ねんねんころりよ おころりよ  ぼうやは良い子 だねんねしな

ぼうやのおもりは どこへ行った  あの山越えて 里へ行った

里の土産に 何もろた  でんでん太鼓に 笙の笛



ずっと子供だと、弟だと思っていた者に色を感じた。
ずっと子供だと、弟だと、護るべき存在だと思っていた者が自分よりもずっと大人で、頼り甲斐のある男だと思えた。
一生の不覚。

「 ……こ、じろ…………はうえ…………はは、う……く、るし…………………っっ…… 」
………てん……るさ……梵天丸様!」
「 ……っは、うえ……!?」
「 梵天丸様、はここに居ります。がずっと、おそばに居りますので安心しておやすみ下さいませ。」
「 ……………………ぐずっ、ひっ……!」
丸くて小さな幼子の手。恐怖と苦しみにふるえる小さな小さな手。暗闇の中、その小さな手を強く握りしめて私は唄う。
私がつかえる小さな主のために。小さな主が、再び悪夢にうなされぬように。
隻眸からこぼれ落ちた涙をぬぐい、乱れた布団をかけ直し、私は唄う。
ねんねんころりよ おころりよ  ぼうやは良い子 だねんねしな
ゆがめられた顔が元に戻るまで、規則正しい寝息が聞こえるまで。小さな手で小さな手を強く握りしめて。
優しく布団を叩いて、私がつかえる小さな主のやみを打ち払うのが私の仕事。
ねんねんころりよ おころりよ  ぼうやは良い子 だねんねしな


自分より幾つも年が下の者に護られた。
自分より幾つも年が下で護るべき存在の者に護られてしまった。
赦されざる大罪。

「 ……ひ…………ひっ………………… 」
「 ……だれかおるのか……?だれじゃ……………?」
「 !……ぼ……ぼんて、……まるさっっ……!!」
?どうしたのじゃ……ないておるのか?」
「 ぼっぼんでんまるざまぁ………!」
「 こわいゆめでもみたのか?…………なくながないているとわしも……むねが、ふるえてくる……。」
「 っごめっごめんなざっっ……!」
「 なくな。こんやはわしがこもりうたをうたってやる。」
力の入らぬ躯から涙が止まらない。やっと取り戻した声はふるえ、言葉をうまくつむげない。
誰もそばに来てほしくない、怖い。でも怖くて、誰かに助けてもらいたい。暗闇の中、涙とおえつをもらしていると障子が小さく開いた。誰かが来たと恐怖に心の臓が張り裂けそうになったが、その声を聞くとひどく安心した。
ひどく安心して、涙が止まらなかった。
力の入らぬ私をけんめいに起こし、抱きしめてくれる小さな主が唄う。
ねんねんころりよ おころりよ  ぼうやは良い子 だねんねしな
私のまねをして、涙を流してけんめいに唄ってくれる。
恐怖がぬぐわれて、嬉しくて、ただ嬉しくて、力の入らぬ腕で力いっぱい抱きしめた。ふるえてつっかえつっかえつむがれる子守唄を聞きながら、涙を流してその温もりを抱きしめた。
ねんねんころりよ おころりよ  ぼうやは良い子 だねんねしな


仕える君主に助けられた。
命を賭して護り仕え総てを捧げ奉仕する対象の、私が仕える君主に助けられてしまった。
如何償うべきなのか、切腹以外に考え付かない。

「 ……ぐ、………くぅっ………………は、はっ………!…… 」
「 ――――ねさ…………さむねさま……政宗様。」
「 っはぁっ!?ッはっはっ――っはぁ、はぁ、はぁ………。」
「 ……白湯を、どうぞ……。」
「 …………すまぬ、…………。」
「 いえ……はいつでも御傍に控えております。」
「 ……ああ………。」
そっと遠慮がちに差し出された手を握りしめ、行灯の灯を吹き消す。
未だ悪夢に足を取られる小さな主の寝汗を拭き取り、私は静かに唄う。
ねんねんころりよ おころりよ  ぼうやは良い子 だねんねしな
ひとつ大きく息を吐き、不安定に揺れる隻眼をそっと閉じる小さな主に代わり心の中で涙を流し、私は静かに唄う。
小さいけれどしっかりとした手の力が抜けるまで。規則正しい寝息が上がるまで。
私が仕える小さな主の闇を打ち払うのは今でも私の仕事。
今でも私だけに与えられた、2人だけしか知らない私の仕事。
ねんねんころりよ おころりよ  ぼうやは良い子 だねんねしな


ずっと子供だと、ずっと弟のようだと、ずっと護るべき存在だと思っていた。
ずっと永遠に、この命が尽きる其の時まで私が護るのだと思っていた。
何処で歯車が咬み合わなくなったのか、解らない。

