Spiral sniper
どれ程流れたか判らない年月。 巡り往く季節は、唯少女だけを残し足早に駆ける。 屍の積まれた合戦場に佇む少女は、その顔色が読めない。 見るところ16、7歳といったところだが、纏っている雰囲気はまるで仙道のそれの様。 少女は今日も亦、刀を片手に死臭と憎悪の渦巻く中渡り歩いて往く。 季節を追いかける様に。死を、求める様に。 「 合戦……決闘……暗殺……。 人の世は何時も明るさの陰で命が消える。」 悪戯に吹く風に髪を遊ばせ、少女は男を斬り捨てる。 生温かい血潮がぶしゃりとその端整な顔に掛かっても気にする素振りも見せず、顔色を一つも変えず。 「 風薫る初夏、とは能く云ったものだな。」 刀についた鮮血を振り払い、慣れた手つきで鞘へと収める。 ふと、小さく口角を上げ。 「 人の世は、何時どの季節であろうと血の香しかせん。」 斬り捨てた男の最期を見届ける事も無く、少女は歩き始める。 興味も無いといった風で、その顔は亦、元の能面の様なそれに戻っていた。 少女の名は。 ――――そう名乗っているのを何処かの誰かが知っているやもしれない。 何時の時代からか歴史の裏に現れては消えていたとか。 しかしその存在を記す書物は何一つ在りはせず。見つければ少女が、片端から灰にしていたそうだ。 少女は何時も、戦場に降り立っていた。 特に属する者は持たないが、見返りを契れば違う事無く動いた。 躊躇いをもつ事無く、一騎当千の働きを。 時代が移ろうごとにその服装や手にする武器は変わってはいたが、その立場や身上は変わる事が無かった。 契りを交わす相手に、何を求めて戦場に舞うのかと問われる事も珍しくは無く、その都度少女はこう哂っていた。 「 長い人生の暇潰しだ。 それにこの生業が、最も効率良く生きて往ける。」 と。 戯れ言を、と笑われるだけで誰も少女の言葉に耳を傾けなかったが、それはまごう事無く本音であり。 幾つもの季節を独りで過ごしてきた少女は、生きる為、亦生を感じる為戦の中へと身を投じていたのだ。 人と比べる事も可笑しい程の多くの季節を独り、常に少女の外見で。 当ても無く、ましてや探す事も無く気が向くまま自由に全国を渡り歩いては、人の欲や業をその透き通る様な眼と小さな躯で感じながら屍の山を増やしていた。 少女自身、戦の中で創つく事は有れど命を落とす事は決して無かった。 そう、それは世が戦国時代と呼ばれる頃になっても。 変わっていたのはその様相のみで、相変わらずの戦暮らしを繰り返していた。 手にした得物はいつしか、狙撃も出来る火縄銃へと移ろっていた。 「 女。誰が命で我の首を狙った?」 そんな或る日、少女は一人の男と出会う。 安芸を統べる、毛利元就その男と。 「 さぁ?誰だったかなぞ一一覚えておらんな。そもそも命を受けたかどうかも。 ―――唯、血の香に誘われ此処に来たのやも。」 元就の側近や自身に刃を向けられるも、臆する事無く答える。 能面のその顔で。 驚く側近達をよそに、元就は声を出して笑った。 「 気に入った。 ならば我に飼われよ。我の命を受ける駒となれ。」 否定は許さぬと加える様な笑みで、元就は少女に寄る。 自身の刃を光らせて。 対する少女は怯える事も笑う事もせず、唯無表情に、薄く口を開ける。 「 私は誰にも跪かぬ。 契りを交わせばそれ相応の働きはする、それだけだ。」 逸らす事無く元就の眼を、見据え。 「 それに……一人の人間に長く就くのは趣味では無い。」 云いのけ、その火縄の銃口を元就の額へと向ける。 刹那。 「 無礼者!」 「 ―――良い。」 元就の側近達がざわめき刀を上げるも、元就自身がそれを制す。 珍しく、笑いながら。 「 ならば暫しの間、我に付き合ってもらおうぞ。 なに、何時辞めても構わぬ。貴様の好きにするが良い。」 「 ……良いのか。」 斬られる覚悟で云った言葉に返されたものが、自身の予期せぬものであった事に対し多少驚きつつも表には決して出さず、少女は元就と渡り合う。 それはそう、きっと対等というもので。 「 構わぬ。 