見合結婚





   
「 ギーンッ!」
カンカンカンカンカン
「 ギーンーッッ!!」
カタガタッ ガラガラッ

「 ギーンッ!助けてぇ!!」
ガラ スパーンッ


此処は地球。日本国江戸の歌舞伎町その一画。
スナックお登勢の2階にある『万事屋 銀ちゃん』自宅兼事務所。
其処に袴姿の髪の長い少女が1人、物凄い勢いで突入して行った。
外は厭になるほどの晴天。
しかしながらそれに反比例するかのように、少女の顔は今にも泣き崩れそうである。


「 朝っぱらからなんだ、騒々しい。便秘で腹が痛いならカンチョーでもしとけ、カンチョーでも。セルフカンチョー。」
と、デスクの椅子に座り新聞を広げながら耳をほじっている銀髪のギンと呼ばれている青年は至極面倒臭そうに吐き捨てる。
「 厠ならそっちだ。」
ひょいと右手で厠の方を指す。
「 だあれが便秘かこの天然パーマネントがああぁぁぁぁぁっっ!!!」
ガシャアァ――ンン
「 ぅおっ!?なっ、なんなんだよいきなり!!」
少女は叫びながら来客用のテーブルを飛び越えデスクの向こう側に居る青年へと突進した。
デスクに足を掛け上に乗り、男の首に腕を廻す。
その弾みで新聞はぐしゃりと音を立て、そばに置いてあった湯飲みは床へと落ち割れてしまった。
「 おい、。湯飲み落ちて割れてんだけど。
 っつーか何。人の首に腕廻してどうするつもりだ。」
くしゃくしゃになって自分の身体に密着している新聞をデスクの上に置き、少女の髪を優しく撫でる。

「 ギンー……。私達、幼馴染だよね?」
そのままの体勢で、顔を伏せたままと呼ばれる少女は銀髪の青年に訊ねる。
「 あー?そうだったっけ――」
「 坂田銀時とは幼馴染だよね。」
「 ……はい、そうでございます。」
有無を云わさず、といった感じで首に廻している腕に力を入れ、威す少女、
それに素直に従う青年、銀時。

そう、この2人は幼馴染なのである。年齢差は4,5歳といったところだ。

「 で。坂田銀時さんは『万時屋 銀ちゃん』の―――」
「 面倒事なら他当たれ。うちは慈善事業やってんじゃねぇんだからな。」
最後まで云い終わらぬうちに、銀時は言葉を重ねた。
「 ほら、いつまでそうしてんた。さっさと降りて湯飲み片せ。」
わしゃわしゃとの髪をかき、はぁと溜め息をつく。
「 ギーンー!」
はそんな銀時を恨めしそうに見つめている。そのままデスクに乗った状態で。
「 おーおー、豪快に割ってくれちゃって。片付ける身にもなれっつってんだよ。」
ギシリと音を立てて椅子から立ち上がり、割れた湯飲みを片付け始める。
そしてそのまま、トタトタと面倒臭そうな足音が台所へと消えていく。

「 もう。助けてよ、ギン。こんな事頼めるの、ギンだけなんだから……。」
眉を寄せ、はポツリと漏らした。
盛大に溜め息を吐き出し、デスクから降りてソファへ深く腰掛ける。
天井を仰ぎ見、暫く沈黙を紡ぐ。


「 ……あ。」
ふと、何かを思いついたのか声が漏れた。
と、同時に顔には怪しい笑みが浮かんでいる。

「 なんだ、未だ居たのか。」
台所から戻ってきた銀時は、そのまま何の躊躇いも無くの隣に腰掛ける。
「 お前も暇だな。」
なんて云いつつの肩へと手を伸ばす。
が。
「 帰るね。」
手が触れる前にがすっくと立ち上がったので、銀時の手は悲しくも空を刈った。
「 え?ちょ、おま、何?」
立ち上がったを見上げ、呆然と言葉を漏らす。何を云いたいのかも判らない。

「 だってギン、助けてくれそうに無いんだもん。真選組の土方さんにでも相だ―――」
「 待て。」
がしり、と。
声と同時に銀時の空を刈った手がの細い腕をしっかりと掴んでいた。
にやりと、やはり怪しい笑みを浮かべている。しかしそれを瞬時に噛み殺し、複雑そうな顔を作る。
「 駄目だよ。ギンは忙しいんでしょ?
 それに土方さんなら無料で相談に乗ってくれるだろうし、アフターケアもしてくれそう。」
ふうと。軽い溜め息を吐き出す。

