鬼婦人と腹黒有能軍師さま
馬超「子龍よ、ちょっと相談があるんだが……良いか?」
趙雲「改まって、如何したんだ?」
姜維「では、わたしは席を外しますね」
馬超「否、良い。伯約も聞いてくれ。……実は、姉上の事なんだが、」
趙雲「!!」
姜維「!殿が如何されたのですか!?」
馬超「い、いや、姉上御自身は如何も無いんだ。最近は調子も良さそうだしな……(ど、如何したんだ伯約?)」
姜維「そうでしたか、わたしはてっきり、殿の身に何か、と――」(苦笑)
馬超「ああ、すまん。だが、姉上がお聞きになられたらお喜びになるだろうな。ありがとう伯約」
姜維「いえ、わたしは――」(照れ)
趙雲「……それで、御姉上君の事で気懸かりな事でもあるのか?」
馬超「ああ、そうなんだ。……姉上が蜀にお越しになられて数日経ち、体調もそれなりに良好だ」
姜維「それに何の問題があるのですか?」
馬超「そうすると、何時までも部屋の中――っつー訳にもいかねぇだろ。関平と星彩も、薄々何か感じてるようだしよ
……特に俺を見て……」
趙雲「ああ、そうだな。お前の姉君と言えど外から来た身、一度殿にお目通りして頂いた方が良いだろう」
馬超「……やっぱそうだよな?殿と孔明殿にお目通りして頂くべきだよな?」
姜維「そうですね」
趙雲「其れに何か問題が――……そうか、殿は確か、魏から亡命されてこられた、と……」
馬超「ああ……」
姜維「そうだったのですか!?」(ガタリと椅子から立ち上がる)
趙雲「身売りに出されそうになり、命辛辛脱出したと仰っていたよ」
姜維「そんな、わたしにはそんなご苦労を微塵もお見せにならず……」(ヘナヘナと椅子に腰掛ける)
趙雲「……しかしあの武があればこその、御決断だったのだろう」
馬超「だろうな(……身売り……子龍にそんな説明をしていたのですか……)」
姜維「心身共に、お強い方なのですね、益々尊敬致します!」(キラキラ)
趙雲「そうだな」(苦笑)
馬超「今夜辺り、姉上にも話してみるか。……何事も起こらなきゃ良いが……」(溜め息)
趙雲「そうだな」
姜維「微力ながらわたしも御助力させて頂きます!何かありましたら、御遠慮なさらずにお申し付け下さい孟起殿!!」(鼻息荒く)
馬超「ああ、助かるよ、ありがとな」
趙雲「……」(苦笑)
その夜、馬超邸にて
馬超「姉上、少し宜しいですか?」
「!何処か怪我でもしましたか?」
馬超「いえ、俺の事では無く姉上の事で少し……」
「わたくしの?なんです、改まって」
馬超「はい、姉上の御体調も近頃は安定しているようですし、あの、その……」(もごもご)
「丸一日付きっ切りで稽古をつけろ、と?」
馬超「っ違います!!」(慌て)
「では何だと言うのです、はっきりと申しなさい」
馬超「は、はい、あの、ですね……
(もしこれで姉上が詰問――拷問にでもあえば、俺のせいだよな……孔明殿はそういうところ滅茶苦茶厳しいみたいだし……)」(俯く)
「……蜀の総将、劉玄徳に謁見を求めよ」
馬超「!?」
「そう申したいのでしょう?」
馬超「そ、う、ですが……何故お解りに!?」
「お前の顔にそう書いてあります。……そうね、此処に留まるのならばお目通り願うのが筋でしょうね」
馬超「では!」
「わたくしも考えていた事です。……しかし、」
馬超「何か?」
「直ぐに出て行く予定だったもので……もう劉玄徳殿に申し入れしたのですか?」
馬超「直ぐに出て行くとは何事です!?何故ですか!!?」
「何故、と言われても、お前の迷惑になるだけだと思うからですわ」
馬超「俺の迷惑!?」
「忘れた訳では無いでしょう?わたくしは曹孟徳様の妾だったのですから」
馬超「!!…………――だからと言って、俺に迷惑が掛かるなんて…………」
「丞相の孔明殿はかなりの切れ者だと聞いています。そうならないとは言い切れないでしょう」
馬超「しかし、俺はそれでも姉上に傍に居て頂きたいと思っています……!」
「……超……」
馬超「――っ……」
「……ありがとう」(苦笑)
馬超「っ姉う――!」(息を呑む)
「……本当に良いのですか?謁見するからには、わたくしは嘘は申しませんよ?」(真剣な眼差し)
