「 ……なに?」 陽が昇りかけた早朝。 草浅寺の一室にて、いつもとは異なる事が起きていた。 「 ……何?何!?」 布団の中に寝転び天上を仰いでいる少女、は呟く。 その彼女の視線は天上を上下左右、せわしく駆けていた。 「 何?いや……怖い……!」 真剣な顔でそう呟く。尚も視線の先は定まらない。 追いかける様に、そう、その視線は"何か"を追いかけていた。 せわしくせわしく、捕まえるように。 ――カサ カサカサカサ 天上から聞こえてくるこの小さな音を、必死に目で追っているのだ。 無論、音が聞こえてくるのみで、その音を発している姿は見えていない。 己の眼で姿が確認出来ない事柄に対して人は恐怖心を抱きやすい。 彼女、も今まさにそんな状況に追い込まれていた。 必死に音を追いかけるその表情には、少しずつ恐怖の色が蓄積されている。 それを払拭するかの様に、更に音を追いかける。心境とは裏腹に、視線は天上を所狭しと駆け巡り。 ――カサ カサ バタバサバサバサバサバサバサバサバサバサ――― 「 いや……なに……鳩!?」 カサカサと動き回るその音が、バタバタと、バサバサと大きく変わった。 何かが飛行するであろう、その羽音へ。 しばらく、同じ様に羽音を目で追っていただったが、おもむろにむくりと起き上がり着替えを済まし足早に部屋を後にした。 バサバサと飛行しているであろう音だけを残して。 「 なんだったんだろう、あれ……。鳩、かなぁ? ゴキブリではないだろうし、鼠――とも違う。」 はぁと溜め息をひとつ。 こぼしては空を見上げる。 陽は暖かな光を注ぎ、風は冷えた空気を運んでいる。 小さくもらしたの言葉は風に溶け往く。 ガサガサと寺の敷地内の落ち葉を掃き集めては、は呟きを繰り返す。 目覚めの悪い朝だった、と。 「 早いのう、。」 「 あ、和尚おはよう。」 掃除用具を片していると、不意に後ろからこの草浅寺の和尚に声を掛けられた。 振り返ると朝食だと笑顔で告げられる。 「 おはようちゃん。」 「 おはようさん。」 「 おっす、。」 「 おはよー。」 和尚と共に台所に入り、他の住人達と朝の挨拶を交わす。 「 おはようさん。」 ガシガシと頭を掻きながら、眠たさを引き摺ったままの金髪の少年が一人扉をくぐって入ってきた。 「 おはよう、シゲ。」 が笑って言葉を返すと、シゲと呼ばれている金髪の少年――佐藤成樹――もにこりと返す。 「 今日の朝飯はが作ったん?」 自分の席に着くや否や、成樹はおもむろに笑顔でこう訊ねる。 「 残念だったな。今日の当番は俺だよ。」 「 えー、なんやねんのオッサンの手料理かいな。 朝から野郎の――」 「 うるせぇ。文句あんなら喰うな。俺だっての手料理の方が嬉しいに決まっ――」 「 2人とも、早く食べなきゃ冷めちゃうよ? 寧ろさっさと済ませてくれなきゃ片付かないじゃん。片付けるの私なんだけどもよー。」 「「……はい、すいません。」」 黒い効果音を背負って不敵に微笑むには逆らうな、と云う暗黙のルールが有るとか無いとか。 不思議な空気の儘、住人達は慎ましく箸を進めた。 「 悪いねぇ、手伝ってもらっちゃって。」 「 ん〜?ええよ、今日は暇やし。」 2人仲良く並んで朝食の後片付けをすると成樹。 今日の片付け当番はだけだが、それを手伝っている成樹はなかなかに上機嫌である。 そんな成樹を横目で見るも、何処か嬉しそうだ。 「 あ、そうそう。」 唐突に、動かしていた手を止める。 その様子を隣で不思議そうに見つめる成樹は、それでも手を動かし続けている。 「 シゲにね、ちょっと頼みたい事があるんだけど。」 「 ……俺に?」 顔を横に向け自分を見上げてくるに、成樹は柔らかに笑って返す。 「 うん、そうシゲに。 あのね、私の部屋、見てきて欲しいの。」 じっと、は懇願する様に顔を見上げ続ける。 「 あ、もうこっちは良いからね。」 そう云ってひょいと成樹の手から食器を抜き取る。 「 ……はい?」 ぱちくりと目をまばたかせ、自分の手から食器を取り上げたいささか爆弾発言をしたであろう少女を、見つめる。 カチャカチャと軽い音を立てながら、は尚も食器を片していく。 成樹は驚きを隠せずに立ち尽くしているにも関わらず。 「 いや……あの、さん?もしもし? 俺今、なん……聞き間違えた?」 おろおろと、少し頬を赤くしてなんとか紡ぎ出した言葉はこれであった。 「 は?聞こえなかった? ここは良いから、私の部屋見て来てって、云ったの。オケ?」 くるりと成樹に振り返り、にこっと笑う。 その笑顔に少しほだされつつも、成樹はぎこちなく笑う。 「 でも……せやかて、俺が?の……ホンマに?」 「 うん、本当に。 こんな事頼めるの……。」 まじまじと目を見つめ、はすっと視線を外しこう云った。 「 シゲしか居ないの。お願い。」 つづら
数分後。 「 おい。」 「 ふわあ!びっくりした。 あ、ねねっ、何だった?」 食器を戸棚に仕舞っていると成樹が声と共に現れた。 その表情は、若干怒気を含んでいる様にも見える。 反対には至極嬉しそうに、成樹に微笑みかける。 「 ……雀やった。 あのな、自分で逃がせや。」 椅子を引いてドッカと座り、頬杖をついて成樹は云う。 「 ああ、雀だったんだ。なるほど。」 「 なるほどちゃうわ。 雀だったんだって、見てへんかったんか!?」 「 うん。私が居た時は天井裏で暴れてたから。 助かったわ〜、シゲちゃーん。」 ご機嫌に笑って答えるに、成樹は目を丸くして呆れている。 「 なんやねんな。 結局俺は担がれただけやったんかい。」 ポツリともらされた言葉には、成樹のへの気持ちが顕著に表れていたのではないだろうか。 しかしその言葉は悲しくも当の本人、には届いていなかった。 「 ありがとね、シゲ。」 ――コトリ 成樹の前にコーラが一缶置かれた。 「 ……これがお礼とか云わんやろな。」 「 で?どうしたの?」 「 逃がしたわ、ちゃんと。」 「 シゲちゃんサイコー。」 「 ……せめてテンション上げて云うて下さいヨ。」 「 あはははは!」 ひらひらと手を動かし、は笑う。 そんなにつられ、いつしか成樹の顔にも笑顔が戻っていた。 「 まぁ、ええか。」 プシリと音を立てて、コーラを開ける。 |