「 待て。」
もう一度、銀時は繰り返す。

かかったな。
にやりと悪魔の様な笑顔を浮かべ、心の中でガッツポーズをとる
算段はこうだ。
何かとライバル視している真選組の土方氏の名を出せば、銀時はきっと自分がやると云い出すだろうと。
負けず嫌いの銀時ならば必ず食いつくだろうと。
そんな事を考えていた、瞬間的な計画犯である。

「 アイツはやめとけ、アイツは駄目だ。多串君はアレだ、アレ、ほらアレ。
 あんな常に瞳孔開いてるようなマヨラーはやめときなさい。
 あんな奴に頼みに行くくらいなら、この銀さんが聞いてあげましょう、仕方ない。」
はあぁ、仕方ねぇなぁ。
そう付け加えながら、を自分の方へと振り向かせる。
身体を反転させられたはふっと苦笑を浮かべるも、どこか嬉しそうである。
こいつは、こんな単純で大丈夫なのだろうか。ちゃんと生活していけてるのだろうか。
そう思いつつも、いつも頼ってしまう自分が居ることに気付く。
それを思うと亦苦笑がもれる。
そんなを少し不思議に思いつつも、銀時は促されるままに外へと一緒に出て行った。




「 はあぁぁ?結婚させられるううぅぅぅぅ!!??」

青い蒼い空の下、2人は仲良く並んで歩いている。
空は突き抜ける程に青い。その空に、銀時の絶叫が突き刺さる。

「 そうなの。
 先週見合を強制させられて……まぁ見合くらいなら良いかと思ってしてみたら。
 昨日になって相手方から電話があったみたいで。
 是非結婚してくれって云ってきてて、うちのあのボケ親父がそれを勝手に……。」
はぁぁと、この快晴とは似つかわしくない盛大な溜め息を吐き出し肩を落とした。
そんなを、驚いたままの顔で銀時は凝視する。
「 ちょ、おま、え?何、嘘だろ?
 あ、そーだ。どうせその辺の影からドッキリでぇすとか云う看板持った新八とか出てくんだろ。
 が結婚とか。
 ありえない。天変地異が起こってもビッグバンが起こってもそれはありえない。
 それにアレだ。アレ。お前未だお子様だろ。歳幾つだ歳。歳考えてから喋れ。」
だらだらと例の如く力なさげに否定しまくる銀時。
しかしその表情は、驚きで一杯だ。隠す暇も無い。
「 18だよ、もう。結婚も出来るんだよ、合法的に。だから困ってるんじゃない。だからこうして銀時に―――」
すっと顔を上げ隣を見ると、ある筈の顔が無かった。

「 ――アレ?」
ついつい、素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
隣に居る筈の銀時が、居ないのだ。
「 ……ギン?」
くるりと振り返ると、数メートル離れた所で銀時がこちらに背を向けていた。
声を掛けても返事は無い。

「 ……ギーンさーん?もしかして逃げるつもりですかー?」
不満一杯。
そんな顔では銀時に尋ねた。
「 バカヤロー!!そんな話……今されて、はいそうですかって引き受けられるかー!!!!!
 どーせアレだろ、俺に婚約者のフリでもさせようって腹だろ。この便秘魔人めっ!」
鬼の形相で銀時は捲くし立てる。
が。
「 んー、ちょっと違う。
 私未だ家庭という名の監獄に入る気なんて更々無いし。
 だからギンは私の恋人のフリしてくれるだけで良いんだよ。結婚とか婚約とかはいらない。
 あと、誰が便秘魔人だ、この天然パーマネントが。」
ズドスッ
ボディーに一発決め込み、はにっこりと笑う。
苦しそうに銀時は腹を抱えるも、反論は忘れない。
「 髪の事には触れるなっ!!天然パーマに悪いヤツは居ねぇんだよ!
 家庭に入る気が無いんなら、それをちゃんとお父さんに伝えなさい。俺なんか間に入れたら面倒臭ぇ事になるだけだ。
 自分の気持ちを伝えるだけなら1人で出来るだろう。な。」
くしゃりとの髪を触り、優しくそう諭す。

「 ――判った。」
少しの無言の後、が口を開いた。
「 それじゃあ土方さんに相談乗ってもらってくる。
 あーあ。
 ギンが引き受けてくれたら、溜まってる家賃全部払うつもりだったのに。仕方ないかぁ。」
残念でならない。
そういった顔で歩き出す。