馬超「……は、心得て御座います」
「………では、その方向で」
馬超「はい。……あの、姉上は……怖くないですか?」
「恐怖はありません、心配には及びませんわ。でも、ありがとう超」(微笑み)
馬超「いえっ!……決まり次第、お伝え致します」(照れ)
「ええ」(にこり)
馬超「それから、伯約が微力ながら何事にもお力添え致しますと申しておりました」
「まあ、伯約様が?とても嬉しいわ」(目を見開き、喜ぶ)
馬超「伯約は姉上をお慕いしております故」
「ふふ、有り難い事ね」(微笑み)
馬超「(……何があっても、俺が姉上を御守致します……!)」
数日後
馬超「……姉上、いよいよ本日……で御座いますね」(ドキドキ)
「ええ。この恰好で大丈夫かしら?可笑しくない?」(正装した自身の全身を見る)
馬超「とてもお似合いに御座います。流石は姉上、馬の名に恥じぬお姿」(感嘆)
馬岱「錦上添花とは従姉上の為にある言葉でしょうな」(にっこり)
「いやだわ2人共、褒めても何も出ませんよ」(若干照れ)
馬岱「思った事を口にしたまでです」(にこり)
馬超「(確かに……やはり姉上はこういうお姿がしっくりくるな……)」(今までボロ布とかだったもんな)
「上手くなりましたね、岱」(微苦笑)
馬岱「私など従姉上のお美しさの足元にも及びませんよ」
馬超「ああ、男なら誰しも放ってはおかんだろう」
「もう良いですわ。超、そろそろ参りましょうか」
馬超「あ、はい!」(引き攣り)
「岱、申し訳無いけれど暫く留守を頼めますか?」
馬岱「無論、お任せ下さいませ従姉上。……お気を付けて……」
「ありがとう。行って参りますわ」(にこり)
馬岱「従兄上、頼みましたよ」
馬超「お、おう!」(ビクビク)
表に出て歩き始める
「超は毎日この道を通っているのですね?」(にこ)
馬超「え?はい、そうですが……?」(吃驚)
「ふふ、なんだか新鮮で良いわね」(にこにこ)
馬超「……あの、姉上は怖くないのですか?」
「昨夜も同じ事を聞きましたね。心配無用よ」
馬超「ですが、その……最悪………」(俯き足を止める)
「……」(くすり)
馬超「(首を刎ねられる可能性も…………)」
「超、髪に糸屑が付いています」
馬超「え?」(顔を上げる)
「少し屈みなさい」(にこり)
馬超「え?あ、はい!」(腰を折り顔を下げる)
「お前に迷惑は掛けません。恐れる事は何もありませんよ」(馬超の頭を撫でる)
馬超「っ姉上!?」(吃驚/赤面/バッと上体を起こす)
無言でにこりと微笑む
撫でられた箇所を手で触れる馬超
「――さ、参りましょう」(手を差し出す)
馬超「!――……はい!」(力強くその手を握りしめる)
仲良く並んで登城
は物珍しげに周囲を見渡しては微笑む
「(野山を駆け回っていた頃を思い出すわ……洛陽ではこういうものを見かけなかったから)」(にこにこ)
馬超「(姉上……口ではああ仰られたが、やはり恐怖を抱いておられるのか………それとも見納めにと……?)」(ブツブツ)
「――超」
馬超「――……あ、はい!?」(勢い良く顔を上げる)
「そんなに硬くならないの。誰も超の命まで取りやしませんよ」(にこり/手を離す)
馬超「そ、そうですね……」
「謁見の間まで、案内してくれますか?」
馬超「勿論です!足元にお気をつけ下さいませ、此方で御座います!!」
「ありがとう」(にこり)
部屋の扉の前
固唾を呑む馬超、涼しい顔をした、ちらりと馬超がの顔を見ると、にこりと微笑み返される
「堂々としていなさい」(そっと馬超の背に手を沿え、背筋を伸ばさせる)
馬超「は、い………………では、参ります」(ピンと背筋を伸ばす)
こくりと頷き手を下ろす
馬超「失礼致します!馬孟起とその実姉、馬に御座います。より、殿にご挨拶にと参りました」
劉備「うむ、入れ」
馬超「はっ!」
扉を開け、拱手する2人
孔明、関羽、張飛と姜維が劉備の側に立つその前まで進み、膝を着いて拱手
馬超「殿、本日はこの様な席を設けて頂きまして、誠に有り難う御座います」
劉備「顔を上げよ馬超、わざわざ足労だったな。……其方が、殿か……」(を見る)
