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あの人の事はほぼ何も知らなくて、直接会って話したのもあの時一度限り 言われるまでずっと忘れてたくらいだ だけど、お前を見てると不意にあの人を思い出すようになった 呪われし破壊者だの死神だの揶揄されたあの人を 村雨の在り方を憂うお前を見ていると、手繰り寄せた記憶の中のあの儚い笑顔が…… |
死神の斎言
どの職場でも、新人に与えられる仕事内容は大体同じで決まっている。 それは此処、黒の教団でも余り変わらなかった。 「 おい、其処の暇そうな新人!書庫からヒエログリフに関するモン持って来い!」 「 じゃあ俺は力量学の×××な!」 「 こっちは△△△の見本持って来てくれ!」 「 ついでにコレ返しとけ!」 「 コレも!」 ギスギスと殺気立った科学班室で上がる大声。 「 はいっ!!」 その声に負けぬ声で返事をする、幾分若いリーバーはファイリングの手を止め、ぎこちない笑顔を貼り付けた顔で仕分けの終わったファイルを配りながら部屋を出る。 角を曲がって十数メートル。 「 ……なんで…………俺が……!」 分厚い書籍を抱える逆の手をきつく結び感情の儘壁を殴りつけた。 ――――こんな事をする為に入団したんじゃない 高い理想を持ち入団したが、現実は思い描いていた世界とはかけ離れたものだった。 確かに世界最高の水準で研究は出来、世界中のありとあらゆる物が集まるが、環境――はっきり言えば、働いている人間が酷すぎた。 新人を顎で使うのは序の口、仲間である班員同士での足の引っ張り合いなど日常茶飯事だった。更には"戦争に勝つ為だ"との大義名分の下、人権を度外視した、生きた人間を使った生体実験などもある、非情のオンパレードだ。 ――――俺ならもっと有益な研究と実験が出来るのに 碌な仕事が与えられず、先輩職員の雑用ばかりを押し付けられるだけで終わる毎日にうんざりして反吐が出そうだ。 「 ……クソッ!!」 「 其処の――白衣を着た 奥歯を噛み締め壁を殴りつけた2度目、後方より声を投げ掛けられ反射的に肩が跳ねた。 リーバーは急いで満面の笑みを取り繕い身体を反転させる。 「 何スか?」 「 …………」 だが彼の意に反して、声を掛けてきた人物はどうやら科学班のメンバーではないようで、妙な間が出来た。 笑って損をした――と思うが、相手は自分より年上なのでその儘濁った笑顔でいる。 相手は食い入るようにじっくりと観察する風に上から下までを見詰めるだけで何故か何も話さない。気味が悪いやら呼び止めておいて何も用は無いのかよという苛立ちやらがリーバーの中に芽生えるのはごく自然だろう。 「 俺に何か用スか?」 頭の先から足の先まで黒一色で纏めた人物。 そのうえ顔の半分も黒い前髪で隠れていて、不審感は爆弾級だ。 変質者が此処に入り込む事はまず不可能だろうが、いざとなればポケットの中に入っている無線ゴーレムの出番か。 と笑顔を貼り付けた儘思考を巡らせていると相手の口が動いた。 「 ……貴様は科学班員、だな?」 「 そうっスけど、それが何か?」 要領を得ない返答に、加速する苛立ち。 だから俺はこんな事する為に此処に居るんじゃねぇよ! 「 不愉快な面をした科学班員も居たのか、驚きだな。まぁ良い、破損した団服の替えを貰い受けに来た。 もう出来ているのであろう?」 微かに、笑った気がした。 リーバーが心の中で苛立ちを露にしていると、それが表情にも出ていたのか、黒尽くめの人物は高圧的な物言いで吐き捨てるように告げた。 失礼な事を言われたが、話を能く反芻してみればつまり目の前に居る人物は、あのエクソシストという事になる。 ――――職員が職員なら、エクソシストもエクソシストか 此処で突っ掛かっても良い事など一つも無いと判断を下すリーバーは気付かれぬよう小さく溜め息を吐くと髪を掻き上げた。 「 スイマセン、俺新人なもんでアナタの団服が出来てるかわかんないっス。直接科学班室に行って頂けますか?」 スイマセン、と軽く頭を下げ踵を返す。 「 すると刹那に、そんな声が寄越された。 幾ら任務で外出することが多いとは言え、教団の内部を把握していないエクソシストが居るものか。面倒事に巻き込むなよと心の中で毒吐くリーバーは背を向けた儘歩き出した。 「 其処の角を右に曲がったらすぐっスよ。じゃ、失礼しまーす。」 ――――鬱陶しい事ばっかだ 苛々とした感情を抱いた儘長い廊下を歩いていると、ふと隣に人影を感じ何気無く其方へと視線をやった。 と、何故か先程の黒尽くめの人物が涼しい顔で歩いていた。 思わず、抱えている本を落とし壁に頭をぶつけそうになる。 「 ……な、何してんすか?」 「 何とは何だ。其処の角を右に曲がらなくては科学班室に辿り着けぬと申したのは貴様だろう。」 ゴン、と壁に何かがぶつかった。 「 コッチじゃなくて、アッチっすよ!!」 「 なんだ、紛らわしい言い方をしおって。」 「 普通わかるでしょ!!」 「 紛らわしい言い方をした貴様に非がある。面倒だ、案内しろ。」 「 ~~~あのですね!!!」 素知らぬ顔で淡々と言ってのける相手に好い加減堪忍袋の緒が切れたのか、叫んだ。 「 俺は今!仕事中なんスよ!科学班室はアッチの角を右に曲がればすぐ!すぐ着きますから独りで行って下さい!!」 ビシッと力いっぱい指差し、苛立ちを露にして説明する。 貼り付けた笑顔など既に剥がれ落ちた後だ。 だが黒尽くめの人物は怯む事も無く、涼しい顔で平然と言ってのける。 「 同じ事を2度伝えるのは面倒だ。茶髪、貴様が新しい団服まで案内しろ。」 リーバーが何を言っても無駄だと覚ったのはそれから3分後の事だった。 角を右に曲がればすぐに科学班室があって、部屋に入れば班員も沢山居る。其処で声を掛ければすぐにでも団服の有無もわかり手に入るだろうと説明しても頑として聞き入れぬ相手に、書庫に行って用事を済ませてからであれば案内しますと嫌そうに告げれば、それで良いと返された。面喰ったが、暫く時間掛かりますよと念を押しても構わんの一言が返されたので、もう放置してしまえとそうですかと呟いて自分の仕事に戻る事にしていた。 続く足音と、沈黙。 少々……息苦しい空気だが相手から不満も生まれぬので良しとするべきか。如何して俺がこんな目にと項垂れるリーバーの隣を黒尽くめの人物は静かに歩いている。 「 ……それが貴様の仕事か、茶髪?」 書庫で作業していると、不意に声を掛けられた。 馬鹿にしているのかとムッとしつつ、俺だってこんな事がしたい訳じゃ無いと飲み込み、本の背表紙を目で攫う。 「 そうっスよ。それから俺の名前はリーバー・ウェンハムっス。茶髪茶髪言わないで下さい。」 「 茶髪じゃ不満か、 「 っ俺はガキじゃないっスよ!リーバー・ウェンハムっス!!」 「 童で充分だ。」 「 だからっ……!!」 バンと乱暴に本を重ね、入り組んだ本棚で姿は見えないが黒尽くめの人物へと顔を向ける。 「 物は丁重に扱え。」 「 そういうアナタこそ、その団服は何スか!?」 「 だから交換する為に戻って来たのだろう。それに丈夫な戦闘服を作るのは貴様等の仕事だろ、童?」 「 リーバー・ウェンハムです!!アナタ何者っスか!?真っ黒な団服なんて見た事も聞いた事も無いっスよ今まで!」 