「 じゃあな、行って来る。」

、貴女は仕合わせになりなさい。」

そんなの無理よ、仕合わせになんてなれっこない。2人が居なくて仕合わせになんかなれない!



もう無理よ、もう沢山。亦こんな暗い闇の中で生活してるなんて。
上も下も、右も左も判らないような暗い闇の中で。
光もなにももう見えない。仕合わせになんてなれない!
「 ――――コムイ、報告書。……次の任務は?」
「 ……っお疲れサマ、ちゃん。………今残ってる任務は、フィレンツェ、かな……。」
「 そう、私が行くわ。」
「 ッッちゃんは任務続きで疲れてるでしょ、他の人に行かせるからゆっくり休んでよ。」
「 っ放して!」
掴まれた手を強く払い落とした。
そんな瞳をしないで、もう要らないの、もう沢山なのよ。
「 …………私は行くわ、邪魔しないで。」


部屋にあふれる物のように、大切なものが増えたのに。
もう独りじゃないって、冷たい部屋で恐怖に震えなくても良いって。
大切なものが、あたたかいものが私の周りにあふれていたのに。
亦私の手のひらからこぼれ落ちてしまった。指の隙間から水のように流れてしまった。
救えなかった、助けられなかった、
目の前から消えてしまった。
もう二度と逢えない。部屋にはこんなに物があふれているのに、姉の本も、お姉様の指環も、香りも、ぬくもりも未だ消えずに残っているのに。私は未だ生きているのに。
大切なものが、次から次へと消えて往くの。私の大切なものが、次から次へと。
だったらもう要らない。
大切なものなんてもう要らない、必要じゃない、必要としない。
大切にしなければ良い。大切なものなんてつくらなければ良い。最初から、大切になんかしなければ良い。


「 ……?どこ行くんだ?」
「 ………任務よ。」
「 任務って、今帰ってきたばっかだろ?傷だって癒えてないのに……!」
「 …………やめて………放して…………」
「 今は休め、な?他の奴に行ってもらえ。」
「 ……っ優しくしないでよリーバー班長!」
ぬくもりなんて必要無い。
!?」
闘わなければ、戦場に身を沈めなければ意味が無い。私達エクソシストは、闘う為に在るのだから。
闘って、闘い抜いて、滅して。
総て終わらせなければ、何の為に闘っていたと言うの?何の為に生かされたと言うの?
何の為に死んで逝ったと言うの!?


ちゃん、待って!フィレンツェには私が――」
「 ……貴女はコムイの隣で微笑んでいれば良いのよ……。」
「 ――っ!?」
大切な人が居る人は戦場に出るべきじゃない。大切な者が在る者は、何よりそれを守るべきなのよ。
コムイの大切なものは、貴女なのだから……リナリー・リー。
たとえいつか朽ちる命でも、少しでも長く、大切な人を大切にしないと。
コムイの辛い顔なんて、苦い顔なんて――――もう見たくないの…………
だから貴女は、コムイの隣で微笑んでいれば良いのよ。
私にはもう、必要の無い場所だから――……



「 ……イノセンス、無事回収、と。」
髪を攫う風に冬の気配を感じて。
長く辛い、あの寒い日々が脳裏を過ぎる。
人間が人間として扱われぬ日々。声を殺して泣く事しか出来なかったあの日々が。

