あなたのいない誕生日
笑うあなたも、怒るあなたも、泣き出しそうなあなたもいない、誕生日
今日もこの同じ空の下、あなたは何処かで血を流してる
涙の代わりに、血を流してる




遅れて、急いで




   
「 ……つまんない。」
「 そんな事言わずに、今は治す事だけ考えてゆっくり休むんだ。」
「 ………………」
。」
苦笑するマリに赤い舌を見せるはベッドに繋がれ不貞腐れている。
白に侵蝕された身体。
手触りの良い柔らかなパールピンクの髪も散切りに乱れ、白い包帯に包まれていた。
ひとつ落とされる溜め息。
「 マリは?大丈夫?」
「 ああ、心配ない。かすり傷だけだ。」
「 流石にそれはウソね。私の眼が使えないのを良い事に」
。私はを背負って帰ってきたんだぞ?」
重傷を負い息も絶え絶え、そんな状態なのに饒舌に話す――否、正しくはそんな状態だからこそ――の言葉を遮り、マリは優しく宥めるように話すと、大きな手のひらでの頭を傷に障らぬよう丁寧に撫でた。
ぎゅっと、涙が出そうになる。
言葉を飲み込んだは口をへの字に曲げた。
降り注ぐ優しい沈黙。
「 ……生きてて良かった。」
それを破ったのは泣き出しそうなの声だった。
「 そうだな。」
眉を寄せるマリは覚られぬよう、大きく手を動かす。
「 今日はユウの誕生日だし。」
「 そうだったな。」
「 なのにユウは居ないし、私は一人じゃ動く事すら出来ないからつまんないけど。」
「 ……神様が、何もせず今は治す事だけに専念しなさいと仰ってるんだよ。」
「 …………そうね。」
優しく微笑み、だからゆっくりおやすみと告げたマリに貴方もねと返し、再び溜め息を吐くは緩慢に口を開いた。
「 どうせユウは、今日もブスッとした陰気な顔してるんだわ。……誕生日なのに。」
傷口に障ったのか、一瞬顔を歪めると荒い息を零し、急激に薄れ往く意識を自ら手放した。
「 ……誕生、日……なの……に…………・・・・・・」
続く言葉は音を奏でられることも無く、静かな暗い部屋に溶けた。



いつも不貞腐れたような仏頂面を下げていて、折角の綺麗な顔が台無しだと思ってた。
怒りっぽくて、沸点が低くて、口も手も出るのが早くて、綺麗な口から汚い言葉を並べ立てて、攻撃的な性格丸出し。
そんなんじゃ誰も近付いてこないよって言っても、それで良いと、寧ろ喜ばしい事だと吐き捨てた。
何かを必死に守るように。
近くて遠い、幻のような存在。
確かに其処に居て触れられるのに、明日にはもう居なくなってしまうんじゃないかと思える存在。
誰の記憶からも、すぐに忘れ去られてしまう、儚い存在、運命――――……