「御初に御目に掛かります、劉玄徳殿。馬孟起の姉、馬に御座います」
膝を着いてから一度も顔を上げぬ、立ち上がった馬超は少し狼狽している
「我が愚弟に生への希望と共に至極恐悚な程の格別の御配慮を給わりました事、感謝の極みに言葉も尽きませぬ」
劉備「いや、馬超には私も助けられている。其方も顔を上げ、私に見せてくれないか」
「御意に御座います」
一度深く頭を沈め、すっと立ち上がって拱手をし、顔を上げる
孔明「……ほう……」(羽扇の下で小さく呟く)
張飛「こりゃあ豪い別嬪だなぁ」(感嘆の表情で若干頬が紅潮)
関羽「なんと麗しい……」(張飛と同様)
姜維「(流石で御座います、殿……)」(その美貌に息を呑む)
劉備「……うむ……馬超と同様、聡明な顔立ちだな……」(殿として言葉を選んだ)
「勿体無きお言葉」(拱手)
劉備「……それで、今は馬超の許に居るのだったな?」
「は」
孔明「子龍殿のお話では、身売りに出されるところを命辛辛逃げてこられた、と」
「魏の鄭州方より……」
劉備「おお……何と言葉を掛ければ良いのか……」(苦く眉を寄せる)
「そのお言葉で救われます」(拱手)
孔明「……」(羽扇パタパタ)
張飛「大変だったんだな……くぅっ、良く逃げてきた!!」
関羽「うむ、ご婦人お一人の足では障害も多かっただろうに……」
劉備「そなたの美貌であれば、孟徳殿の眼にも留まっただろう」
張飛「おお、その可能性は高ぇな!無事で何よりだぜ!」
姜維「(……言われてみれば……!!)」(今頃気付いたか)
「勿体無きお言葉に御座います」
馬超「(……孔明殿の無言が怖ェ……!!)と、殿!」
劉備「ん?おお、すまん。つい話が逸れてしまったな」(笑顔)
馬超「あね――っを私の邸にこの儘住まわせていても宜しいでしょうか?」
劉備「姉弟が一つ屋根の下で暮らすのに理由も、それを咎める権利も誰も持ち合わせぬ。互いに良い伴侶が見つかるまで、肩を寄せ合うが良い」
馬超「はっ!有り難きご配慮を給わり、誠に痛み入ります!!」(拱手)
「有り難き仕合わせに御座います」(拱手)
劉備「うむ」(微笑み)
張飛「ヘヘッ、馬超、しっかり男見せろよ!」(ニッカシ)
関羽「姉弟仲が良いのは美しい事だ」(微笑み鬚を撫でる)
馬超「はっ!!(上手くいった……!!)」(拱手)
「…………」
馬超「それでは殿、本日は誠に有り難う御座いました。御前失礼致します」
劉備「うむ。殿も、ゆるりと休息を取られるが良かろう」
「身に有り余るお言葉、恐悦至極に御座います」(拱手)
張飛「じゃー亦な、馬超、!」(ニッカシ)
関羽「お気をつけ召されよ」(にこり)
孔明「……少し、宜しいでしょうか殿?」
馬超「こっここっっ孔明殿!?」(キョドる)
劉備「孔明、如何かしたのか?」
孔明「もう少し、詳しくお聞きしたいと思いまして。宜しいでしょうか?」(羽扇パタパタ)
馬超「しっしかし孔明殿、姉上は未だ本調子ではなくてですね……!?」(焦る焦る)
張飛「なに、そうなのか?そりゃイカン。おい孔明、今日は日が悪ぃぜ」
関羽「うむ、日を改めた方が良かろう」(鬚を撫でる)
劉備「そうだな。無理をさせて倒れられてしまっては申し訳無い」
孔明「……致仕方有りませんね……」(羽扇パタパタ)
馬超「も、申し訳ありません、殿、孔明殿……(……なんとか乗り切ったぜ!!)」(ホッ/拱手)
拱手をする馬超の前に手をかざす
馬超「あ、ねう、え……?」(ぱちくり)
「御配慮痛み入ります。――が、わたくしの事でしたら御心配には及びません」
馬超「あっ――!!?」(チラリとに見られる)
孔明「……」(羽扇パタパタ)
「かの御高名な諸葛孔明殿から名指しされては、断るべく理も故も持ち合わせておりますまい」
孔明「恐れ入ります」(会釈/微笑み)
張飛「いや、俺達は構わねぇけど、大丈夫なのか?」
「はい」
関羽「殿、ご無理は召されるな」(心配そうに見つめる)
「お心遣い、有り難き仕合わせに御座います雲長様」(にこり)
孔明「では、場所を変えましょうか。色々と、ゆっくりお話をお聞かせ下さい」(にこり)
「仰せの儘に」(拱手)
