煌く眩しい夕陽。辺りには子供達の賑やかな声。 夏の姿を少しだけ残してやってきた秋は実りをもたらし、人々に安らかな気候を授ける。 緑豊かなイギリスの片田舎。道々涼しい風が吹く中を歩く一人の男性。その足は急ぐ事も無く、少し不確かな足取りで家路へとつく。 煙突から細い煙が昇るとある家の前で、その足は止められた。 「 ただいまー。」 疲れた、と云った声音でドアを開け鍵を置けば、奥からひとつの足音がやって来る。 「 おかえりなさいリーバー。」 にこりと微笑み出迎えたのは。その左手の薬指には細いリングが光を反射して輝いている。 「 聞いてくれよ。亦ジェシーが授業中に……」 「 ハッピーバースデー!」 パン、と大きな音が上がる。 出迎える妻の顔を見て安堵感を得、溜め息をこぼし今日一日の愚痴をこぼしかけたリーバーの言葉を遮ったのは明るい声と、音。は満面の笑みで後ろ手に隠し持っていたクラッカーを素早く引いていた。驚くリーバーの、ツンツンとしたブラウンの髪にはカラフルな細い紙と紙吹雪が掛かり、辺りには少しツンと鼻を劈く火薬の臭いが立ち込める。 ぽかんと口を開けるリーバーを他所には楽しそうに嬉しそうにリーバーの腕を取り、こっちこっちと家の奥へと連れて行く。 未だ理解していないのか、リーバーは一体なんなんだよと口ごもるばかり。 「 じゃーん!」 そうして連れてこられたのはダイニングルーム。目に飛び込んでくるのは、飾り付けられたいつもとは違う、ダイニングルーム。 ダイニングテーブルの上には中央に花が飾られ、腕によりをかけただろう料理の数々、そしてワインクーラーに入れられ冷やされたシャンパンボトル。一際目を引くのはやはりケーキで、それには太いキャンドルが2本と細いキャンドルが6本立てられている。 「 これは――」 呆気にとられ、思わず言葉が口をつく。肩から掛けた鞄がずり落ちた。 「やっぱり忘れてた?」 その鞄を持ち上げ、は悪戯に笑う。リーバーの腕を優しく引っ張り、テーブルへとエスコートしてケーキのキャンドルに火を燈す。見上げるリーバーはやっと我に返ったのか、短く息を吐き髪を掻き揚げる。そしてを見つめ、困ったように笑った。 「 ……ああ、今日は俺の誕生日、か。」 「 当・た・り!」 「 参ったな、すっかり忘れてたよ。」 「 ふふ。」 「 ……ありがとう。」 「 誕生日おめでとうリーバー。」 苦々しげに笑うリーバーはの頭を撫で肩を抱きしめる。腕の中で微笑むは気持ち良さそうに、リーバーの頬を撫でた。 座って、冷めないうちに食べましょうと促すはテーブルを回り、リーバーの対面に座る。その顔は始終にこやかで、本当に仕合わせそうだ。 椅子を引いて座れば、まずはケーキのキャンドルの火を一息で吹き消してと告げられる。 「 願い事をしてからね?」 「 ああ。」 微笑んで頷き、少し考えてから大きく息を吸い込み一気に吐き出した。 キャンドルの火は揺らめき、ひとつ残らず綺麗に消える。それから視線をへと戻せば、にこりと可愛らしい笑顔が咲く。 ケーキを邪魔にならぬ端の方へと置き空いたスペースに料理を詰め、ワインクーラーにて冷やしているシャンパンを取り上げ水滴を拭いていると、ふと名を呼ばれる。 「 。」 「 何?」 視線を手元からリーバーへと移せば。真剣な顔で手招きしている。 これは、どうしたのだろう。 もしかしてケーキが気に入らないとか?それとも料理から料理ならざるにおいが発せられてる?否まさかそんな事ある筈……今日のこの日の為に今まで隠れて特訓してきたんだ。多少不恰好ではあれど命に害なす訳は無い!―――筈。と、はリーバーの行為の意図を考えてみるが思い当たる事が無い。不安に思いながらテーブルを回り、呼ばれるままに隣へと立つ。 「 ありがとう、すげー嬉しい。」 「 リーバー……」 すると次の瞬間にはリーバーの腕の中に居た。 ぐいと引っ張られバランスを崩したかと思えば彼の足の上に座っており、両腕ごと抱きしめられている。少し震えた声を上げたリーバーの額は自分の鎖骨の上に乗せられ、思い切り、大きく抱きしめられる。そんな彼の珍しい行動に目を細めツンツンした髪に指を通せば、顔が上がる。暫く見つめ合っているとリーバーの両手が背中から頬へと移り、柔らかく親指の腹で撫でられる。 「 一日の疲れも吹っ飛ぶよ。サンキュー、愛してるよ……」 ゆっくりと顔が近付き、瞼を閉じて。 喜んでもらえてよかったと、は微笑み、そんな彼女を愛おしく思いリーバーは微笑む。 もしも世界が平和だったら なんて世界があるのだろうか。 ヘロヘロになりながら、リーバーは机の上の、山のように積み上がった書類を見上げて溜め息を吐く。そんな風に誕生日を過ごしてみたいと、何かに追い駆られる事も無く安息を得てみたいものだと、魂の抜けかかった体を書籍の上へと突っ伏す。 嗚呼今日も午前様なのか。それとも今日は、帰れないのか。 愛しい人の名をうわ言のように呟いた。 乾いた空気の自室には、見慣れぬものが2つある。 ピッシリとベッドメイクされたシーツに飛び込む事も無く、は溜め息をこぼす。両手で慈しむように持つのは真新しい白衣とモスグリーンのセーター。それを名残惜しそうに見つめ、ピッシリと綺麗に仕立て上げられたベッドの上へとそっと置き、もう一度小さな溜め息を吐いて目を伏せる。そんな風に誕生日を迎えてみたいと、腕によりをかけ料理を作ってみたいものだと、左手でトランクを持ち右手でイノセンス――雷斬――を引っ掴み静かにドアを閉める。 嗚呼今日もベッドで眠れない。嗚呼今日も、出掛けなければならないのか。 恨めしく思い名を呼んで、けれど彼のせいでは無いのだと頭を小さく振りポケットからゴーレムを呼ぶ。 そして愛しい彼にそっと、もし9月8日までに(私が教団に)戻って来れなかったら私の部屋に入ってと伝え、地下水路へと駆け出した。 |