花が散る。
がしゃんと硝子が割れる音がし、柔らかい土に何かが落下する音がそれに続く。
握りしめた両手に硝子の破片が刺さっても、柔らかい土を掴んでも、気にする暇は無い。
上方より急速に落とされる鉛のような玉。それを薙ぎ払い立ち上がるは紅い液体が噴き出す手で得物を構え、ぱきりと、細い何かが折れる音を踏みしめ前傾姿勢を取る。そして眼前に広がる建物へと放たれた矢のように素早く走りだす。

はらりと、音も無くの躯から離れた赤く染まったはなびらは、生温い風に吹かれゆらゆらと宙を舞い、の背中によって荒らされた花壇へと着地する。
一面綺麗な白い花壇。
その列を乱す湿った土と、どす黒い液体。の跡に従う様に点々と続く、どす黒い液体。
生温い風に、白いマーガレットが厭がるように首を揺らしている。
   




Bellio




布は裂かれ、家具は地を滑り、豪華なシャンデリアは失墜し、壁や床には黒い液体が飛散する。
無機質に腕を振るうの紅い瞳と得物が逃げ惑う異形の物体を捉え、汚れ一つ無くピカピカに磨き上げられた窓硝子と共に貫き破る。
がしゃんと、何時に無く大きな音を引き連れ落下すると硝子の破片。
「 はっ伯爵ざまあああああぁぁぁぁぁっっ!!」
アクマの胸に突き刺したイノセンスに力を籠め、重力と共に可及的に加圧する。
紅い瞳を燃やし、ぐりと、握り直した。
「 いっいいいいい気ににになあああるなよよよええええくえくエグゾジズド如きがあああああああああっっっ!!!!!」
Shut your mouth.」  (黙れ)
縦に力を加え、硬いアクマのボディを斬り裂く。胸から上が花咲くように裂けたアクマの断末魔を一言で切り捨てると、生暖かい液体が白いはなびらを染め絡め取りながら降り注いだ。
嗅ぎ慣れた障気とオイルの臭いが辺りに充満しては、生温い風に運ばれる。
無残に引き裂かれたアクマの残骸の上に馬乗りに跨るはビシャビシャと降り注ぐオイルを気にも留めず、絡め取った白かったはなびらごとイノセンスに付着するアクマの残骸のオイルを掌で拭い地面へと捨てる。
ざわりと駆け抜ける一陣の風がの白い髪と花を揺らす。
綺麗に植えられた白いマーガレット。それも今は見る影もなく、とアクマから流れ出した液体によって純白は汚され、隊列は2度の落下とその衝撃によって乱されていた。
土は抉られ、花は折られ散らされて、無機質な硝子とダークマターがそこかしこに列を作っている。ガーデニングを趣味としない者が見ても、目を覆い閉口するだろう。