馬超「っ姉上!」(オロオロ/小声)
「……超、お前はもう失礼なさい。今日の執務もあるでしょう」
馬超「しかしっ!!」
「宜しいでしょうか?玄徳殿、孔明殿?」
劉備「ああ、私は構わぬよ。良いな、孔明?」
孔明「……殿もそう仰ってますし、良いでしょう」
「孔明殿が興味を抱いておられるのはお前ではなくわたくしのようですね、超。さ、執務に戻りなさい」(微笑み/ひそひそ)
馬超「っしかし姉上!これは如何考えても孔明殿の――!!」(ひそひそ)
「たとえ今此処をやり過ごしても、それは何の解決にもなりません。解るでしょう?」(ひそひそ)
馬超「それはっ……そう、ですが…………でも!」(ひそひそ)
「言ったでしょう、嘘・偽りは申さぬと。お前に迷惑は掛けません」(ひそひそ)
馬超「しかし姉上!」(ひそ)
「超、わたくしに今、この場で実力行使させたいのですか?」(ひそ/にっこり)
馬超「!!」(冷や汗たらり)
「何も心配する事はありません。お前は執務に戻りなさい」(ひそひそ)
馬超「……わかり、ました…………」(小声/俯き)
「ありがとう、超」(くすり/頭を撫でる)
張飛「馬超の奴、本っ当にの事が心配なんだな」(頭をポリポリと掻く)
関羽「久しい再会、心配もするだろう」(鬚を撫でる)
劉備「うむ、美しい姉弟愛だ」(頷く)
姜維「はい、その通りで御座いますね」(キラキラ)
孔明「……」(羽扇パタパタ)
馬超「では、殿、失礼致します」(拱手)
劉備「うむ。殿の事は我等に任せよ」
馬超「……は。」(拱手)
そして馬超は退室する
孔明「殿、我々も場所を変えましょう。立ち話も何ですし」
劉備「うむ、そうだな。殿、少し御足労願いたいのだが?」
「御意に」(にこり)
6人も移動の為退室
丸テーブルに劉備・関羽・張飛・姜維・・孔明の順に時計回りで着席
女官がお茶を配り退室する
張飛「それで?に何を聞きてぇんだよ孔明よ」
姜維「魏の盛衰ですか?」
孔明「ええ、それもとても興味がありますね」(にこり)
「孔明殿、素直に仰って下さいまし。時間が勿体無う御座います」
張飛「なんだなんだ?」
孔明「……敵いませんね。貴女のその度胸、評価に値します」(にこり)
姜維「殿……?」
劉備「孔明、それに殿、一体如何したと言うのだ?孔明、お主の聞きたい事とは何なのだ?」(若干焦り)
孔明「時間を掛けても無意味のようですね。では単刀直入にお聞き致します。殿、貴女は何者ですか?」
張飛「何者って、馬超の姉だろ?他に何かあんのかよ?」
「孔明殿、その問いにわたくしは馬超の姉・馬であるとしかお答え致しかねません」(くすり)
姜維「そうですよ、丞相」
孔明「……ふふ、そうですね。では言葉を変えます。殿、貴女は魏の間者、ですか?」
関羽「!!なんと……!?」
劉備「!孔明!?」
張飛「!おい孔明、お前ぇは一体何を言い出すんだよいきなり!?」
姜維「丞相!?あんまりではありませんか!?殿に失礼ですよ!!」(怒り&困惑)
劉備「そうだぞ孔明。幾ら殿が魏から来たとは言え、それは想像を飛躍させ過ぎだろう」
張飛「それには馬超の実姉だろ!なら曹孟徳を憎みこそすれ、その力になんかなる訳ねぇって!!」
関羽「……孔明、拙者もこればかりは……」
孔明「……失礼な事を、申し上げたでしょうか?」
劉備「当然だろう、孔明。殿に謝罪せよ」
孔明「……殿」
「いいえ、至極当然の言で御座いましょう」
姜維「殿!?」
張飛「おいおい、何を言い出すんだよお前は!?他でもねぇ、自分の事だろ!?」
「ええ。わたくしが孔明殿のお立場であれば、やはり同様の質問をしますでしょう」
劉備「しかし殿、お主は馬超の姉であろう?」
「ええ、馬寿成の娘に御座います」
関羽「……ならば、その殿に限り斯様な嫌疑は……」
姜維「そうですよ!丞相も馬家の件は御存知でしょう!?」
孔明「ええ、勿論です」
張飛「だったら如何してそんな疑いが生まれんだよ!?俺には全っ然解んねぇよ!!」
孔明「……」
張飛「それに、お前もだ!自分が疑われてるってのに、何でそんな涼しい顔してられんだよ!?普通はもっとこう、慌てるもんだろ!?