代わり映えのしない口調で淡々と突き放すように話すが、チクチクと的確に口撃もする黒尽くめの人物に突っ慳貪にしかし主張すべきところはしっかりと主張しながら、プリプリと資料を引っ張り腕に収める。 すると暫く続いていた会話が止まり、リーバーの怒りは往き場を失ったように腹の中で回り巡る。 静か過ぎる書庫の中で、必要な資料を必要なだけ集めるリーバーは返事も人の気配も感じられず、 飽きて独りで科学班室に行ったかと安堵と苛立ちを同時に感じていた。 台車を使うべきか――予想以上の腕の中の重さにそう思案しつつ書庫の扉へと歩いていけば、何故か其処に未だ先程の人物が居て、一瞬我が目を疑い身体が強張った。 てっきり科学班室へと行ったものだと思っていた人物は総てを見透かすようにぬばたまの隻眼で見詰めてきて、厭に居心地が悪い。 声を出そうとすると声が裏返ったので、誤魔化すように3つ咳払いをした。 「 俺の顔に何かついてますか?」 「 否、不愉快そうな顔があるだけだ。」 「 !!そりゃあエクソシスト様の相手をするのは非常に神経を使いますからね。」 「 ほう、観察力はまあまあのようだな。」 ――――マジでエクソシストかよ 視線を逸らし心の中でこれでもかとうんざりしていると、不意に腕に掛かる力が幾分軽減された。 落としたか?と足元を見渡せど埃以外は何一つとして落ちていない。そもそも落とせばその音でわかるものだが、その音を聞いた記憶は一切無い。では苛立ち過ぎて脳内で過剰分泌でもされたかと黒尽くめの人物をなるべく見ずに退室しようと首を動かしたところで、空中に有る筈の無い色を目にした。 思わず、2度見する。 「 真面目に仕事をしていれば良いが。」 嘲笑を浮かべた表情で、意味深な科白を吐き出すその人物が、あろう事か先輩に 思わず、腕の力を抜いて凝視しそうになる。 否、凝視はしている。 はたと目が合うと黒尽くめの人物は顔から色を消し去り、酷く淡白に告げた。 「 随分と間の抜けた顔だな。そんな事で科学班員が務まるのか?」 「 あ……はい、大丈夫っス……。」 間の抜けた顔をしているのならば、それに対する返答も随分と間が抜けていた。 けれど黒尽くめの人物はくすりとも笑わず、2秒程じっとリーバーの顔を見詰めると横を向いた。 早くしろと、暗に急かしている。 リーバーがそれに気付いたのはそれから17秒後で、慌てて書庫から退室すると背中で扉の閉まる音が上がった。 振り返る、間も無く隣に並び立つ人物が黙った儘物語っている。 「 ス、スイマセン……。」 返答の代わりに靴音がカツンと上がる。 盗み見た隣を歩く人物はその手にシックな色の分厚い本を4冊持っていた。 それに気付いたリーバーがすいません、俺一人で持てますからと言ったのだが、相手は意に介さずといった具合に少々興味が有ると一言返し、適当に本のページを捲るだけだった。 エクソシストにこんな雑用をさせている――訳では無いのだが、傍から見ればそう見えるだろう――所を他の職員に見られでもすれば、一体全体どのような事態に陥るのか。 リーバーは戦々恐々とした儘暗い廊下を進む。 「 時に童。」 本を落としかける程、身体が強張ったのがわかる。 不意を突かれたリーバーはビブラート&ファルセットの音でナンデゴザイマショウと畏み申す。 だが黒尽くめの人物はくすりとも笑わない。 「 先刻、我が何者かと訊ねていたな?」 けれどそのぬばたまの隻眼が極僅かに細められている事を、2人は知らない。 黒尽くめの人物の言葉を一言一句聞き漏らさず、何度も反芻するリーバーは暫く沈黙を置くと肯定の言を述べた。 「 我の名は 「 ……エクソシスト、スよ、ね……?」 「 Genau.」 (Exactly.) 