ザッザッザッ―――

数メートル離れた時。

「 ちょっと待ってもらおうか、ちゃんよー!!!」

そんな銀時の叫び声がこだましていたとか。




「 良い?あくまでギンは恋人だからね?
 私の父親が何云ってきても結婚しますとか婚約してますとか云っちゃ駄目だよ?
 そんな事云った日にゃあ、本当にそうさせられちゃうんだから。」
立派な屋敷の玄関前で、最後の打ち合わせをしている2人。
「 そうなったらギンだって厭でしょ?『付き合ってます』それだけで良いから。後は私がどうとでもするわ。」
きゅっと顔を引き締める
余裕がある様に見えて、結構緊張している様だ。
「 それじゃ、行くよ。」
は引き戸に手を掛ける。
銀時は、唯黙ってこくりと頷いた。

「 ただいまー。」
ガラガラと戸を開け、大きめの声で家の者へと挨拶をする。

「 お帰りなさいませ、お嬢様。」
そんな声が幾度と無く人とすれ違う度に聞こえた。

そう、は良家のお嬢様だったのだ。


「 あー……。
 がお嬢だったって事、家に来るまでいつも忘れてるわ。
 そもそもな。
 お嬢ならお嬢らしく着物をちゃんと着なさい。何、男みたいな恰好してぐはあっっ!!」
「 誰に喧嘩売ってんだ、黙ってろ。
 ほら、着いたよ。」
顔面に裏拳を一発綺麗に決め、一つの部屋の前で止まる。
「 イテテ……ったく。」
顔を押さえ鼻がある事を確かめると、一応服を着正してみる。
やはり多少は緊張しているのだろうか。
「 お父さん、入るよ。」
それを横目で確かめた後、こう声を掛けふすまをスラリと開ける。
中では、中年の品の良さそうな男性が1人、煙管で一服しているところであった。

「 おぉ、か。どこに行っていたのか……まぁ、入りなさい。」
息と煙を吐き出し、中年の男性――の父親――は中へと招き入れる。
「 ん?そちらの殿方は、確か……。」
一緒に入ってくる銀時を見て、の父親は少し考え込んだ。
「 ギンだよ、坂田銀時。私の幼馴染。」
そう云っては父親の正面に銀時と2人で正座する。
「 おぉ、そうだったそうだった。
 久しぶりだなぁ、銀時君。元気にしてたか?今お茶を出そう。」
そう云ってにこやかに笑い、使いの者に茶を出す様伝えた。
「 ご無沙汰してます。」
ぺこりと一礼し、銀時はの父親を見つめる。
「 なんだなんだ、急にかしこまりよって。と2人してワシに悪戯して廻った頃の勢いはどうした?」
昔を思い出したのか、目を細めて優しく笑いながら、持っていた煙管を下ろした。

「 お父さん、話があるの。」
そうが切り出すと、やはりな、と云った表情での父親は一息吐き出し、先程置かれた茶を一口含んだ。
「 私に結婚の話が出てるけど……あれ、何度も云ってるように断って欲しいの。
 私、未だ結婚するつもりなんてないし。
 それに……ずっと黙ってたけど、私、ギンと付き合ってるの。
 だからお願い。」
そう云って父親を見つめる

「 改まって何かと思えば、そういう事か。、ワシは茶番には付き合わんぞ。
 銀時君は確か、万時屋とかいうのをやっとったな。大方それじゃろう?」
ふっと、なにもかもを見通した様な口調で。
「 お父さん!?」
、やめなさい。こんな事をすれば、銀時君にまで要らん迷惑をかけてしまう。のう?銀時君?」
あっさりと、の計画を崩してしまった。

「 お父さん!!
 そもそも私がこんな事したのは……それだけ結婚したくないからじゃん!!どうして判ってくれないの!?」
「 五月蝿い、子供のくせに生意気な。
 先方と結婚すれば、ワシの選んだ男と一緒になれば、必ず仕合わせになれる。
 お前は黙って云う事を聞いていれば良いんだ。」
「 お父さんっ!私は未だ結婚するつもりは無いって云って――」
「 もう決まった事だ、いい加減諦めなさい。
 全く。銀時君からも一つ云ってやってくれないか。」
ふと、親子喧嘩から銀時へと振られた。
2度、頭を掻いてからはぁっと溜め息を吐き出し、銀時は口を開く。