自分の身の潔白を証明したりよ!!」
「……ふ、そうでしょうね」(笑みをこぼす)
張飛「ああ!?」
劉備「殿、ご自分のお立場を解っておいでか?」
「無論」
姜維「こんな状況で、如何して笑えるのですか!?」
「お気に障ったのであれば謝罪致します。ですが、蜀の方々は少々平和に慣れ過ぎているかと。ああ、お一方を除いて、ですが」
張飛「!如何いう意味だよ!?」
「他国から来た者は如何いう者であれ、徹底的に疑うものだと申し上げております。其方の孔明殿のように」
関羽「!?では貴女は――」
「いいえ、雲長様。わたくしは魏の間者などでは御座いませんわ。馬家の名に誓って」
張飛「はあ!?言ってる事がメチャクチャじゃねぇか!!?」
「間者では無い、けれどそれを証明する術も物も無い。これが今のわたくしの総てで御座います」
姜維「殿……」
関羽「ふうむ……」
張飛「だーもーっ!わっけ解んねぇよ!!」
劉備「……自身の事ながら、よくぞ其処まで冷静に……」
孔明「実に、素晴らしい方ですね。姜維の話通り……」
張飛「!お前は間者じゃねぇんだろ!?」
「はい」
張飛「絶対だな!?」
「はい」
張飛「魏に寝返ったりしねぇな!?」
「……ええ」
孔明「……」
張飛「だったらは仲間だ!それで良いじゃねぇか!!駄目なのか!?」
姜維「そうですよ殿!!」
張飛「なあ!」
姜維「はいっ!!」
「……世界が総て、翼徳殿のような方ならば戦も無くなりましょう」(苦笑)
張飛「はあ!?如何いう意味だよそりゃ?……バカにしてんのか?」
「いえ、滅相も無い事で御座います」
張飛「……ホントか?」
「ええ。疑いは戦しか生みません故」
張飛「だよな!じゃあは仲間だ!それで良いよな、兄者?」
関羽「……拙者は元より……何より、馬超の姉上であらせられるのだし……」
劉備「……うむ……殿がそうであると思えぬしな……」
姜維「そうですよ!間者が自ら疑いの掛かるような事を申す筈もありません!!」
劉備「……そうだな」
孔明「……姜維の言も一理ありますが……殿、宜しいのですか?」
劉備「……うむ、私は構わぬ。馬超の姉である殿が魏の間者に成り下がる訳も無かろう」
孔明「……そうですか……」
張飛「何だよ孔明、不満か?」
孔明「……少し」
関羽「孔明よ、兄者が良いと言っているのだ。お主、少々くどくは無いか?」
劉備「雲長、翼徳。孔明の立場もある。私の為を思っての事なのだ、悪く言ってくれるな」
張飛「俺は、別に……」
関羽「うむ……」
「…………」
孔明「…………」
劉備「では!殿は今日から正式に蜀の一員となった事を此処に宣言しよう!良いな、孔明?」
孔明「……承服致しました」
劉備「殿も、それで宜しいな?」
「御意に……」
張飛「じゃ!めでたく仲間になったっつー事で、今日はの歓迎会でも開くか!」
姜維「それは名案です!盛大に開きましょう!!」
張飛「おうよ!今日はとことん飲むぜ!!」
「……」
孔明「……」
関羽「……?殿?孔明?如何かされたか?」
孔明「……未だ少し、殿にお聞きしたい事が……」
劉備「何?」
張飛「っかー!お前はまーだ突っ掛かるのか!?」
劉備「孔明、それは流石に私も過ぎた事だと思うぞ」
孔明「……」
「いいえ、玄徳殿。わたくしも少々お話したい事が御座います」
姜維「殿?お話したい事とは?」
「……お時間は宜しいでしょうか?」
劉備「……ああ、構わぬよ」
張飛「如何したんだよ?」
「……皆様は、何故わたくしが今此処に居るのか、疑問には思われませんか?」
張飛「……はあ?」
劉備「……それは……」
姜維「孟起殿と共に暮らす為ではないのですか?」
「……」
関羽「……殿、申し訳無いがもう少し解り易く願えぬか……?」
「……失礼致しました、雲長様」
孔明「……つまり、何故生きているか、という事ですね?」
「……流石、で御座います」(にこり)
張飛「?如何いう意味だ?」
孔明「……馬一族は曹孟徳の手により一族郎党、皆殺害されました。戦に出ていた孟起殿及び数名の者を除いて」
関羽「……そうか……」
張飛「?それが如何か――あ」