「 あん?アクマの気配がするから来てみれば、先にお前が()ったのかよチクショウ。」
「 ………師匠……。」
「 ……腕を上げたか?」
取り敢えず降りて来いとの師匠の声に、自分が何処に立っているのかを思い出し足を出した。
がしゃんと鳴る足元のアクマの残骸が崩れ落ちる。波打ち際の砂の城のように。
地に降り立った私の手の中にあるイノセンスを懐に仕舞うと、師匠は舌打ちをして私の頭を押さえつけた。
「 なに辛気臭ェツラしてんだチビ。」
忌まわしいアクマを破壊したんだろと豪快に笑う師匠の腹筋に、気付いたら顔を埋めていた。
大切なものはつくらないって。いつか壊れてしまうから。
思い出には生きないって。いつだって美化されるから。抜け出せなくなるから。
闘うって。闘って闘って滅するって。戦場に身を沈めるって誓ったのに。
独りで強くなると、そう誓ったのに。
「 ……アン?なんだお前、泣いてんのか?」
思い出には浸らないって。誰にも甘えないって。誰にも頼らないって決めたのに。
涙なんてもう枯れ果てたと思っていたのに、如何して未だ流れ落ちるの?
如何して未だこんなに目が熱いの?
如何して私は泣いているの?
「 アイツ、死んだそうだな。」
頭上から降り注ぐ声はいつもの調子で、アクマを破壊出来ずにつまらなさそう。早く次の獲物を求めているみたい。
「 なかなか見所のある奴だと思ってたが、あっさり死にやがって。
 結局アイツも弱かったんだな。」
ハッと鼻で一笑する師匠に、刹那に憎しみを抱いた。
師匠の性格は熟知している筈なのに。
「 ……おい、離れろ。熱い。」
燃えているのは憎しみの心だけじゃない。
「 離れろっつってんだろ。」
仔猫を持ち上げるようにひょいと首根っこを掴まれ、師匠の目線まで持ち上げられた。
ひゅるひゅると耳を切る風が顔の熱を奪うが、私の心と髪はざわざわとざわめく。
久方振りの師弟の再会。
鉄仮面越しだけど、師匠の眼が光を宿したのが見えた。
愛弟子の死くらい、悼んでも良いんじゃないの?
「 俺とヤるか?チビ。」
「 ……お姉様が弱いだなんて、撤回して下さい。」
「 弱ェから死ぬんだろ。」
炎を纏う右手が空を殴る。
リーチの差なんて充二分に把握してる。師匠に届かないって理解してる。それでも、それでも何かせずには居られない。心のバランスが保てないのよ!
「 アイツが死んだのは事実だ。弱ェ奴が死ぬのも事実。イコール、アイツ、は弱ェ。」
チリと炎が鉄仮面を掠る。仮面の下から覗く口元が、厭らしく弧を描いた。
「 弟子が殉職したのよ。」
「 それがなんだ。弱ェのが悪ぃんだろ。」
「 っ誰も好きで弱い訳じゃないわ!」
不鮮明な視界が一気に加速した。
馬鹿みたい。
師匠の性格は熟知してるのに。やりあったって勝てっこないって解りきってるのに。
如何して、悔しさで涙が止まらないのよ。
「 死んだくらいでピーピー泣きやがって。」
「 だって……だって…………」
「 こんな世界で生きてりゃいつでも死と背中合わせだ。アイツだって覚悟してただろ。」
「 ……でも、もう二度と逢えない…………リーバー班長だって居るのに……………」
「 リーバー班長?ああもう泣くな鬱陶しい。」
「 ……大切な人を残して先に逝くなんて………辛過ぎる…………」
荷物のように肩に担がれた私は、師匠の逞しい背中を少し濡らす。
師匠の性格は熟知してる。
弱い奴が悪いと、死ねばそれまでだと言うのは本心。冷酷だと思う。
「 人間、死ぬときゃあ誰だって独りなんだよ。」
優しさとは無縁のヒト。
でも、ヒトだから。人間だから。
「 俺を燃やすなよチビ。お前も一緒に燃えるだろ。」
「 ……私は、師匠とは違います……。」
「 上等だ。」
優しい、なんて言ったら投げ飛ばされた上に斬り刻まれるでしょうね。師匠は誰よりも冷酷だから。
「 いつまでも泣いてんじゃねぇよ、殺すぞ。」
そう紡ぐ声が、少し焦って聞こえるのは私の気のせいかしら。
「 ……アイツが安心出来ねぇだろ。」



冷酷な元死刑囚


   
「 …………気持ち悪い。」
「 ウルセェぶっ殺すぞチビ!」



大切なものなんて要らない。大切なひとなんてつくらない。
戦場にあたたかな笑顔は要らない。冷たい涙も要らない。
私は仕合わせになんてなれなくて良い――――否、ならなくて良い。
ただそれでも、お姉様には生きていて欲しかった。リーバー班長と仕合わせになって欲しかった。
もう誰の哀しい顔も見たくないの………