「 ――……は、………うう゛ッ………くっ…………!」
「 ……むねさま……政宗様、 」
「 はっ……!……………、居るのか……。」
「 は、御傍に。」
「 ……良い、退がってお主も寝ろ。」
「 しかし政宗様っ……」
「 明日も早い、早ぅ休め。」
「 ……は。」
水を飲んだ小さな主の手を、私はもう握る事を許されなくなっていた。ふと触れた小さな主の指は丸くなく、長く骨張っている。湯飲みを枕元に置き私が退室すると部屋の中から布の擦れる音が上がる。
私が仕える小さな主の闇を打ち払うのは何時からか私の仕事では無くなっていた。
小さな主の手は、もう小さくないらしい。私の手を必要とせず、必要な物は総て御自身で掴み取っている。
早く退がれと静かな部屋の中から聞こえ、私は廊下を歩き出す。
ねんねんころりよ おころりよ  ぼうやは良い子 だねんねしな
今はもう必要とされぬ私は私の為に唄う。噛み締めるように、口の中でそっと。
ねんねんころりよ おころりよ  ぼうやは良い子 だねんねしな
ぼうやのおもりは どこへ行った  あの山越えて 里へ行った
里の土産に 何もろた  でんでん太鼓に 笙の笛



小さな主が居る城から遠く離れた地。命を賭して護り仕える主の為、私は今日も闇に紛れ働く。
どのような形であれ、小さな主の御役に立てば結果的に護る事となる。たとえ触れられぬ距離に居ても。
それが私の支え。
小さな主をお護りしている、そう思えば何だって出来た。
兄様達が無茶だと胃を痛めても、小さな主が命じれば私は何だってやってみせる。
それが私の存在理由。それが私の本望。小さな主の願いが私の総て。
陰ながら小さな主を護っている、それだけで仕合わせだった。
小さな主の行く手を阻む者は総て、この私が打ち払う。
未だ子供で、弟のように可愛く、護るべき存在。貴方の泣き顔だけは見たくない。
何時だって、貴方の笑顔だけを見ていたい。貴方の笑顔を護りたい。
だから私は今日も闇に紛れ動く。小さな主を護る為。何時だって何処へだって馬を走らせ、貴方の意の儘に動く。
成功を収め、貴方の笑顔を見る為に。
失敗など赦されない。それは即座に死を意味する。小さな主に不利益を被る事だけは赦されない。
だから今のこの状況を好転させ、小さな主と結びつく物は総て処分せねばらならない。
私の体躯を含め、総て。
「 居たか!?」
「 賊は手負いが一人だ、必ず仕留めろ!逃がすなっ!!」
「 殿に報告しろ!!」
次々に灯が点けられざわめき立つ城内。
密かに小さな主を裏切り寝返った者、その証拠を掴み始末するのが今回私に与えられた仕事。
証拠を掴み、謀反者の死抹は既に終えた。後は静かに帰城するのみ。
その筈が、死抹時に喰らった腹への一撃。その血の香を他の者に嗅ぎ付けられ追われる破目に陥ったのは私の力劣りが為せる業か。その儘この城を燃やし自分の首を落としても良かった。けれど寝返り先の人物とそれを裏で糸引く者との繋がりが私の懐に有る。此れを無事、小さな主の手に渡すまでは死んでも死に切れない。小さな主の闇と不利益は私が打ち払う。
小さな主を護る、それが私の総て、存在理由。
「 居たぞっ!追い詰めた!!」
「 ひっ捕らえ何処の者か調べろ!」
大勢の足音が近付き、私は衝かれ落とされた。
腹を縛る布が赤黒く染まり、足に激痛が走る。汗を掻く頭は、唯一つの事以外考えはしない。
如何すれば小さな主を護る事が出来るか。
「 ……コイツ、女か……?」
「 何?……草の者か?」
「 それは楽しい尋問になりそうだな。」
舌舐めずりする刀を持つ男達に、封をした筈の記憶が悪寒と共に背を走り抜けた。
小さな主が泣きながら子守唄を唄ってくれたあの忌まわしい夜の記憶が。
同時に、息が速くなる。上手く換気出来ず、視界が歪み躯の力が失われていく。

「 片倉……。」
「 え?」
「 大人しくしていれば痛い思いはせずに済む。それから、今から起こる事は誰にも言わぬ事……。
 大好きなお兄様に、余計な心配はさせたくないだろう?」