「ええ。本来であれば、わたくしもあの時に皆と同じよう命を落としていたでしょう」
孔明「ですが貴女は生きていらっしゃる」
「ええ」(頷く)
劉備「……確かに……」
姜維「言われてみれば……今の今まで、其処まで考えが及びませんでした……」
張飛「じゃ、じゃ、もその場には居なかったんだな!?」
「いいえ、父や同胞と共に居りました」
張飛「なんだって!?」
関羽「なんと!?」
劉備「おお……なんという事だ……」
「その時受けた創(きず)は今も消える事無く、わたくしの躯に深く深く残っております」
姜維「……酷い……」
孔明「……ですが、」
「ええ、わたくしは生きております」
張飛「……助かったのか……ホンッッット、良かったよな!!」
関羽「うむ」
劉備「…………それで孔明は、どのようにして生き残ったのか、そして何故今まで馬超に連絡を取らなかったのか、それを聞きたいのだな?」
孔明「その通りです」
「わたくしも、お話すべきだと思い至りまして御座います」
劉備「……そうか。……無理せず話せる範囲で話してくれ」
「お気遣い、痛み入ります」
姜維「あの!……その事は、その、孟起殿にはもう、お話に……?」(おろおろ)
「ええ、きちんと総て、伝えてあります」(にこり)
姜維「!そうでしたか…………良かった……」(安堵)
「……」(くすり)
孔明「……殿、」
「失礼致しました。そう、あの日わたくしも他の者達同様……曹魏の者に斬られ、最期の時を迎えようとしていました
そして薄れ往く意識の中、何者かに引き揚げられる感覚を最後にわたくしは事切れた――そう思っておりました」
劉備「……」
「ですが或る時、鈍い痛みと共に意識を取り戻し、手厚い介抱を受けていた事を知りました」
姜維「……」(ゴクリ)
「そして其処で最初に言葉を交わした人物が、魏の総将」
孔明「!」
姜維「!!」
関羽「なんと!!」
張飛「そんな!?」
劉備「まさか!?別人ではないのか!!?」
「……残念ながら、曹孟徳……、その方でした」
姜維「そんな……まさか……」
孔明「……では貴女は、魏は洛陽からお越しになった、と……?」
「ええ」
張飛「……嘘だろ……ありえねぇよ…………」
関羽「……うぅむ、何とも信じ難い話だ…………」
劉備「……それは……真、か……?」
「無論。わたくしの言に嘘・偽りは一つも御座いません」
劉備「ううむ…………」
孔明「……しかし、そうなりますとますます腑に落ちませんね」
姜維「……丞相?」
孔明「何故」
「今か、――で御座いましょう?」
孔明「……ええ」
「……超にも同じ事を聞かれました。ですが……その問いには、その問いにだけは明確な答えが無いのです……」
関羽「……それは、どのような意味で……?」
「……わたくし自身、何故、それもこんなにも歳月が流れてから魏を出たのか……」(俯く)
姜維「お解りにならないのですか!?」
「……申し訳御座いません……」
孔明「……それを信じろと仰るのは少々――無理の有るお話ですね」
「存じ上げております。それに……それだけでは御座いません」
張飛「未だあるのか!?」
「わたくしは……――わたくしが何故、目立つ箇所に創も痣も無く今こうして健在で居られるのか……」
孔明「……酷く突飛ですが、想像に難くはありませんね……」
「流石は諸葛孔明殿」(フッと笑う)
劉備「…………それは……そんな、まさか……」
「きっとその、まさかで御座いましょう。深い手負いのわたくしを戦場から拾い上げ、手厚い看護をして下さったのは他でも無い曹孟徳……
そしてわたくしの素性を知りながらも御側に置いて下さったのです。創が癒え、五体満足になってからも尚、ずっと……」
姜維「……そんな……信じられません…………」
張飛「俄かには信じ難い話だが……」
関羽「……現にこうして、殿は此処に居られる……」
劉備「……つまり殿は、孟徳殿と……」
「妾、で御座いました」(深く頷く)
孔明「覇王曹孟徳……有り得ぬ話ではありませんね」
「充分な治療、充二分なまでの施しを受け、望む物は何でも…………」