「 そうですね。
 もう恋人じゃないってのもバレちゃってますし、此処は本音でいかせてもらいます。」
やれやれと、どこか観念したかのような面持ちである。
「 ギン!」
「 まぁまぁ。
 いやもうね、今日いきなり来て『恋人のフリしてくれ』って云われて。なんだソレって話ですよね。
 いきなり過ぎて意味が判らん。
 能く能く話を聞いてみると、なんと僕の知らないうちに見合いしてたとか。なんだソレって話ですよね。」
たんたんと、銀時は一人語りだす。
は吃驚している様子でそのさまを見つめている。
「 しかも結婚の話まで上がっちゃって。なんだソレって話ですよね。
 結婚したくないからって僕の所に来て。
 おいおい、いい加減にしろよと。ちょっと調子良すぎるんじゃないかと。」
の父親は、唯黙って聞いている。

「 『恋人のフリしてくれ』って、おいおいちょっと待てよと。
 こちとらもう何年も前からあんたに惚れてんだよと。
 そんな俺に『恋人のフリ』なんて辛過ぎるじゃねぇかと。
 の話し口調からすると、今は好きな奴も居そうにねぇし。
 おいおい、俺の長年の恋は実りませんか、と。そんな恋心を隠して結婚の話を破談にさせなきゃいけませんか、と。
 なんだソレって話ですよね。」
尚もたんたんと語る銀時の隣で、は酷く驚いていた。
こんなドサクサ紛れに、コイツは何を云っているのかと。自分の耳を疑っていた。

「 だからね、おじさん。
 もう勘弁してやってくれませんか。
 こんな男勝りなヤツ、嫁に出してもすぐ追い返されますよ。そんな事になったら、おじさんだって厭でしょう。
 だから。」
そこで一度切って、ちらりとを見てから、亦視線をの父親へと戻し。

「 俺に預けてもらえませんか。
 俺に任せてもらえませんか。
 を泣かす様な真似は、決してしませんから。」

能く通る声で。はっきりと聞き取れる声で。
まっすぐに、父親へと伝えた。
「 え……え……?」
当の本人のは、頬を真っ赤に染めて、どうなっているのか能く理解出来ていない様だ。

「 ふむ。」
ずっと沈黙を守っていたの父親が、腕を組み銀時を見据え口を開いた。
「 銀時君。
 キミの云いたい事は判った。
 じゃが、直接的な言葉は一つも無しかね?」
と。
はその意味が判らなかった様だが、銀時はにやりと笑い、に向かってこう続けた。
「 俺はが好きだ。
 俺と付き合ってくれ。」
それを聞いたは耳まで真っ赤にして、口をぱくぱくさせている。

「 はっはっはっ! 良く云った。
 それで、。お前はどうなんだ?」
不意に父親は豪快に笑い、に訊ねた。その顔はどこか嬉しそうである。
「 あ……え……?いや、あの、その……。」
しどろもどろと、顔を下に向けてしまう。
。」
そう、銀時が名を呼ぶ。
と、ゆっくり顔を上げ、恥ずかしそうにしながらも、口を開く。
「 私も、ギンが、好き、です……。」
確かにこう、消え入りそうな声で云ったのだ。

!」
そう銀時が嬉しそうに名前を呼んだ時。

「 やりましたね、おじさん!!」
姉のパピー、やったアルな!」
聞きなれた声が、ふすまの奥から聞こえてきた。
「 おぉ、新八君、神楽ちゃん!
 キミらのおかげでやっとうまくいったわい。
 全く、2人とも晩熟なのか如何なのか、今まで散々待たせおって。」
と、3人手をとって喜んでいる。

「 おいおいおいおい、ちょっと待て。これは如何いう事なのか、説明してもらおうか。」
そう、あっけに取られながらも必死に訊ねる銀時に、3人は至極嬉しそうに笑う。
「 いやー。
 銀さんがさんを好きだって云う事は知ってましたし。
 おじさんもさんが銀さんの事好きなんじゃって事に気付いていたみたいで。
 なのに2人は全然気付いてないし付き合う素振りも見せないから。
 いてもたってもいられなくなったおじさんに、この話を持ちかけられまして。」
と、新八。
「 ……んじゃ、なにか。
 見合相手からの結婚どうのってーのも。」
「 私達の狂言アルネ。こうでもしないと、銀ちゃん達動かないアル。」
と、神楽。
「 なに……そんじゃ俺達、担がれたって事かあ!?」
「 まぁ、うまくいったんだ。良いじゃないか。寧ろ感謝されても良い位だよ。はっはっはっはっ!」
と、の父親。

「 ……なあにがはっはっはっはっ!だー!!!!
 全員其処に直れ!畳に沈めてやるぜエエェェェェェッッ!!!!!!!!」



――――おまけ――――

「ギン。」
「あ?」
「これから……よろしくね。」

「……。
 これからも、だろうが。」