蝋燭の炎が、ギラリと妖しく刀に反射する。
頭の中が白くなる。息が上手に出来ず苦しい。忘れていた筈の、失くした筈の、克服した筈の恐怖が甦る。
死とは別の恐怖が、あの忌まわしき夜と同じ恐怖が躯を駆け抜ける。
声が出ない。助けを求めたくとも恐怖に声が出ず、代わりに失くした筈の涙が溢れ出した。
「 コイツ、忍のくせに涙なんか流してるぞ。」
「 可愛いじゃねぇか。」
「 それも一つの手なんじゃないのか?」
「 騙されるなよ。」
亦あの手が、指が迫り伸びて来る。
亦男達が怖くなる。あの頃の感情が甦る。大好きな兄様の手にすら脅える日々が繰り返される。誰にも傍に居て欲しくない、総てに恐怖し震える日々がやって来る。夜が怖い日々が亦来てしまう。
紅く染まる足を引っ張られ、恐怖が臨界点を突破する。
怖い、こわい、コワイ。助けて欲しい。誰か、助けて。
「 何奴う゛っっ!?」
「 何をっ……」
「 止まれ!止まらぬかあぁ!?」

ダレカタスケテ、ダレカ――――
「 何者だう゛っ!!」
「 邪魔だあっっ!!」
白く弾ける寸前、豪快な地響きと共に障子戸が吹っ飛ばされた。それに気付いたのは、優しい風が私の頬をそっと撫でた時。刀を緩く持ち私を取り囲んでいた者達の顔色が瞬時に変わる。
私の速い呼吸が、止まる。
「 何奴だ!?」
「 侵入者だ!であえ、であえ!!」
「 この女の仲間か!?」
「 ………わしの………………を…………!」
ざわめき陣形を敷く城の者に睨まれる闇夜の侵入者は、涙で滲む視界の先で怒りに打ち震えているようで、この場を支配する空気を一瞬にして変えさった。その殺気が、ビリビリと肌に突き刺さる。
私の心の臓すら掴み取られる感覚に陥り、涙が止まった。
「 ……殺せ、殺せ!!」
「 生け捕りは女だけで良い、男は殺せ!!」
瞬きをして視界を邪魔する涙を袖で拭うと、赤い馬が後ろ立ちをし飛び掛かって行った男達が次々に崩れた。
飛び散る断末魔に上がる紅い飛沫。それを見て、此処が何処だか、私が誰だかを思い出す。
ガシャリと落ちる刀。怯む足。叫びながら、緑色の外套を風になびかせる男に斬り掛かる男達。
耳を劈く銃声に、拡がる視界の先で月光を浴び輝く銀色(しろがね)の剣の残像。
私に迫る男の腕が宙を舞い、男の米神を鉛弾が走り抜ける。
微かに上がる呻き声。
風の侵入を邪魔する障子戸は崩れ紅く染まり、髪が揺れる。
鉄臭い部屋で黒い影が動く。反射的に、其れを追った。
私の小さな主が厳しい顔をしている。
ぎゅ、と結ばれる口。
「 っこの大馬鹿者めがっ!!」
ビリリと空気が震え、再び腹と足が痛み出した。はっと、我に返る。
「 ……政宗様、御怪我は?何故此方へ!?」
「 怪我をしておるのは貴様じゃ馬鹿めがっ!」
「 っ申し訳御座いません……!?」
叫ばれ、肩が盛大に跳ね上がった。
鋭く私を睨みつける隻眼が遠く、小さな主はこんなにも背が高かったのだろうかと不意に思えば、かの隻眼がぐっと近付く。ひやりと、肝が冷える。
「 政宗様、血が流れております!」
「 馬鹿め!流血しておるのは貴様の方じゃと何度言えば解るのじゃ!」
「 しかし!」
「 此れは返り血じゃ!!」
馬鹿めと続け手の甲で拭われた頬は斬れておらず、紅い血は畳に投げ捨てられる。
張り詰めていた糸が切れる音が聞こえた気がした。
「 っ!?」
ぐったりと抜ける躯の力。握りしめていた忍者刀も落とした。不意に湧き上がる燃えるような鈍痛。
肩に何かが触れているのに気付き其方へと視線をやれば、男の指が私を捕まえている。けれど何故かその指だけは怖くなくて、見つめていると何故か握りしめたいと強く思う。私が唯一恐怖しない手。其の手は何時の間にこんなにも立派になったのだろうか。丸く小さな小さな手だったのに。白くて丸い可愛い手だったのに。簡単に手折れてしまいそうな程小さくか細かったのに、何時の間に大人の殿方の手になっていたのだろう。其の手を握る事を許されぬようになりもう随分と久しく、こんなに間近でじっくりと見つめるのは、何時振りだろうか。
「 〜〜っええい、泣くな馬鹿めが!」
「 ……あ。政宗様、内通先の者の証拠が此方で、其れを裏で糸引いていたのは」
「 そんな物後回しじゃ!!」
「 !やはり何処か御怪我を梵天丸様!?」
「 ええい!戯けめっ!!!」
小さな主の声に我に返り、懐から証拠の品を取り出し痛みに少々顔を歪めていると肩を盛大に揺すられ怒声を浴びる。私は唯、小さな主の心配をしているだけなのに、今はもう其れすら許されぬと申されるのか。
私から総てを、取り上げてしまうの?
「 怪我をしておるのはお主じゃ!痛むのじゃろ!?」
「 っっはい!?」
肩に置かれた手が離れ、爪先を少し持ち上げられて痛みに全身が反応する。
ツツと伝わる紅い珠が滑り落ち、畳と小さな主の指先を紅く染める。
「 御手が汚れます御放し下さいませ!」
「 ええいもう、貴様は黙っておれっ!!」
証拠品を持つ逆の手で小さな主の手を放すよう促せば、再び怒声を浴びせられる。見上げる先の御尊顔は強い怒りを覗かせており、貴様が其処まで阿呆だとは思わなんだと口が動く。ビリリと痛む足先を見れば白い布が小さな主の指先と共に赤く染まる。
「 政宗様!御手が汚れます!!私でしたら平気ですので」
「 わしが平気で居れんのじゃ!」
「 嗚呼、やはり何処か御怪我を」
「 っ怪我をしておるのはお主じゃと何度言わすのじゃ!馬鹿めがっっ!!」
苛立った声がやけに大きく聞こえる。
かと思えば躯が浮遊感を覚え、隻眼と栗色の髪が一気に近付き心の臓が何故か大きく脈打った。
「 まっまさむねさま!!?」
「 大人しくしていろ、それとも落ちたいのか。」
「 でででですがですが……!?」
「 その創では独りで動けまい。」
証拠の品を落とすな仕舞えと言う声が近く、其の表情に少々違和感を抱く。それは私が今まで見た事も無い色が――否、戦に出陣された父君の身を案じておられた時に見た色と同じ、だ。今のこの状況で、誰を心配されているのか。
貴方の御心を支配しているのは、誰ですか?
「 行くぞ。」
「 え、は……?」
庭に降ろした赤兎馬の鐙に縁側の上からその儘足を掛け鞍に跨る小さな主は、其の腕に私を抱えた儘手綱を引いた。
密に接する躯に、仄かに香る汗に、発せられる声と共に律動する咽喉仏に、何故か頭が、茹るように熱くなる。