貴様と会う時は、それはそれで我が斬るまでにしか過ぎぬ事よ。」 自身の刃で向けられた少女の銃口を払い除け、元就は満足そうに微笑みを湛える。 シャラと軽い音を立てながら刃を仕舞い、少女に左手で握手を求むは、毛利元就。 「 相承った。」 ガシャと鈍い音を立てながら火縄を肩に担ぎ、男性の握手に同じ左手で応えるは。 2人の間に、契りが交わされた。 少女は幾ばくかの金と交換に、全国の大名を暗に仕留めていく事になった。 両者の意により、期限は特に定めないという、なんとも曖昧なものではあるが。 それでも少女は生きる為、生を感じる為、亦、咽喉の渇きを潤す為、元就との契りを果たし往く。 気の向く儘足の向く儘東へと、順にしかし適当に流し渡り歩いて。 毎日を唯喰らい潰すかの如く生きてきた少女は、何時しか奥州へとその歩を進めていた。 巡る季節は、何時か呟いた時と同じ初夏であった。 硝煙と血の香が染み込んだ手で宿の窓を開け、少女は火縄を側へと置く。 「 伊達政宗……公、か。」 宿の主人が気さくなのか、少女が聞きもしないのに色々と世間話を始めていた事を、少女は瞼を軽く閉じ思い出していた。 話を聞くうちに、此処を統べる大名が誰なのか。ふと聞いてみると、あれやこれやと聞かされた上、先の名を得たのであった。 「 男気があり異国とも繋がりが……。」 繰り返し聞かされた言葉を、訳も無く呟いて、少女はふと我に返った。 ―――私は何を考えていたのだ――― そう自身を咎め、首を小さく振る。 「 所詮消え往くさだめよ……。」 星の無い夜空を見上げ、声を殺して謳う。 「 毛利元就公――――未だ有効であったか。 明日から暫く亦、飢えを忘れられそうだな。」 口角を微かに上げ、鈍く光る火縄をそっと指先でなぞる。 開けられた窓からは、緑の香りが入っては消えた。 明くる朝、宿を引き払い伊達政宗公が統べる城下町を少女は目指していた。 焦がる気持ちを抑えつつ、火縄を右手に道を往き。 髪を悪戯に弄ぶ風にも似た感覚を抱きながら、賑やかな城下町へとその身を投じるのだ。 暫く城下町を見回った後、少女は政宗の居わす城が能く見える小高い丘へと動く。 白昼堂々、早速。 少女はその小さな躯に似つかわしくない大きな火縄を扱っている。 自然、その存在は注目を集める。 最近は何を思ったか暗殺を軸に活動している少女であったが、まるで気にする事も無く。 唯、在るが儘に動いていた。 或いは、誰かに自分を見つけて欲しかったのかもしれない。 元就とは亦異なる、それを。 道なき道を草音を立てながら進む少女は、城の様子が見える場所まで来ていた。 右肩には勿論、火縄を担ぎ。 「 ……見えた。」 城内の庭にて剣術の稽古をしている政宗を、少女は肉眼で捕らえた。 無防備に剣を振るう政宗を。 暫く考える様に見つめていたかと思うと、不意に少女は準備を始める。 政宗を仕留める、暗殺の手筈を手馴れた様で調えてゆく。 火種を点し、火縄の銃口を政宗の後頭部に向け、ゆっくりと少女は火を移す。 「 Goodnight,sir.」 不意に異国の言葉を口にし、静かに口角を上げ哂う。 ざあと追い風が吹いて引き金に手を掛けた瞬間、少女は政宗の視線に気付く。 背後から、確かに後頭部を狙っていた。 しかしその刹那、政宗は躯を翻し顔の前で刀を横に構え口角を上げて、笑った。 「 さぁ、これからがPartyの始まりってやつだ。」 こう、口を動かし。 射殺す様な政宗の眼差しに、少女は銃口を素早く下ろした。 全身から血の気が引いていくのを強く感じ、火縄銃の点した火を指先で消す。小さな痛みで我に返ろうとしているかの様に。 しかし瞬時に、ぎりと歯噛みする。 眉を寄せ眉間に深く皺を刻み、口をへの字にし、顔を崩してまで。 何時もは狩る側だった自分が、否、常に狩る側である自分が、一人の、たった一人の男の視線に怯えてしまったと。それも未だ若い男の視線に、と血を上らせ。 ぐると踵を返し少女は藪の中へとその身を隠す。 血気している自身を鎮める為か、はたまた恥ずかしさの余りか。 