「 え……?」 黒尽くめの人物――ツェアシュテーラーの発した言葉にとっさに反応するが、当の本人は素知らぬ顔でページを捲っている。 ツェアシュテーラーという名前。 Genau。 そして、見知らぬ顔のエクソシスト。 教団内で ―――― 死神 死刑執行人 呪われた 教団に入団してから、先輩達が自分をからかうように言っていた人物が実在したのかと、高速処理を施す脳内が白くなる。 「 物は丁重に扱え。」 「 ――……え……あ?っっとと!」 滑り落ちかけた本をしっかりと抱え直し安堵の息を吐けば、数メートル先に声を掛けた相手を見つけ、自分の足が何時の間にか止まっていた事を知る。 「 そんな事で科学班員が務まるのか?」 「 ……ええ、大丈夫っス。」 蒼褪めた面差しで再び歩き始めるリーバーが隣に並んだ事を視認せずに確かめると、ツェアシュテーラーは遅めていた歩を元に戻した。 積もる沈黙。 ツェアシュテーラーは何も言わずただ隣を歩きながら本のページを捲っているだけで、それ以外に何もアクションを起こさない。 その姿を時折横目で盗み見るリーバーも、何も言わない。 否、何も言えないでいた。 あれだけ誰なのか知りたかったのに、その名を知った途端に何も言えなくなってしまう。 それは噂の真偽を確かめる為か、噂を信ずるが故の己の保身を考えての事か。 ――自分の子供と旦那を殺して呪われたらしいぜ―― ――いくらアクマになったからとは言え、旦那と子供を壊すなんて、正気の沙汰じゃねぇな―― ――それでも母親かって感じだよな―― ――アクマの血のウィルスも効かねぇらしいぜ―― ――正に死神じゃねぇか、死神。イノセンスも ――呪われた死神かよ、係わりたくねぇな―― ――殆ど教団に帰って来ねぇけど、それで良いよな―― ――あー、でも死んだら解剖してみてえ―― ――呪われなけりゃな―― 何時か何処かで聞いた言葉がありありと甦る。 頭に鉛玉を詰め込まれたような、グリップの底で殴られたような、それでいて科学者としての血が騒ぐような感覚に襲われる。 本当に自分の子供と旦那を、アクマになったからといって平気で破壊したのか? 本当に呪われているのか? その呪いは誰によるものなのか? 本当にアクマの血のウィルスは効かないのか?何故? 「 此処か。」 本が重なる音と共に腕が重くなり、ツェアシュテーラーの声が突然頭の中に割って入ってきた。 我に返ったリーバーは狼狽しつつも科学班室の前に到着していた事に気付き、頷く。 音を立て開かれる科学班室の扉。 だが相変わらず中はさながら戦場のようで、誰も2人には気付かない。 立ち尽くすリーバーに中に入るよう視線で促すツェアシュテーラーは道を譲り、先に行けと無言の儘告げる。 ゴクリと、咽喉を鳴らし重たい足を部屋の中へと踏み入れた。 あふれ返る資料に走るペンの音、人の声。 細い通路を通り指定された資料を渡していけば、静寂とざわめきが寄せては返す波のように静かに生まれた。 何故?と思う疑問はすぐに解決される。 班員の視線が、水面に拡がる波紋のように伝染していき、ある一点に集中していたから。 その視線の先は言わずもがな、リーバーの数歩後方。 ツェアシュテーラー。 その人物に総て注がれていた。 「 ……よお新人。これまたすんごい者を拾って来たもんだな。」 「 !?やめて下さいよ先輩!」 「 何をして気に入られたんだ?……いや、憑かれた、か?」 「 先輩!!」 コソコソと、けれどこれ見よがしにツェアシュテーラーに聞こえる声量で卑しく笑う班員に、リーバーは背中に嫌な汗が伝い落ちるのを感じた。 けれど盗み見たツェアシュテーラーは涼しい顔で佇むばかりで、少しの反応すら見せない。