退屈なんて
ぶっせ!






   
「 ハッピーバースデートゥ ユウ!」
ツン、と鼻を刺激する火薬の臭いと共に自分を襲う紙吹雪に、神田はいつも以上に顔を顰めた。
目の前には、青を基調とした花束が迫り、その奥にはが見える。
が育てた花よ、ユウをイメージして私が選んだの。」
「 ……迷惑以外の何物でも無いな。」
「 そうでしょう嬉しいでしょう、ありがたく受け取りなさい。それと、これは私から。」
満面の笑顔で手に持つ花束を神田へと押し付けるは、脇に抱えていたセーターを広げた。
「 ユウは若くて恰好良いんだからもっと明るい色も着るべきよ。」
パチリとウィンクを飛ばし、スカイブルーのサマーセーターを神田の手の中に捻じ込みは笑う。
「 …………嫌がらせか。」
「 あらあら、お礼なんて良いのよユウ。」
しかめっ面を送り返してもびくともしないは神田の言いたい事を理解している。事を、神田も理解している。
解っていてのわざとの行動でありリアクションであり、それはティエドール元帥とは違う苛立ちを沸き起こらせるが、あの人よりは数倍マシだと神田は心得ている。彼女が粗雑に頭を掻き回すのも、愛情からだ。
手をヒラヒラと振りじゃあねと背を向けたは任務に出る。背中を見送る男女が一組、その場に取り残された。
「 ……………………やる。」
お姉様に喧嘩売るっての?」
押し付けられた花束とセーターを、目が合ったへと差し出せば冷たい声で返される。私はゴメンだわと言うと、は無言で神田の隣を通り過ぎ、精々来年も無事に誕生日を迎えられるように祈るのねと緩く手を振り暗い廊下へと解けて往く。それがなりの祝いの言葉だと理解する神田は両手を見つめ、深く息を吐いた。

「 神田、誕生日おめでとーん!」
荷物を持ったまま食堂へと行くと周囲がざわめきたった。確かに俺が花束なんて柄じゃねぇよと心の中で舌を鳴らす神田は静かに睨み散らし喧騒を一瞬で制圧する。面白くも無いと苛立ちカウンターへと歩けば、ジェリーから先の言葉と共に好物である天ざる蕎麦と緑茶を差し出された。
「 この蕎麦の蕎麦粉は私とが育てたものなのよ、味は折り紙付き!」
ハートを飛ばすジェリーは微笑み、じっくり堪能してねんと加えた。
再び強引に渡されたプレゼントに神田は少々項垂れる。天麩羅も蕎麦も好きだが、ジェリーは兎も角まさかあのからこんな事をしてもらうとは思いもしなかったものだから、項垂れつつも面食らった。
「 美味しいか?」
「 ……何の用だ。」
「 お言葉だな。」
着席し天ざる蕎麦を啜っていると、に声を掛けられた。ちらと視線を上げその手に何かを見つけた神田は本日幾度目かの溜め息を吐き、面倒臭そうに返事をする。用など、大体見当はついているが。
「 誕生日おめでとう神田。」
少し緩められた表情に、今日は一体なんなんだと神田は頭を抱える。
否、自分の誕生日であるのは解っているが、例年との違いに居心地が頗る悪く感じる。
――唯の嫌がらせかもしれない、きっとそうだ。そう結論付けるのに、時間は掛からなかった。
では、誰が首謀者だろうか。
「 精精楽しんでやる事だ。」
ふと考え込んでいた神田にそう告げると、は小包をテーブルにそっと置き優しく笑った。邪魔したなと手を振り食堂を後にするの長い黒髪を見送り、天ざる蕎麦を美味しく完食した神田は茶色の紙で包まれたそれにそっと手を伸ばし、持ち上げてみてはっきりと確信する。
やはりこれは誰かからの嫌がらせだ、と。

ベッドの上に無造作に置かれた花束とセーター、それに茶色の紙から覗く『新約聖書』の文字。その反対側には番傘や日本刀、金太郎飴に紙風船と、およそこの部屋と主に似つかわしくなく様々な物であふれていた。
律儀に持ち帰る必要も無い、その場で断っても良かったのだが、の残した言葉が気になった神田は総てを受け取っていた。受け取り続ければいつか首謀者に辿り着くだろうと、ひしめく物の隣に腰を沈める神田はそっと目を伏せた。
こんな嫌がらせを思いつくのは誰だろうか。
――――充分に有り得る。が、見た様子ではどうやら違うようだ。それに首謀者は最初に現れないだろう。
コムイ――――可能性は高い。仕事をサボる事に命を懸ける奴だ、こんなくだらない事等造作も無い。
しかし、アイツは他人に嫌がらせをして楽しむ性質では無い。皆で楽しくがモットーだ(実現出来ているか如何かはさて置き)。だから違うだろう。
ラビ――――女なら兎も角男に興味は持たない。
モヤシ――――論外だ。
名前を挙げてはひとつずつ消してゆく神田は、そこでやっとひとつの名前に辿り着く。
こういった事を考えそうで、尚且つ未だ会っていない人物。こんな要らない物と要るような・要るかもしれない物とを絶妙なバランスで送りつけてくる、自分を能く知った人物。
「 ………… 」
呟くなり神田は六幻を手に部屋を飛び出した。