どれ程意識を手放していたのか。
眼の使えないが次に気付いたのは誰かの手のひらが頭に優しく触れていた時だった。
亦、マリが自分の怪我をおして様子を見に来たのかと、くすぐったい感情に支配される。
「 ……他人の事ばっかり気にしてないで、マリも休まないとダメでしょ。」
くすくすと笑いながら皮肉を籠めて言えば、頭に触れる手のひらがビクリと揺れた。
図星を衝かれ、慌てるマリを想像すれば更にもれる微笑み。
「 ねぇマリ。私、どれくらい眠ってたのかな?」
眠る事への罪悪感。
それを隠すように笑いながら問えば、沈黙がリフレクトする。
もっとゆっくり休めと、困惑しているのだろうか。
けれども幾ら待てども、言葉が返ってこない。頭に優しく触れていた大きな手のひらの温もりも離されていた。
「 もうユウの誕生日、終わっちゃったかな……。今年は直接おめでとうって言えなかったなぁ。」
不意に、襲われる不安。
視界を奪われた状態では他の四感に頼る他無い。だが、普段使わぬ神経など、身体の自由が利かずベッドに磔にされた不自由な状態ではフルに使えるものでは無い。そもそも酷い怪我を負った身体だ、総ての感覚がいつもよりも鈍っているのが正しいものだ。
「 マリ?ねぇ、まだそこに居る?」
耳を澄まし、唯一動かせる口を動かす。
微かに、自分のものでは無い呼吸音が聞こえた気がした。
マリだったらこの呼吸音だけで相手がわかるのにと、そんな事が頭に過ぎる。
カタンと、何かが床を滑る音が上がる。
その音の正体はマリでなくとも床に伏せっているにも解った。
「 待って、行かないでよマリ!独りにしなッゲホゲホゴホゴボッッ!!」
興奮したが不意に咳き込み、厭な音を奏でる。
「 ゴホッ……うえ、何か鉄の味が……生ぬるゴホッゲホッッ首に伝ってくるぅー……。」
「 っバカが、しゃべるな!!」
一面に拡がる純白を汚す紅。
の頬・顎・首を伝いそれはシーツまでもをその色に染めた。
豪く落ち着いたとは正反対に慌てた声を出す主は悲鳴に能く似た怒声を上げ、血で咽喉が塞がらぬよう幾分か強引にの顔を横に向けた。
「 い゛うゲボッ、ケホッコホッ!」
飛び散る血飛沫。
けれども血を吐くは、頬と顎に強く触れる指先に違和感を覚えていた。
それに先程の叫び声。
そのどちらもが、マリのものでは無いと誰よりも知っているは物理的に紅く染まった頬を更に紅く染めた。
「 どっどうしてユウが此処に居るのよ!?」
「 いいからちょっと黙ってろ!!医療班!が血を吐いた!!」
口から血を流しながら紅い顔をして叫ぶの口を力技で捻じ伏せ、神田は指が血で汚れるのも気にも留めず珍しく大声で医療班を呼んだ。
バタバタと駆けつける大勢の足音に消される事の無い心拍。
聞かれる事への羞恥からか、はきつく目を瞑った。



人の波の去った病室。
静かにベッドに横たわる
すぐ側に佇む神田。
重たい沈黙が2つの双肩に圧し掛かる。
どうしようかと、口をもごもご恥ずかしそうに動かすに、神田は心の中で舌を鳴らすと大きな音を立てて椅子を引き、ドカリと腰を下ろした。
「 バカが。」
棘を含んだ突き放した挨拶文。
反射的にムッと口がへの字に曲がる。
「 なによ、仕方無いでしょ!」
「 っ叫ぶなバカ!!」
「 あ゛う゛っっ!!」
怒ったように反論するの額を力加減をした平手で叩き、神田は心配な心を隠す。
痛みに身体を強張らせるは包帯で覆われた下の眼いっぱいに涙を溜めた。
再び訪れる、短い沈黙。
寝返りも打てぬは恥ずかしげに心持ち身動ぎ、落とした声でぼしょぼしょと口を動かす。
「 ……どうしてユウが此処に居るのよ?任務じゃないの!?」
「 終わった。」
さらりと言ってのける神田に、盛大に項垂れたくなる
色々と聞きたい事も言いたい事も沢山ある。
けれどもこのバカと、ちゃんとした会話の遣り取りが成り立たない事も誰よりも能く知っている。
互いに相性が、絶望的に悪いのだ。
怪我の痛みに加え、余計な疲れを感じたは何度目かの溜め息を吐いた。
マリだと思い込んで言った言葉。
それが、まさか本人に聞かれるなど誰が予想出来るだろうか。
頭を抱えて思い切り転がりたい衝動に駆られているは紅い頬を隠せないで居る。
「 マリなら任務に出た。」
ポツリと、突然漏らされた言葉。
その突然の言動を理解出来ずに居るは思い切り怪訝な表情になる。
それが気に喰わないのか、神田は誰に遠慮する事無く思い切り舌打ちをした。
「 なによ。」
「 マリに側に居て欲しかったんだろ?残念だったな、俺で。」
塞がれた視界も手伝い、苛立つスピードが増すは反射的に声を荒げる。それに加速するかの如く、神田の声も苛立ちを露にしていた。
が。
神田のその言葉を聞いた途端、は耳まで真っ赤に染め、それは違うともごもご口篭る。
「 独りにしないで〜って悲痛な叫びを上げてただろ。」
「 だ!……だから、それはそういう意味じゃなくて…………。」
珍しく歯切れの悪いリアクションに、神田は首を捻る。そういう意味ではないとすれば、どういう意味なのか。
突けども、は答えを濁すばかり。
「 ユウは絶対笑うから言いたくない。」
そう突っ撥ね、それ以降口を閉ざしてしまった。
長い沈黙。