それが気に喰わぬのか、班員は更に蔑みの言葉を並べ立て密かに笑い合った。 ――――どっちもどうかしてるぜ どちらにも係わり合いたくないと全身が拒絶反応を示す。 「 こんな所までお越し頂いて、何用で御座いましょう?」 「 破損した団服の替えを貰い受けに行くと伝えておった筈だ。」 「 おお、そういえばそうでしたな。」 嫌味たらしく 「 出来上がっているのであろう?当然。」 「 ええ、モチロン。別室にありますので持って来させましょう。」 「 良い、我が行く。案内せい。」 冷淡だがチリチリと漕げるような臭いがした。 居た堪れぬ気持ちでその場に立ち尽くしていると、不意に肩を叩かれる。 「 新人、2番備品室まで此方の御夫人を 「 っ先ぱ……!?」 「 コイツが御案内致しますので。私はこれで失礼致します。」 リーバーが口を挟もうとしても行けばわかると強く肩を押されるだけだった。 何を言っても無駄だと早々に理解したリーバーは、やはりかと軽く項垂れつつツェアシュテーラーへと向き直り、此方ですと道を示す。 通り過ぎ様に誰かの机が目に入り、嗚呼そういえばと腹の底が更に重くなるのを感じるのだった。 すれ違う人間皆が皆、己の後ろ数十センチを見詰めこそこそと口元に手を宛がう。 ――――何の罰ゲームだよ 苛立ちとも悲哀とも違う色の感情が己の中に渦巻いている事を知らぬリーバーは引き摺るように足を動かし目的地へと向かう。 「 時に童。」 あと数分。 黙って歩けばそれで無事に辿り着ける所で予告も無くツェアシュテーラーが口を開いた。 勘弁してくれよと頭を覆いたくなるリーバーは充分に間を取り、リーバー・ウェンハムですと応える。 「 今日は童の誕生日、か。」 何かが背骨を走り抜け、目を見開くリーバーは足を止め勢い良く振り返った。 その反応が楽しいのか、ツェアシュテーラーはフッと冷笑を浮かべる。 全身の毛穴が開き、身の毛が弥立つ。 黒衣に身を包んだその姿が、正に人間の生命を刈り取る死神に見えたのだ。 ふつふつと内側から噴き出す厭な汗。 眼前の人物には俺の総てが見えているのか、そんな錯覚にさえ陥ってしまう。 長い沈黙。 数時間にも感じられたそれはほんの数十秒であったが、リーバーの心を揺さぶるには充分過ぎる程だった。 「 図星か、童。如何した、我はヒトの死や生命データを総て識っている死神だとでも言うか?」 「 ――っ!!?」 闇より黒いぬばたまの隻眼は総てを見透かし心さえ読み取る死神の鋭く鈍く光る眼か。 その眼に見詰められると、まるで自分が 「 図星か。科学者が聞いて呆れる――否、科学者故に、か。」 瞬く事もせぬその鈍い光を宿したぬばたまは嘲笑の色を浮かべ、静かに閉ざされた。 「 観察すればわかる。………………否、童の、所作を見ていればと言った方が良いか。」 ますますもっておぞましい言葉だ。 相手を見ただけで相手の誕生日がわかるとは、到底人間業とは思えない。 息を呑むリーバーは無意識の内に身構えていた。 それでも声は、出せない。 「 先刻科学班室で机上の…………」 其処まで言い、死神はふと止まると思案気に口を閉ざし、暫くすると徐々に視線を何も無い廊下へとスライドさせ、高く靴音を響かせた。 「 ――――是非も無し也。行こうぞ。」 小さく呟くとリーバーの応答を待たず歩き出した。 死への扉へと案内しているのか。 ツェアシュテーラーの後ろ姿を蒼白な表情で見詰めるリーバーは未だその場に立ち尽くしていた。 この儘あの人物について行って良いものか。柄にも無く本気で考え込んでいたのだ。この儘あの人物に付き随って行けば冥府への扉が開かれるのではないかと、冷静に考えてみれば有り得はしないとわかりきった事を。 