カーディガンの裾をはためかせ、向かった先はの部屋。ノックもせずにノブに手を掛け力を籠める。
「 おい!」
「 あははっ、気付くのが遅いよユウ!」
けれど返って来る筈の明るい笑い声は無く、部屋の主の姿も無ければその残り香さえも無い。塵一つ落ちていないしんとした部屋は綺麗に片付けられ、主の帰りを今か今かと待ち構えているよう。
「 ……捜せってのか?」
六幻の先でシーツを捲り、誰も、何も無い事を確認した神田ははぁと深く溜め息を吐く。しかし乱れた髪の間から覗く口元は緩み、どこか嬉しそうに弧を描いている。
踵を返しの部屋を後にした神田は、再び飛ぶように走り出す。


修錬場、談話室、食堂、図書室、療養所、コムイの怪しい実験室、建物の外に拡がる森――と、教団内のありとあらゆる場所を網羅した神田は、しかしの姿を見つけられずにいた。
息は上がり汗は噴出し、捜せども見つからぬ捜し人に少なからず苛立ちが積もる。食堂にてグラスに入った水を飲み干し手の甲で口を拭う。
「 何処に居やがる……」
『 ジリリリリン ジリリリリン 』
空のグラスをカウンターに返しボソリと呟くと、タイミングを見計らったように無線ゴーレムがポケットから飛び出した。
「 なんだ。」
『 入電があります。』
「 (俺に……?)……誰からだ。」
『 ミス、――』
「 繋げろ。」
電話番の声を遮り苛立った声音で命令する。少し怯えた声で了解致しましたと聞こえると、ノイズと切り替わる音が上がる。続く沈黙に、一際大きくブツリと音がしノイズの量が増えた。それは能く聞くと、屋外の音に聞こえなくも無い。
『 ハッピバースデー ユウ!』
けらけらと明るい笑い声と共に無線ゴーレムより発せられるのは、が神田を祝う言葉。
よくもぬけぬけとそう言えるものだと思う反面、やっと聞けたかと思う神田の柔らかい顔に廊下の窓から差し込む夕陽が反射する。
「 今何処に居んだよ。」
『 オセアニア支部。これからそっちに帰るよー。』
緩む口元に、周囲に人が居ないのを確認した神田は廊下の窓の一つをそっと開け、柔らかな風に髪を揺らし目を細める。
「 俺に電話なんて珍しいな。」
『 うん、そろそろ私が何処に居るか気になる頃かと思って。』
「 ばっ――!!」
図星を突かれ、言葉を失う神田。その予想通りのリアクションに気を良くして、ははばからず声を出して笑う。
それが余計に面白く無く、神田は笑うなと怒鳴るのだがまるで効果は無い。無線ゴーレムからは壊れた笑い袋のような音が上がり続けている。
『 ずっと捜してくれてたんでしょ?』
「 ざけんな、誰がお前なんか捜すかよ。」
『 (誰も私をとは言って無いけど)またまた照れちゃって。ふふ、まぁ良いや。』
「 ふん。……それより、これはどういう事なのか説明してもらおうか。」
『 楽しかったでしょ?』
「 全然。寧ろ迷惑だ。」
『 またまたー。』
くすくすとは笑う。迷惑だと言う神田の顔も、言葉とは裏腹に優しい色を湛えている。
さわさわと歌う柔らかな風が、雨のにおいを運んでくる。明日は雨かと思う神田に、が言葉を続けた。
『 今日はユウの誕生日だけどさ。』
「 ……ああ。」
『 長期任務が決まってたから私は教団に居られなかったの。
 だからユウが寂しがるだろうなと思って、皆にユウを慰めてもらうよう頼んでたのよ。』
「 誰が寂しがるか、静かで清々する。それにどいつもこいつも要らねぇモンばっか寄越しやがってよ。」
『 えー?ユウに必要な物をリストアップしたんだけどなぁ。』
「 やっぱりお前の差し金か。」
『 あれ、バレてた?さっすがユウ、愛だね愛。』
「 なにがだ。」
どこまでもとぼけるに、けれどらしいと思う神田は溜め息を吐きながらも頬を緩める。
赤々と煌き沈む夕陽が夜の帳を呼んでいる。もうすぐ今日一日、終わろうとしている。
遠くの山に沈む太陽を目を細めて見つめる神田は言い知れぬ感情を抱いている事に気付き、頭を振って否定した。
「 ……もうすぐ日が沈む。」
『 ん?あー、そっちはそんな時間かぁ。』
「 …………気を付けて帰って来いよ。」
『 ……なになに?ユウちゃんてば優しいのね?』
「 っうるせーよ。」
あははと笑うの声を聞き、神田は雨のにおいを運んで来る風をそっと掴み窓を閉めた。

『 誕生日おめでとうユウ。私からのプレゼントも期待しててね。』
「 くだらねぇ物だったら叩き潰す。」