「 ……マリ、もう任務に出たの?」
「 …………ああ。」
それに耐え切れなくなったのか、はポツリと訊ねた。
返された解りきった答えに、再び溜め息が漏れる。
マリが任務に出たという事は、つまりそういう事なのだ。
「 ……人使い荒いよね、教団(ココ)って。」
「 今更だろ。」
「 そうだけど。…………マリ、大丈夫なのかなぁ。どれ位の怪我だったんだろ。」
「 現場に出したんだから、それくらいの怪我だろ。」
心配するな、とは決して口に出さず。
そうだけどと口篭るに、ダムのように苛立ちが募る。
続かぬ会話。重い空気。
病室の扉の外では、居た堪れない顔をしたリナリー、達が顔を見合わせ汗を掻いていた。
「 ねぇ、ユウ。」
自分の名を呼ばれた神田は、 指一本、自分の意思と力だけでは動かせぬの言葉の続きを待った。
「 今更な話題なんだけど。」
「 いつもの事だろ。」
「 殴るよ。」
「 殴ってみろよ。」
動けるようになったら覚悟しときなさいと続けるとはそこで一度区切り、コホンとひとつ咳払いをした。
そして塞がれた視界を、そこに居るであろう神田へと無意識下で向ける。
「 もう過ぎちゃったけどさ。」
「 なんだよ?」
「 誕生日、おめでとう。今年もユウの誕生日を無事に迎えられて良かったよ。」
気恥ずかしさを微塵も持たず、真っ直ぐに伝える
改まって何事かと身構えていた神田は面喰い、瞬時にリアクションを取れずに居た。
甘い雰囲気とはかけ離れた空気を一瞬にして塗り替える破壊力抜群の言葉の銃弾。それは確かに神田の胸を貫き、甘い傷痕をしっかりと残す。
「 ……なによ、遅いとか言いたいんでしょ。
 仕方無いでしょ?私はこんなだし、ユウは任務に出ててココに居なかったんだから。」
「 ちが――」
唇を尖らせるに反射的に言葉を吐き出し、ハッと我に返り言葉を止めた。
危うく自分の感情を露呈するところだった。
そう、高鳴る胸を押さえつける神田は口の端を持ち上げ、高慢な態度を取り繕う。
マリの言っていた事はあながち間違いではなかったのだと、仕合わせを噛み締めながら。
「 別に、遅くないんじゃねぇか?」
「 ……何?薄ら寒いこと言わないでよユウのクセに気持ち悪い。」
「 喧嘩売ってんのか。」
「 そういう態度の方が、ユウは落ち着く。」
そう笑って言うが酷く愛おしく映り、神田は我を忘れて息を呑んだ。
それからもう少しだけ、この傷だらけの眠れる森の姫の満足感を満たしてやろうと思うのだった。
「 今の自分の状況を解ってないみたいだな、は。」
「 な!?重傷の私を手折るつもり!?」
「 ちっげーよバカ!!」




誰よりも、本当は早く




   
今日がまだ6月6日だという事をが知るのは、もう少し後の日付が替わってからの事。
マリから「 が神田の誕生日を祝えなくてしょげている」と連絡を受けた神田が急いで帰って来た事を知っているのは、自分だけだと思っている神田と、マリだけ。