「 童、早う団服へと案内せい。」 それはツェアシュテーラーのこの言葉を耳にするまで永遠と続けられていた。 「 此方です。」 金属音を上げ開かれる扉。 その奥には棚や布・革・毛皮があふれていた。 室内を少し歩けば先輩班員が言った通り、それだろうと一目でわかる真新しい団服が一式、綺麗に畳まれ鎮座している。その上には『ツェアシュテーラー氏 新団服』と書かれたメモ用紙が、陶器で出来た馬の置物で押さえられていた。 「 ……これ、スね。どーぞ。」 「 ああ。」 エクソシストと探索部隊の団服を作る為の資材を置いておくだけの部屋は狭くなく、それでも物があふれ返っている。 コト、と音がしたので其方を見ると、早速新しい団服に袖を通すツェアシュテーラーの姿があった。 相変わらず、黒一色、である。 胸のローズクロスも裏地もボタンも何もかもが、漆黒色に染まっている。 その姿で大鎌を振るえば、さながら死神にも見えよう。 背中に冷たいものを感じたリーバーは心の中で首を振り、震える唇を開く。 「 ど、どうスか?」 「 …………悪くない、サイズも合っているようだ。」 「 そりゃ、良かった。……っス。」 ボタンを掛け、前屈や屈伸、垂直飛び、身体を捻るといった行動を一通り終えたツェアシュテーラはリーバーの顔を見ると、開きかけた口を一度閉ざす。 そして数十秒後に再び、開いた。 「 来年もこうして誕生日を迎えられると良いな、童。」 「 ……は、い…………!?」 突拍子も無い言葉に素っ頓狂な声で返事をすると、ククと小さく声をもらしツェアシュテーラーは微笑んだ。 薄氷のように。 「 無事に、という意味合いだ。我と共にでは無い。」 「 ……ああ………………って、いえ、そういう……!」 「 明明白白だ。それに我とて永遠では無い。」 儚い微笑みはそれでも優しく美しく、死神というよりはまるでそう、聖母・マリアのよう。 目を奪われるリーバーの頬はバラのように色付き柔らかく心が解れる。 ざんばらな髪を揺らすツェアシュテーラーは綴る。 「 童、大切なものは決して手放すな。しっかりと繋ぎ留めておけ。それから貴様は染まるでないぞ。」 ゆっくりと右腕を持ち上げるとリーバーの肩にそっと触れ、力を籠めた。 「 Gott segnet Sie.」 (God bless you.) 優しい光を湛えた瞳は通り過ぎ、冷たい部屋の空気が動く。 中てられたように、ふわふわとした感覚の中に居るリーバーは追いかけるように振り返り音を発する為に息を吸い込む。 「 あ、あのっ!」 「 Junge, ich bin so froh, Sie zu kennen.」 (Boy,I am so glad to know you.) 背中で綴られた音は誰よりも優しく、哀しみを滲ませていた。 一人、部屋を出たツェアシュテーラーの後を追うリーバーは、ロッキングチェアの上に残されたメモ用紙を手に取ると部屋の明かりを消し急いで退室する。だがツェアシュテーラーの姿は既に遠く、声を掛けても振り返る事も足を止める事もなかった。 「 ツェアシュテーラーさん!」 ありったけの声で叫んだ。 けれど漆黒のエクソシストはその隻眼を向けてはくれない。それどころかより一層、遠く姿を小さくしてしまう。 「 ……俺の名前は、リーバー・ウェンハムですっ!!」 かの人物にこの声は届いているだろうか。 何故かはわからないがついそう叫んだリーバーの声が廊下に響くと、ツェアシュテーラーの姿は教団の闇へと消えて往った。 束の間、虚空の先を見詰めていたリーバーは手の中のメモ用紙を確認するとポケットに突っ込み、足早に科学班室へと歩き出した。 |