姜維「…………ですが、酷い要求をされたのではありませんか!?」
「いいえ、何も。本当にあの御方は、わたくしに何もせず、何も望まず、唯御側に置いて下さるばかりでした」
張飛「……じゃあ如何して出て来たんだ!?もっと早く出て来りゃ良かっただろうが!!」
「……今、省察しますとそうなのですが、あの頃のわたくしには……」
張飛「可笑しいだろうがよ!相手はお前の一族を皆殺しにした血も涙も無い冷酷無比な奴だぜ!?」
「本当に……。すぐに逃げ出す、或いは仇を討つ等わたくしも思慮しましたが……何故か、行動に移せず………………今日に至る、次第で御座います」
張飛「そんな話……信じられっかよ!!だったらお前は間者だろ!!劣情に絆され、一族を裏切ったんだ!!!」
劉備「翼徳、止さぬか!曹孟徳は馬家の仇、だが同時に彼女の命を救ったのだ。迷いが生まれようとも誰も責められぬよ」
張飛「だけどよお!?」
関羽「……拙者にも解る処はあり申す……だが、殿は魏を出て来られたのだ。信じようではないか、翼徳よ」
張飛「……そう、だけど……でもよぉ…………」
姜維「……孟起殿が蜀に居る――だから魏を出て蜀に来られたのですよね?」
「結果そうなりましたが、それが理由では御座いません」
姜維「そんな……」
「本当のところ、先にも申しましたが、わたくしにも能く解らないのです。ですがあれ以上魏に……曹孟徳の側に居る事は出来ないと思え……」
孔明「…………」
劉備「………………少し、休憩を挟もうか。色々と衝撃的で、少々参ってしまったよ」(苦笑)
「……申し訳御座いません……」
女官にお茶を淹れて貰った6人
それでも続く重い沈黙
姜維「(何故殿がこんな、こんな……!!)」(ぎゅっと目を瞑る)
張飛「(曹孟徳の妾、か……そりゃこの美貌なら有り得るだろうが……でも、馬家の者だぜ!?)」(悶々)
関羽「(曹孟徳……やはり読めぬ男よ……)」
劉備「(欲する物は手段を選ばずとは聞いていたが…………まさか、端から殿を……!?否、まさか……)」
孔明「……皆、落ち着いたようですし、そろそろ話を進めましょうか」
「そうで御座いますね」
劉備「話……と言うと」
孔明「無論、殿をこの先如何するか、です」
姜維「!!そ、それは……」
孔明「この儘受け入れるか、それとも牢に入れしかるべき対処を取るか、或いは……」(チラリとを見る)
姜維「!?極刑も有り得るという事ですか!?」
孔明「……或いは」(ゆっくりと頷く)
張飛「極刑って、処断って事か!?それは幾らなんでもやり過ぎだろ!!」
孔明「おや。ですが彼女が間者ではないという証拠は何処にも無いのですよ?」
張飛「それはっ!!……そう、だけどよ……」
劉備「孔明、私も流石にそれは早計かと思うぞ。殿は馬超の姉上なのだしな」
関羽「それにこうして、自ら総てを話して下さったではござらぬか」
孔明「……総てか如何かは我々には知り得ぬ事。違いますか?」
関羽「む……うぬ…………」
張飛「……よ、如何して黙ってなかったんだ?お前が言わなきゃ、俺達は知る事が無かったんだぜ?」
「いえ、蜀には孔明殿が居らっしゃいます。遅かれ早かれ、存知得た事でしょう。そうなっては超に迷惑が及んでしまいます故。それに、」
張飛「……それに?」
「わたくしにはやましい処は一つも御座いません故」(にこり)
張飛「そ、そっか……」
孔明「殿、如何致しますか?」
劉備「う、うむ?」
関羽「……殿は、何か無いのですか?」
「超に迷惑が及ばぬなら、総て劉玄徳殿の思し召し通りに」
劉備「馬超の事は案ずる無かれ、そなたの事で如何こうという事は無い。それで良いな、孔明?」
孔明「殿が宜しいのならば、私は構いません」
劉備「うむ、安心してくれ殿。馬超にはこれからも変わらぬ働きをして貰う」
「有り難き格別の御配慮、誠に恐悚に御座います」(頭を深々と下げる)
孔明「では、残るは殿の処遇ですが……」
固唾を呑み、孔明を見つめる4将、対照的に一人涼やかな顔をした
孔明「殿」
劉備「!?」(ビクリ)
孔明「の、妾となって頂いては如何でしょうか?」
劉備「……私の!?」(驚愕)
