林檎 の ヨーグルト





   
「 あ、神田じゃん。おはよう。」
が朝食を取る為部屋のドアを開けると、綺麗な長い黒髪を揺らしている神田と出くわした。
「 あぁ。」
チラッと視線を送り、短い返事をする神田。
「 神田もこれから食堂?」
は左手でドアを閉め、右手で鍵をかけながら、背中で神田に訊ねる。
その様子を立ち止まり、優しい眼で神田は見つめている。
「 あぁ。」
振り返ったに、先程と同じく短い返事をする。
「 そか。んじゃ、一緒に食べようか。」
にっこりと神田に笑いかけ、鍵をズボンのポケットへと突っ込む。
それから2人は並んで食堂へと歩いていく。

神田は、長い団服をきっちりと着ており、今すぐにでも任務に就ける状態だ。
が、はと云うと違った。
黒のラフなズボンに濃紺のタンクトップ、その上に白い開襟シャツを羽織っているのみ。
団服は小さくたたまれ、左脇に抱えられている。
同じエクソシストと云えど、2人の性格の違いなのか、ここまで差が出ている。

食堂へ行くまで、何を話す訳でもなく、2人は口を閉ざしたままだった。
神田は整ったその顔の儘、は少し眠そうに幾度か欠伸をかみ殺していた。


「 あら、神田にじゃない。おはよん。今朝は何にする?」
食堂の総てを取り仕切る料理長のジェリーが、カウンターの窓から2人に声を掛けた。
「 おはよう、ジェリーちゃん。
 えーっと……あー……。じゃ、いつものでお願い。それと、熱めのココアで。」
と、は少し考えた末、こう答えた。
「 オッケ〜イ。んで、神田はどうするの?」
忙しそうに腕を動かしながら、ジェリーは神田に訊ねる。
「 ……そば。」
ボソリと、一言発する。
「 ん・もーっ!あんたたちは!
 毎朝毎朝同じ物ばっかり頼んで。張り合いがないのよ、張り合いが。偶には違うもの頼みなさいよね!!」
全くもう、ほら、どうぞ。
そう云いながら出来上がったばかりの、神田が頼んだそばと麦茶、が頼んだクロワッサン2つと小さな角切り林檎が入ったヨーグルト、それに熱めのココアをそれぞれトレイに乗せ、2人へと出す。
「 ありがとう、ジェリーちゃん。いただきます。」
申し訳無さそうに、少し苦笑しながらはトレイを受け取り、神田は無言で受け取る。
2人は窓辺のテーブルに向かい合う形で席を取った。

「 偶には違うもの頼めって云うけどさ。
 私、朝はパンしか入らないんだよなぁ。それに朝なんて、取り敢えずなんか入れときゃそれで良いやって思うし。
 朝から何食べたいとか何食べようとか、考えられないしなぁ。」
と、独り言の様にブツブツと呟きながら、トレイと団服をテーブルに置き、椅子を引く
「 朝なんてワンパターンで良いんだよ。否、寧ろワンパターンが良い。
 一日のリズムを作る上で、毎日同じ事をするのは良い……って、ちょっと、聞いてる?」
向かいに座り、一人静かにそばを食し始めている神田には声を立てる。
それでも神田は無反応だ。
「 酷い、酷いよ神田さん。」
顔を歪めそれだけを云い残し、もクロワッサンへと手をつける。


数分後。
先に食べ始めた事と、は食べるのが遅い事が重なり、神田は先に食べ終えていた。
眼の前のは、黙ったままクロワッサンを食べている。
一心不乱、とまではいかずとも、クロワッサンを食べる事以外は何もしていない。
周りの教団の人々は、楽しくお喋りをしながら食事しているというのに。
そんな様子を神田は、これ亦黙ったまま見つめている。
クロワッサンを食べ終えたがココアへと手を伸ばし、何気なく顔を上げると、神田と眼が合った。
少し視線をずらすと、其処には空になったせいろと綺麗に並べて置かれている箸が一膳。
「 ごめん、私食べるの遅いよね。
 でも食べ終わったなら、わざわざ待っててくれなくても良かったのに。それにまだ、コレもあるし。」
眉を寄せ、先程ジェリーに見せたのと同じ顔で神田に謝る。
飲んでいたココアを置き、ヨーグルトを持つ。
くるくるとスプーンでかき混ぜ、ひとさじすくって口へと運ぶ。

「 それだけで足りるのか?」
ずっと黙って見ていた神田が、不意に口を開いた。
はヨーグルトをもう一口食べながら、うーんと言葉に詰まる。
「 そばしか食べない人には云われたくない。」
「 俺のは量がある。」
が答えると、間髪入れず神田は答える。
「 足りるよ。
 何、私ってそんなに大食いに見える?そう思ってたの?今だって実はヨーグルトを食べるので必死なのに。」
と、ヨーグルトと格闘しながらは答える。
「 ……違ぇよ。そんな少量で身体もつのかって思っただけだ。
 運動量に対して食事の量がソレだったら、いつかぶっ倒れるだろ。」
下を向きヨーグルトと格闘しているの眼を真っ直ぐ見つめ、神田は云う。
「 えー?大丈夫だよ、足りる足りる。それに、一食抜いて闘ったって、倒れるなんてヘマ、まず無いよ。
 それより……。
 あー、駄目だ、今日はムリ。どうしよう。」
力なく、溜め息を吐き出しヨーグルトをそっとトレイへと戻す。
「 なんだよ。」
その言動の意味が解らず、神田は訊ねる。
「 いや、私さ、ずっと朝食はパンだけだったんだよ。
 そんな私を見たリーバーがさ。
 『お前はエクソシストなんだから、もっとバランス良く食え!』とか云ってきて。
 朝からそんなガッツリ食べるの無理だって云ったら、せめて果物デザートくらい食べろって。
 で、それから、コレを食べるようにしてるんだけど。
 ……なんか、今日は駄目だわ。」
つい1ヶ月位前のことね。と厳しい顔をしては付け加える。

リーバーに云われたから食ってんのかよ。
と、云いたそうな顔を神田はしている。
確かにの食事量は少ない。それは神田もずっと思っていた。
しかし最近はヨーグルトがプラスされていたから、少し安心していたのだ。
だがそれは、リーバーに云われたからそうしていただけで、が自主的にしていた事ではなかった。
それを知ってしまった神田が、面白く思わないのは仕方の無い事、自然の節理であろう。
気付けば、眉間に皺を寄せてヨーグルトを睨んでいた。

「 ……何、食べたいの?」
それに気付いたは、神田にこう声をかける。
「 あっ、いや……。」
はっと我に返った神田は、慌てて否定の言葉をこぼす。
「 食べたかったら食べても良いよ。いや寧ろ食べてくれ、完食プリーズ。」
そう云って、ズズズとヨーグルトを神田へと押し、はテーブルに顔をつける。
「 うーん……ちょっと眠いかも……。」
そんな事を云いながら、瞼を閉じる
神田は黙ったままそんなとヨーグルトを交互に見た。
半分程が食べて、減ったヨーグルトを。
一度、周囲をうかがってから神田はヨーグルトに手を伸ばす。
――誰かに見られてはいないか。
そんな事が一瞬脳裏を横切ったのだ。
だが軽く頭を横に振って、自嘲の様な笑いを、誰にも気付かれない程度にこぼした。
それがなんだと云うのだ。
食べ廻しなど、誰だってしているだろうが。
神田はスプーンでヨーグルトをすくい、口へと運ぶ。
「 甘いな。」

そう小さく呟いて、いつの間にか眠ってしまっているを見つめる神田の表情は、とても優しいものだった。