答えは二択、YesかNo
人生には常に選択が付き纏う。 選択肢が無限にある場合もあるがそれは稀有で、大抵は少ない選択肢を迫られる。 選択肢の最少数、それは、二択。 「Wake up !」(起きろ!) スパンと豪快に開けられる襖。太陽は未だ昇り始めて間も無い。 暗い部屋を訳も無く歩くのはこの城の主、伊達政宗。 「Wake up !」(起きろってば!) 狭くない部屋の畳縁を跨ぎ歩き、白い塊へと大股に近付く。 「んー……あと半刻……」 白い塊がもぞりと動く。どこからか、寝ぼけた声も上がった。 「何云ってやがる、さっさと起きろ。」 その白い塊の前まで来ると政宗は足を止め、腕組みをして息をもらす。 それでも白い塊――――が夢現で居る布団からは後半刻と力無くもれるだけだ。 端整な政宗の、眉が片方つり上がる。 「Kitty , Which do you like get up right now or sweet sleep ?」(今すぐ起きるか俺に喰われるか、どっちが良い仔猫ちゃん?) 片膝を付き布団を少し捲り、耳元でこう囁けば。 「Good morning,sir !」(今すぐ起きます直ぐ起きます!!) 悲鳴に能く似た朝の挨拶があがる。 一日の始まり。それはやはり選択から始まる。 起きるか起きないか。 けれどには選択肢が無いようだ。 「さっさと起きて顔洗って来い。」 「……はい。」 布団の上で正座をするにそう云い残し、政宗は襖を静かに閉めて出て行った。 暫く直立不動を保っていただったが、未だ眠い目を擦りながら寝間着から仕事のそれへと着替える。毎朝毎朝飽きることも無く用も無いのに早い時間に自分を起こしに来る主を恨みつつ。 冷水で顔を洗えば嫌でも目が覚める。 けれどその目の冴えは嫌なものでは無い。 それは早朝という時間帯だからなのか、冷水で顔を洗えば殊更すっきりと、爽快感を得られる。これがもし陽の高い時間であれば、幾ら冬は雪が深くなるとは云え夏は照りつけるように暑くもなる奥州、ベッタリとした嫌な汗が顔を洗ったくらいで落ちる筈も無く、起きて早々不快感が感情のほぼ総てを占めるであろう。 それを思えば、早朝の涼しく澄んだ空気の中起きられるのはあながち悪い事でもないのだろう……か?と、顔を拭きながら思う。 「おはようございます、小十郎さん。」 「おはよう。」 すっきりとした目と頭で自分の執務室へと歩を進めると、廊下でばったりと片倉小十郎と出くわす。 笑顔で朝の挨拶をすれば、硬いけれど優しい表情が返ってくる。 そして彼の腕の中を見やれば、色鮮やかな夏野菜たちが顔を覗かせていた。 「美味しそうなトマトですね。」 「ああ、今し方採ってきたところだ。今日も皆能く実っていた。」 話を振れば、心底嬉しいといった笑顔で小十郎は話す。 着物の裾や顔に土汚れが付いているところを見るに、未だ早朝だというのに畑に出、水をやって帰ってきたのだと、もう既に一仕事終えた後なのだと判る。 敬愛する主が為に、と思うと誰でなくとも尊敬する。私も今日一日、仕事に精を出そうと思わされる。 それじゃあと会釈をし通り過ぎようとすれば、今から政宗様の朝食だと告げられた。それはイコールも如何だと云われている事で、毎朝城主に起こしていただいているという事は周知の事実なのであった。 「私は別に……後でお茶をもらいますし。」 「なにを亦。毎日云っている事だが、一日の計は朝に有り。然るに、朝食はしっかり取らねばならない。」 「う、いや、でも――」 「食べろ。それとも俺の作った野菜は不味くて食えねぇってか?」 口の端が上がった、けれど低い声で凄めば。 「いただきますー。」 引き攣った笑顔でどんよりとした声があがる。 一日のうちで幾度と無く現れる選択。 二度目のそれは食べるか食べないか。 けれど此処でもには選択肢が無いようだ。 陽が燦燦と輝き頂上へと近付くにつれ気温も上昇する。 毎日の事とは云え、暑さに慣れる――といった事は不可能に近い。 激しく動かずじっと座っていても汗は噴き出し伝い、その不快度数はまるで果てを知らぬといった顔で鰻上り。唯仕事をこなすだけでも苛苛が溜まってしまう。そこへ仕事を邪魔する輩が現れようものなら臨界点を突破する勢いだろう。 に与えられた執務室は専用のもので一人で使うには広過ぎるのだが、仕事の書類で常に埋め尽くされており空いているスペースは悲しい事にそんなに無かった。が仕事を怠け滞らせている訳では無いのだが、彼女の元へは何故か常に仕事が舞い込んで来ている。城主である政宗やその右目である小十郎からの信頼が厚い事も手伝っているのだろうが、彼女は人受けが良くその力量も小十郎に引けを取らず、尚且つなんだかんだ云いつつも何時もきっちりと頼んだ仕事をこなしてくれるので、亦次も彼女に頼もう、彼女にお願いしようと、自身の器量の良さが仇となり悪循環が続いているようだ。 暑さに耐え、今日も今日とて机に齧り付く。 風通しの良い部屋を貰い受けているとは云え、額や頬、身体全体から汗がじんわりと噴き出してくる。 それを時折思い出したかのように手巾で拭っていると、廊下にひとつ足音が。それは迷う事も無くの執務室へと軽やかに近付き止らない。 「朝の仕事は終わったか、kitty?」 広い執務室。 