張飛「兄者の……」(吃驚)
関羽「……妾……!?」(吃驚)
姜維「!?!?」(驚き過ぎて声も出ない)
孔明「ええ。ですが、あくまで形式上、と申し上げましょうか。誠の契りはせずに、他の者に殿の身辺を探らせぬ為。
そして常時監視下に置く為に。如何ですか?」
姜維「………………か、監視下、ですか…………」
孔明「ええ、無期限、の。それに、妾という立場であれば大胆な行動も取れないでしょう」
張飛「……そりゃー、そうだな……俺達も居るし……」
関羽「兄者には常に誰ぞが就いておろうし……」
劉備「…………妾……」
孔明「如何でしょう、殿?」
劉備「え!?い、いや、私は構わぬが、その、形式上とは言え、殿が……」(チラッとを見る)
「わたくしは構いませんわ」(にこり)
姜維「ええ!?」
張飛「い、いいのかよ!?」(吃驚)
「わたくしは異存御座いません。しかし、本当に宜しいのですか?もしわたくしが間者であれば、劉玄徳を亡き者にする亦と無い好機を与える事になりましょう」(くすりと薄く笑う)
姜維「っ殿、滅多な事を口になさらないで下さいませ!!」(焦)
張飛「おまっ……本っっ当、何考えてんだ!?」
関羽「御自身を追い詰めるような事を……」(おろおろ)
孔明「……貴女にそのような真似が出来ますか?」(フッ)
「婦人を侮ってはなりませんわ、孔明殿」(くすり)
バチリと散る青白い火花
姜維「……っ殿は間者ではありません!!よね!?」
「ええ、無論間者等では御座いませんよ、伯約様」(にこり)
張飛「(わっかんねー!!だったら何でそんな事言って意味深に笑うんだよー!?)」(軽くコンフュ)
関羽「(……あの孔明と此処まで互角に渡り合うとは……)」(ゴクリ)
孔明「軽んじてなどおりませんよ」(微笑み)
「婦人の躯はそれ総て武器と化します故」(微笑み返し)
バチバチと散る青白い火花の後ろにうっすらと白く、聖獣の姿が……
孔明「では他に、何か良い案をお持ちですか?貴女ならきっと、どのような尋問にも耐え切るでしょう?」(にこり)
「ええ」(にこり)
姜維「(……殿……丞相……)」(ハラハラ)
「さりとて、困りましたわ。わたくしは間者ではない、けれどそれを証明する術も物も何も無い」(溜め息)
孔明「貴女に四六時中侍女を就けておけば良いまで。違いますか?」
「孔明殿はわたくしを能く存知得ぬ故、斯様な事を申し上げるのでしょう。そうですわね、伯約様?」(くすり)※
姜維「!!!!」(コクコクと大きく頷く)
孔明「……並の者では、無意味だと仰るのですか?」
「ええ。ですから、」
劉備「(……私は、夢でも見ているのだろうか……?」(青い顔で行方を見守る影の薄い殿)
「孔明殿の許に置きますれば、話は早いのでは御座いませんか?」(にっこりと微笑む)
姜維「――――え……?」
張飛「……今、何て……?」
関羽「……孔明の、許に……?」
劉備「す、少し待たれよ殿。つまり、それは、孔明と……?」(あわあわ)
「孔明殿の妾になれば宜しいかと」(にっこり)
張飛「ええええええええええええええええええええ!!!!!????」
関羽「こっ孔明とで御座るか……!?」
姜維「じょ、丞相と殿が、婚姻!?!!?」
劉備「……どの…………」
孔明「……宜しいのですか?私もその事は考えましたが……」
「ええ、わたくしにはやましい処は一切御座いません故」(にーっこり)
孔明「……そうですか」(にこり)
「如何様な待遇も甘受致します」(にこにこ)
孔明「そうですか。では、殿、それで宜しいでしょうか?」(くるりと劉備に向き直る)
劉備「う、うむ、異論は無い」(ドキドキ)
孔明「では、決まりですね」(にこり)
「ええ。改めてまして、宜しくお願い致しますわ、玄徳殿、雲長様、翼徳殿、伯約様、孔明殿――……否孔明サマと御呼び致すべきでしょうか?」(にこっ)
孔明「私はどちらでも構いませんよ、殿」(にこり)
「では、孔明サマ」(にっこり)
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