に流される。


「 哀しいけど、哀しい訳じゃなくて……。」
「 意味判んねぇよ。」
「 ……うん、私も判ってない。」

真面目な雰囲気をぶち壊すような発言をしたのは少女の方で。
其の言葉を聞いた少年は、一瞬驚き、そしてすぐに呆れたといった顔に変わる。
白い雪は相変わらず吹雪いており、少女は俯いている。

「 何云ってるのか判ってるよ。判んないけど、判ってる。
 理由じゃなくて、なんていうか……。
 云ってる本人ですらこんな感じだから神田が判んないのも無理ないし。」

困った様な笑みをもらし、少女は握った拳をゆっくりと持ち上げる。
さらさらと幾筋か雪と砂が少女の指の隙間から零れ落ち、刹那の間を空ける事無く呻る冷たい風に運ばれ飛ばされ往く。

「 判ってくれとも云わない。
 唯……認めては欲しい。こんな奴も、居るって。」

赤く腫れた目で真っ直ぐに、顔を上げ少年を見上げる少女の顔には、涙の痕が残っているのみで。
弱々しく呟いていた声も、咆える風にも負けずに通る普段のそれに戻っている。

少年は目を細めた儘、少女を見守っている。


「 俺達は、壊す事しか出来ねぇんだよ。」

澄んだ声で、通った声で、少年は敢えて言葉を選ぶ。
吹き荒ぶ、雪と風の中。

「 判ってる。」
「 壊す事しか出来ない―――。
 壊せば、後には塵一つ残らねぇし。」

コートを積もった雪につけ、少年は握られた少女の拳に自身の両手を重ね、ゆっくりとそれを開かせる。少女の眼を見抜いた儘。
ふわと、雪と砂が舞い上がり風に運ばれる。
紅くなった少女の掌には、水滴だけが意味も無く残っている。

「 判ってる。」

風に運ばれたそれを見送る事も無く、少女は開かれた掌の水滴を見つめた後、少年の眼に視線を戻してから先程と同じ言葉を繰り返す。
その瞳は揺れる事も無く、涙を流す事も無い。

「 俺達は破壊者だ。」
「 判ってる。」
「 それでも泣くのか。」

一際強い風が、2人の髪を強く揺らす。

白い雪は、いつしか2人にも地面にも少しずつ積もり始めていた。
けれども2人は動きもせず、唯言葉を交わす。深く、言葉と心を。


「 ……判ってる。
 神田の云いたい事も、判ってる。ありがとう。
 でもこれはきっと、私の涙であって私の涙じゃないんだ。だから大丈夫だよ。」

儚げに、それでも微笑んでみせ少女は一粒の涙を流す。
しかし其の涙の意味は、先程迄のものとは違っているのであろう。
少年は、透けるような自身のその綺麗な指で少女の涙を、すくった。

「 まぁ、俺達の場合、壊す事で救う事にもなるからな。」
咆える風に、積もる雪に、融け往く白い息の様に言葉を融かす少年は、少女の細い手を握り締める。

「 何か云った?」
「 なんでもねぇよ。」

吹雪の轟音により先程の少年の言葉は少女には届いていなかった様で、少女は聞き返したが少年はなんでもないと誤魔化した。
きっと、聞こえていない事を承知で呟いた言葉だったのだろう。

少年は、優しさを極端に人に見せない。それが、弱さだと思っているからか。

少し不満に思いながらも、そうですかと云って少女は少年の手を握り返し、にっと、笑う。

「 私達は……私は、破壊者で良いよ。
 千年伯爵を破壊するまでは、それで良い。」

その顔からは弱さや悲しみといった類のものは消えており、力強いそれで満ちている。
そんな少女に安心したのか満足したのか、少年は不敵に笑う。

には無理だろ。千年伯爵を殺すとか。」


少女の頭に積もった雪を繋いだ手とは逆の手で乱暴にはたき落とし、少年は高く笑う。






究極の