大きく裂けた団服の奥から紅とどす黒い液体を流し座り込んだままのが首を持ち上げ横に動かす。
空には燃えるように煌めく太陽が在り、それが一つの長い影を生んでいた。逆光に目を細めるの表情が、途端に明るいものへと変えられる。
「 クロス!」
「 また随分と派手にやらかしたもんだな。」
真夏の夕陽のような長い髪を風に遊ばせ紫煙を長く引くクロスが、手に持つ煙草をティムキャンピーに与えゆったりと歩み寄ってくる。
犬のようにはしゃぐ
そこには先程までアクマと死闘を繰り広げていた張り詰めた空気も冷めた表情も無い。明るく柔らかに破顔一笑している少女が居るだけだ。長い白髪を風に弄ばれる、少女が。
オイルと硝子にまみれダークマターの残骸に跨るに歩み寄るクロスは目を細めると小さく息を吐き、少し距離を取って立ち止まる。
「 ハンカチは、」
「 ある!」
イノセンスの発動を解き手放すはボロボロの団服のポケットに手を入れ薄い藤色のハンカチを取り出した。暫くクロスと見つめ合っていたが、沈黙と呆れたような眼差しだけを寄越すクロスから自身の手元へと視線を移し、指先を見つめると思い出したかのようにオイルを拭い始めた。
指の一本一本を丁寧に拭き取り、裏返したり角度を変えたりして手を見つめる。
拭き残しは無い。
そう確認するとオイルでギトギトになったハンカチを細い指からするりと滑り落とし、満面の笑みで諸手を広げる。
"抱きしめて!"
そう態度で示すの前に立つとクロスは膝を折る。にこにこと屈託無く笑うは腕を広げたまま微動だにしない。抱きしめてもらえるまで、その腕に包まれるまで自分からは決して抱きつこうとはしない。
アクマの残骸に跨るを見上げる形となるクロス。辛そうに目を細めへと腕をそっと伸ばす。
「 もう少し自分を顧みて闘え。」
懐から取り出した白いハンカチでの頬に着いたオイルを拭うクロスは低く紡ぐ。
顎に手を掛けられ頬をグイと引っ張られるは目を細め、仔猫のようにそれを甘んじて受け入れる。
仕合わせそうに、口元に大きく弧を描き。
「 痛みは無いから平気だよ?」
「 オレが平気じゃない。」
ゴシゴシと、少し乱暴にオイルを拭い取るとクロスは大事そうにを抱きしめた。押し付けられた胸に鼻を潰すはぎゅうと背中に腕を回し抱きつき、力を籠めるクロスに不思議そうな声を返す。
少し考えこみ、ねぇと口を開く。
「 クロス、ケガしてるの?」
そういう意味じゃない。心の中で叫ぶクロスは痛々しく顔を歪め更にを抱きしめる。
解らないだろうと解っていながらももどかしい気持ちに支配されるチグハグさとはもう長い付き合いになるが、折り合いは未だつかずにいる。何時か折り合いがつくのだろうか。否、きっとつくまい。つくとすればその時はそういう時だと自嘲気味に弧を描いた唇が、薄く、ゆっくりと開かれる。
「 ……そうだな。」
「 どこ?わたしが手当てするよ。」
「 良い、こうしていれば治る。」
もぞもぞと腕の中で動くの白い髪に口付け、アクマの残骸から引き離すように抱きしめた儘クロスは地に腰を下ろした。

