「 ああ、くん良いところで逢ったね!」
「 コムイ……何、任務?」
「 そうなんだよー、急に飛び込んで来ちゃってねぇ、頼めるかい?」
「 仕方無いわね、暇だし受けてあげるわよ。」
「 ありがとう。ああ、今教団に居るエクソシストなら誰か連れて行ってくれても良いよ〜。」
「 そう?それなら……とでも一緒に行こうかしら。」
「 あー……」
「 何?」
「 出来ればスーマンくんとか、マリくんとか、さんとかで……」
「 ……オーケーイ、そういうアレなのね。」
「 ごめんねぇ、宜しく頼むよくん。」    






ブローカー
闇の商人
  






   
「 ねぇコムイ。」
「 なんだいちゃん?」
「 ブローカーって何?」
不要になった書類で紙ヒコーキを折る。
ついと投げれば部屋の中を往くあても無くさ迷うそれは、千鳥格子のカウチに着地する。
ここは司令室。
「 ブローカーというのはね、仲買人の事だよ。何かと何かを引き合わせる人。」
止まった紙ヒコーキから目を離し、床に広がる書類の波に目を落とす。
リーバーくんから逃げる為に司令室に閉じこもろうとして部屋の前でバッタリ彼女と会ったのが数分前。
チクられるかと思えば案の定、科学班室に行こうとするものだから、3時のおやつのケーキで手をうってもらった。渋々頷く彼女を部屋へと招き入れドアに鍵をかけた。
ここは密室の司令室。
カウチに座る彼女――ちゃんだけが書類に埋め尽くされたこの白い部屋に色をつける。
「 それくらい判ってるわよ!」
コツリと、帽子に何かが当たった。
ちゃんの声は元気良く怒気を含んでいるのが判る。

知って欲しくない。
――――いずれ知る事ではあるけれど、今は未だ知って欲しくないから苦笑いで隠そうとするのは、汚れた大人の考えなのだろうか。

隣でカサリと乾いた音がして、見ると紙ヒコーキが止まっている。
「 それじゃあボクに聞く必要なんてないじゃないか。」

怖くて。
知られる事が怖くて。
知った後彼女が如何なるのかが怖くて、とても教えられない。知って欲しくない、知られたくない。
汚い大人の事情なんて、純真な子供には知って欲しくない。
それすらも大人のエゴだとしても、例えいつか知ってしまう事だとしても、今は未だ知らないままでいて欲しいと願ってしまう。

「 それ本気で云ってるの?」
ビクリと体が竦む。
彼女の言葉のひとつひとつが、きっとボクを見ているであろう彼女の視線のひとつひとつが。
怖くて。
ただ怖くて、逃げたくて、彼女の目を見る事はおろか彼女の姿を視界の端に捉える事すら出来ない。
目の前にある不要になった書類を紙ヒコーキの形へと折る、それだけしか出来ないでいる。
「 ……ちゃんは何を知りたいんだい?"ブローカーが何か"という質問には答えたよね?」
こんな事を云って、ボクもボク自身が嫌っている汚い大人になっているのだろうか。

怖いんだ。
キミやリナリー達に嫌われるのが――――
キミやリナリー達が自分自身を嫌うのが、ただ怖いんだ。

「 それなら質問を替えるわ。
 ブローカーって、誰?」

真実を知れば、キミは如何するのかな。
――――――、キミは如何なるのかなちゃん。
揺らいで、不安になって、押し潰されて。
そんな姿はもう見たくないのに。

「 それは」
「 他の答えなんて要らないわよ。」
投げ出した紙ヒコーキが重力に従って弧を描いて着地する。
「 誤魔化さないで答えて。私は知りたいの。」
否、墜落したと云った方が正しいのか。
「 私達が遭遇するブローカーって何なの、誰なの?どんな事をしている人達なの?」
彼女のひとつひとつの言葉が突き刺さる。
頭の中で反響し合って、目の前が灰色に鈍くなる。
ハウリングが鳴り止まない。

どう答えれば良いのだろう。どう答えれば、彼女は納得してくれるのだろう。
彼女が求めるのは真実。
そう、真実のみ。
けれどその真実を受け止めるには、彼女はあまりにも若過ぎる。
その真実に耐えられる筈が無い。
彼女はあまりにも幼過ぎて、彼女はあまりにも無垢過ぎて。汚れ無きその白さを失って欲しく無い。
例えいつか失ってしまうものであっても、そのギリギリまで失って欲しくは無い。


「 誰から聞いたの?」
ついと投げ出した紙ヒコーキは、密閉された部屋の中を飛び廻る。
くるりくるりとゆっくり弧を描いて。
「 ……お姉様が云ってたの。
 どうしてブローカーなんて下衆な人種が存在するんだろうって。」
「 ……下衆だなんて、全くくんは。」
溜め息がこぼれる。
「 隣には姉が居た。……多分、泣いてたわ。あのお姉様が泣いていたのよ?
 コムイは知っているのでしょう?どうして教えてくれないの!?」
棘が痛い。
鈍くとも、確かに痛む。
「 私はエクソシストよ、知る権利があるわ!」
脳が揺らいだ。
視界の中の鈍い白い世界に色が咲く。
赤く可憐で、凛々しい色が視界の全面に飛び込んできた。
負けそうになる。
あまりにも真っ直ぐで汚れが無くて、ただ知りたいと云う欲だけの質問と眼に。
「 ……知りたいの。お姉様がどうして泣いていたのか、姉がどうして何も云わなかったのか。
 私に何が出来るのか、それが知りたいの……!」
頬に触れる未だ幼い手は、それでも温かく力強く闘っているそれで。
泣き出しそうな感情をぐっと堪えた双眸は、ただ真っ直ぐにボクを見据える。ボクの中にある答えをただ真っ直ぐに探る。

哀しい程に純粋な欲望。
共有したいという優しい欲望。

「 未だ知らなくて良いよ。」
その優しさが、キミの命取りになるかもしれない。
それはボクも、くんも望まない事だ。
「 未だ、知らなくても良い事だよ。」
キミの瞳が紅く燃える。
「 ――ッ」
「 もういい。」
その瞳に浮かび上がるのは、怒りの色。
「 ずっとそうやって私を子供扱いしていれば良いわ。」
そして、侮蔑の色。
「 いつだって大人はそうよ。」


「 ――――ちゃん……」
開きかけた口は彼女の気迫に圧されて言葉を発せられないまま空を切る。
呟いた言葉だけを残して、白い部屋の唯一の色が扉の向こう側へと消えた。
小さくなる後ろ姿を見つめるだけで他に何も出来なかった。彼女の言葉があまりにもストレートで、的を射ていたから。
白い部屋に独り残された。
彼女の言葉のひとつひとつが突き刺さる。
頭の中で反響し合って、いつまでもハウリングが鳴り止まない。


恐れているんだ。
怖いだけなんだ。
キミに嫌われるのを。
キミがキミ自身を嫌ってしまう事を。
危惧しているだけなんだ。

子供扱いだなんて――――………