「 ……あ、の、政宗様……。」
「 独りで突っ走るでないわ馬鹿めが。」
「 …………申し訳、御座いません………。」
言葉すら出ぬ状況。
小さな主の御為にと動いた筈が逆に小さな主の御手を煩わせて仕舞った。本来私がすべき後始末さえ、小さな主は順序良くこなしすぐさま終わらせていた。
もう私に、出来る事等何一つとして残っていないのだ。
あまつさえ、仕える小さな主に恐怖の対象でしかなかった殿方の色香を感じるなど、私は何をしているのだ。
小さな主に総てを捧げ、命を賭して護ると誓ったあの日から疾うに女を捨てたのに。
何故今更、それにあの状況で……可笑しいではないか。
相手は私がお仕えする小さな主。護るべき対象。ずっと弟のように、慕ってきた。
其の小さな主が、今はもう小さくないとでも言うのか?
「 政宗様、私の馬が……」
「 良い。後程取りに寄越す。」
「 で、ですが、幾ら政宗様の赤兎馬とて2人を乗せては速度が落ちてしまいます。」
「 城には貴様の兄、小十郎が居る。余計な口を挟むな。」
「 っっ……。」
何時の間に小さな主はこんなに逞しくなっていたのだろう。こんなに、頼れる存在に――
「 っ動くでない!」
「 しかし、政宗様の鎧兜が汚れてしまいます!」
「 離れると平衡を保ち難くなる、きっちりとだっ抱きついておれ!!」
「 しかしっ!」
「 ええい、創に触るじゃろうがっ!黙ってわしの言う事を素直に聞かぬか!!」
歯噛みされ、御命とあらば従う他無い。
けれど、けれど、何故だかとても……顔が熱い。涼しい夜風を切っているのに、燃えるように熱い。
今まで幾度と無くこの御体を抱きかかえたと言うのに、立場が反転しただけだと言うのに。
何故だか小さな主の御顔を直視出来ない。
ねんねんころりよ おころりよ  ぼうやは良い子 だねんねしな
今夜は自分の為に唄いたい気分だ。




Your majesty
我が小さな主