ざわりと一斉に首を揺らすマーガレット。
それと同じようになびくの白い髪もアクマのオイルと自身から流れ出た液体によってどす黒く染められている。その髪が、荒らされたマーガレットの花壇がの損傷の酷さを物語っている。
なんでもないという顔をしているだがそれは自覚出来てないだけだ。欠損部位は無いものの、一刻も早く修復しなければ、そう強く思うクロスは腕に籠めていた力を解き、を立たせる。立たせ、能く見れば団服も彼方此方大きく破れ、透き通る白磁のような肌が露になりどす黒く染まっているのが厭でも目に付く。
少し目を離しただけでこうも酷く――歯噛みするクロスがから手を離し立ち上がると、柔らかい土に何かが落ちる音が隣から上がった。
「 ――ッ
「 あれ、どうしたんだろう?」
壊れたマリオネットのようにぺたりと座り込むはぱちくりと紅い瞳を瞬かせる。立ち上がろうと地に手をつくが躯が上手く動かない。団服を捲りの両足を見つめるクロスは動かなかったのではなく動けなかったのか?と、痛ましく唇を歪ませた。
「 ごめん、クロス。」
「 ………だから己を顧みて闘えと言」
「 ごめんなさい、もうしないから捨てないで。」
団服を掴まれ顔を上げてみれば、縋るように見つめてくる紅い瞳が不安げに大きく揺れている。
性質上涙は出ない仕組みになっているが、髪から伝ったどす黒い液体がまるで涙のように流れている。
嗚呼、此れは駄目だ。こんな顔を見る為に傍に置いてるのではない。こんな顔を見る為に禁術とされるものに手を伸ばしたのではない。オレはまたこんな顔をさせてしまっているのか。自己嫌悪に陥るクロスの髪が、さらりと揺れる。
「 クロ――」
「 欠損部位は無いからラボに戻ればすぐに直してやれる。
 …………だから、そんな顔……してくれるな……………… 」
何時に無く弱々しい声音。抱きしめられたはぱちぱちと瞬きをすると、動きの鈍った腕を持ち上げクロスの背へと懸命に伸ばす。
「 クロス、大丈夫?ケガ痛むの?」
「 ………………… 」
「 汚れちゃうよ?」
強く強く抱きしめるクロスにオイルと液体がつくと躯を離そうとするだが、離そうとすればする程余計に抱きしめられた。何時ものクロスらしくないと、本能で感じ取ったは軋む腕を更に伸ばし、クロスの頭へと手の平を押し付ける。
「 わたしが壊れたとき、いつもクロスがしてくれるでしょ?とてもね、うれしいの。だから――――…… 」
ざわりとマーガレットが首を揺らす。
見開かれた紅い瞳はゆっくりと細められ、静かに閉じられる。乱暴に塞がれた唇も、今は優しく熱が移る。
啄ばむように吸われ離れた唇。
そろそろりと開かれる紅い双眸は喜びに満ちた色を湛え、薔薇のように紅い唇も大きく弧を描いている。
だがそれを見つめるクロスは痛々しく、それでも優しく微笑む。にっこりと、も満面の笑みをこぼした。
「 めずらしい。今日はお花持ってないのにキスしてくれた。」
「 ……花?」
えへへと笑うは腕を落とすとクロスの手を握った。
言葉のキャッチボールはいつもボールを投げるだが、ここまで大暴投するのも久し振りだなと口元を弛めるクロスはの白い髪を汚すアクマのオイルと液体を拭う。
キスと花に何の関係があるのか。
ぼんやりとそんな事を考えるクロスの口が、ぽつりと動く。
、花は好きか?」
何となく聞いてみた。白い髪から異色を取り除きながら。
喜びに満ちた紅い瞳が、弓のように細くなる。
「 うん、お花は好き。クロスがキスしてくれるから。」
「 師匠は美しいものが好きなんでしょ?だから私は花を愛でるの。私を見つめる師匠の眼が優しくなるから。」
満面の笑顔の奥に、の言葉がフラッシュバックする。花を愛で、花が能く似合ったの言葉と姿が。言葉は違えども根底は同じの言葉を聞いて。鼻の奥が鋭く痛み、目頭が熱くなる。
誤魔化すように立ち上がりの落としたイノセンスを取ると、クロスは風に首を揺らすマーガレットを見つめた。さわさわと、気持ち良さそうに首を揺らすその純白の花弁が、むざむざと散らされどす黒く染められた花弁が、今はもう居ないとオーバーラップする。
「 ……花が無くとも、キスくらいいくらでもしてやる……してやったのに………… 」
沈む太陽の光を浴び金色に染められたマーガレットを見つめ呟いた言葉は生温い風に絡め取られ、遠く遠くへと運ばれる。ざわざわと耳を掠める風が、酷く煩い。

「 クロス、おなかすいた?」
ノーテンキなトーンの声が風を切り裂く。
風を浴び振り返るクロスはククッと咽喉を鳴らし、緩く首を左右に振ると髪を掻き揚げる。
一度手折られた花は二度と元に戻らず、枯れ往くのみ。人間も同じだ。だが根が生きていればいずれ同じ場所に花は咲く。強く大きく、より美しく。だがそれは同じ花では無い。別の花だ。遺伝子は引き継いでいても、別の存在だ。人間も花も、同じだろう。
「 世話の焼けるお姫様の修理といくか。」
「 ……あ、ごめん、ありがとう。」
金色に染まるの髪を掻き混ぜるとイノセンスを持たせ、髪にマーガレットをそえる。沈む太陽の光を浴びて同じように煌く金色の花を。の頬にキスをひとつ落とすと抱き上げ、クロスは歩き出す。はしゃぐにキスを返され、頭にティムキャンピーを乗せて。






「 オレ以外に跨るな。」
「 ?クロスがそう言うならしない。あ、でも馬は?」
「 オレの側を離れるな。」
「 アクマを破壊するのがクロスの仕事。でしょ?わたしはそれを手伝ってるだけ!
 わたしが手伝えばクロスは仕事をしないで済むし、わたしと遊んでくれる時間が増える!」
「 ……それでもオレの側を離れるな。」
「 でも、」
「 …………捜すのが面倒だ。」
「 わかった!ごめん、クロス。」
   






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For worship様 and you
素敵な企画に参加させて頂きまして、ありがとうございました!