けれど仕事の書類で埋め尽くされスペースが狭い都合上、は入り口を背にした形で仕事している。 故に来訪者の顔は見えず。 しかしそれが誰かなど、その声を聞けば判る訳で。それが此処の城主である政宗なのだとはすぐに――――否、彼が部屋に入り声を掛けずとも、その足音のみで判るのだった。 つうと頬に汗が伝う。 けれどは筆を走らせる手を休めようとは微塵もしない。 「A-Ha-,You can hear my voice,can't you ?」(聞こえてんだろ?) 焦れたように云う政宗だが、一向に振り返らない。 のその表情は"鬱陶しい"といったものだ。眉間には深く皺が刻まれている。 「ちゃーん?」 腕組み柱に寄りかかる政宗は、リズムをとるように自分の身体を指先で小さくトントンと叩く。 主の呼びかけに応えない部下など切腹物だが、はまるで意に介さず筆を流麗に走らせる。 気付いてはいるだろうが此処でもは選択肢とぶつかっていた。 呼びかけに誠心誠意応えるか、適当にあしらうか、無かった事にするか。 どうやら彼女は、最後のものを選択したらしい。 窓の外ではジーワジーワと五月蝿く蝉が鳴いている。 そしてその入り口では、面白くないといった表情の政宗が身体を叩くスピードを速めていた。 「Look at me !」(好い加減にしろよ!) 堪らなくなったのか、強めた口調で呼びかけるが相手は依然振り返らない。 こうなればもうそれしか無いのかと盛大に溜め息をひとつ落としてから体重を足へと戻す。 「I am so hungry.」(腹減った) 背後に立ち、筆を滑らす右手を掴む。 ポタポタと墨が数滴落ちたが最早気にしている場合では無い。 暫く静かな闘いが続くが、観念したのか汗を掻いた不機嫌全開の顔を見せられる。 「もう昼時だ、飯食いに行くぞ。」 そんなを見下ろしながら云うが、右手には未だ力が籠められている。 「一人で行けば良いでしょう、子供か。」 「おいおい、俺の誘いを断るってのか?nonsenseだねぇ。」 「どっちがナンセンスだ。」 「Go with me.」(行くぞ。) 「仕事が残ってる。誰かさんが与えてくださいますから。」 「昼からでも良いだろ。」 「此処まで遣り切る。」 ふと右手の力が抜けたかと思うと、刹那の間を置いて右手を弾かれる。そして亦書類だらけの部屋には筆の走る音が上がる。 曲げていた上体を起こし溜め息を吐く政宗は、小さくshitともらした。 相手の要求を呑むか、自分の意思を通すか。 政宗は前者を、は後者を其々に。 窓の外では蝉が燃えるように鳴いている。 「……おい。」 の午前中の仕事が終わるのをその真後ろで待って――見張っていた政宗が、ぽつともらす。 流麗に筆を走らせていたの、肩がビクリと大きく跳ね上がる。それに伴い、止まる右腕。 「此処までって云ってた分はもう終わってんじゃねぇのか?」 ジワジワと蝉の五月蝿い静寂を破りにっこりと笑う政宗はの両肩を力いっぱい掴む。 「…………ま、まだもう少し―――」 「Full up.」(仕舞いだ。) 「いやっ、違、この山が無くなるまで」 「Down your right hand right now please,kitty.」(云う事聞かねぇ悪い仔猫ちゃんは此処か?) ぐぐぐと、更に両肩を掴む手に力を籠める。 けれど顔を歪めつつもあとちょっとだけだからと抗う事を止めない。 「まーだ止めねぇのか!」 「だか、あとちょっとだけだってば!」 「そう云っていつもいつも昼飯抜くのは誰だ、Ah?」 「ぬっ、だっ大丈夫だって一食抜いたって倒れないから!」 「誰がお前の心配なんかするか!余った飯が勿体無ぇだろ!」 力任せに筆を引っ手繰り硯の上に置く。 夏の暑さのせいか、2人の息は荒く汗も流れ落ち前髪が少し頬と額についている。 の劣勢の中、それでも睨み合いは続く。が。 「あーもう面倒臭ぇ、行くぞ。」 「ぎゃああ!?ちょっ、と、なにすんのよ離して!降ろして!!」 「ギャーギャー喚くなうるせぇ。」 「なっ!?ひとのお尻を叩くなセクハラだ!!」 「大丈夫だ、お前にsexualな魅力は感じねぇからよ。」 「っ黙れ!豆腐の角に頭をぶつけてしまえ!!」 窓の外で身を焦がす程に声をあげ続ける蝉。 の机の上は政宗によって片され部屋の戸は閉められる。 当のはと云えば、米俵のように政宗の肩に担がれその抵抗虚しく否応無しに廊下へと連れ出され、夏の湿った風を全身に浴びる。 一日のうちで幾度と無く現れる選択肢。 昼食を取るか、取らないか。 けれど今回も結局に決定権は無く、強制的に選ばされる。 生きる上で常に付き纏う選択。 選択肢の最小数、それは、二択。 YesかNo それでも政宗の下に居る限り、自分にNoという権利は無いのではと薄っすら思ったりも……する? |
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For Heat Colors様 and you
そんな訳で、夏BASARA祭りに参加させて戴きました代物です
もっと甘く出来れば……
素敵企画様に参加出来てとても楽しかったです、ありがとうございました!
そして大した事は無いですが、英文は反転して頂くと和訳が出てきます
なんちゃって英文ですが