中程まで進んだ所で足を止め、膝を付いて腰を下ろす。音が鳴るのも構わず重力に身を任せ。 そして火縄銃を抱え、片膝を立てて座る。 「 ……ックソ! ――――落ち着け、落ち着け……。」 珍しい言葉を吐いた瞬間首を横に振り、右手を額に押し付け言葉を殺す。 ざわざわと、周りでは木の葉の擦れる音だけが響いている。 ふうと一つ息を吐き、ゆっくり目を開けゆっくりと顔を上げる。 その瞳の焦点は、定まってはいるが何処を捉えているのかが読めはしない。 先程の政宗の眼差しは、しかし人間の男のそれと云うよりは一頭の龍、青き龍のそれに見えた。 幾ら普通の人間よりも多くの季節を過ごしているとはいえ、少女は人間である。龍に睨まれれば竦みもするだろう。 「 ―――っく。」 そう思ったのか、少女は細かく震える躯を抱きしめ、しかしその頬が弛むのを確かに感じながら、声を漏らし高く笑う。 木の葉のざわめきにその笑い声を溶かし、少女は再び目を閉じた。 日付の変わる宵闇に乗じ、少女は容易く城内へと侵入せしめ、眠る政宗の許へと歩んでいた。 足音を殺し息を殺し、少女は迷う事無く何かに引き寄せられるかの様に。 不意に止まったかと思うと天板を難なく外し、音も無く畳みの上へと舞い降りた。 何時にも増して引き締まった顔で、火縄銃を構える。 そしてその銃口を布団の膨らみに向け、忍び歩く。 息を殺し表情も殺し、まるで影の様に近づいていく。 カチャと、布団に銃口を埋め引き金に掛けた指に力を入れた。 刹那、夜空を厚く覆っていた雲が動き、隠されていた紅い大きな満月がその燃える様な明るい光と共に顔を覗かせる。 「 Hi honey. おやすみのkissにしてはお熱いのをくれるねぇ。」 雲が割れた窓辺から、その闇に溶けていた人影が声と共に浮かび上がる。 少女がゆっくりと首を其方へ向け見やると、紅い大きな満月を背後に据えた寝間着姿の政宗が、窓に腰掛け腕組みをしながら少女を眺めていた。 ジャキと銃口を布団から天井へ一度向け、顔を崩す事無く政宗へと向ける。 何を語る事無く。 「 寡黙は美徳。ってか?」 ハッと一笑し、両手を顔の横まで上げやれやれと首を振る政宗は、能く見れば丸腰である。 昼間振っていた刀は床の間に鎮められている。 気付いた少女は表情その儘に、薄く口を開けた。 「 何時から気付いていた?」 闇夜に溶けてしまいそうな程小さな声は、それでも充分届いていて。 政宗は口角を上げにやと笑い、静かに両手を窓枠へと下ろす。 「 今宵の月は紅いねぇ。 まるで飢えた獣が求める血の様に。―――――Crimson redってヤツか?」 云い終え、さらと揺れた髪の間から覗いた眼は、昼間に垣間見たそれと同じであった。 速る鼓動に、少女は喜びを感じていた。 青き龍。 燃える紅い月を背景に霞ませ、青き龍は少女を見透かす様に嘲うのか。 くつくつと笑いながら、政宗は右手を上げてくるくると廻す。 「 貴様が求めるは乱世か、富か、名誉か、それとも俺の首か。All or nothing . そんなものでは、貴様の乾き そうだろう?と加え、窓枠から腰を浮かせ少女へと近づき腕を伸ばす。 不敵に笑う政宗に、少女は恐怖など抱かずに唯、青き昇り龍のみを見ていた。 向けた銃口その儘に、魅入っていたのかもしれない。自分の立場も忘れ。 政宗はグッと火縄銃を左手で掴み、自身の心の臓の上へと宛がった。 驚いた少女はぴくりと反応するが、顔色は変えず。 「 龍よ、名は何と申す。」 静かに、問う。懸命に龍の眼を見据え。 「 奥州筆頭 伊達政宗。」 一段低い声で紡ぐ。少女の眼を射抜き。 「 だ。」 くっと口角を上げ、少女は名乗る。幾年ぶりに。 満足げに政宗は顔を上げ少女を見下ろす。 「 Ha、I see.詳しい事は如何でも良い。 俺の隣に居ろ。退屈はさせねぇ、その咽喉も潤してやろう。」 そう云って咽喉を鳴らし、右手で少女の咽喉を下から上へと指を滑らせ笑う。 対する少女は唯、頬を緩めて立ち尽くしている。 「 You see?」 紅い月を背にし、政宗は高く笑う。 |