「 聞いて聞いて!実は昨夜、ついに破瓜したのよ。」
「 きゃあっ!やったわね、誰としたのよ?」
「 厨番の権左とよ。」
部屋を出ようとしたの耳に、そんな侍女達の小さくも明るい会話が聞こえた。
きゃあきゃあと上がる黄色い声は静かに離れて行き、鳥の囀りと雪の降り積もる音だけがその場に残った。
「 ……は、か……?」
寒さに白い息を零しながら、は目を大きく瞬かせ首を傾げる。
すらり、手を伸ばし開けた襖から顔を覗かせて見るが2人の姿は既に無く、声も聞こえない。
「 ……先刻の声は確か、セトとミツの筈。……なのに、権左と一緒に墓参り?」
不可思議な言葉を残されたは首を捻り襖をとんと閉める。
「 …………それとも、他の言葉、かしら……?」
稽古着に身を包んだは暫くその場に立ち尽くし、独り()ちると我に返ったように顔を上げた。
「 梵なら解る、かしら。」
未だ少し、眉は寄っているが白い息と共に足を動かす。
小さな窓の外は一面銀世界が広がっていた。



「 梵。」
「 Ah〜?」
白い息を零しながらおはようと微笑み、稽古場に独り向かう政宗に足早に駆け寄れば、欠伸を零した眠たそうな左目と出逢い、暫く後にGood-Morningと返される。
小さく音を上げる廊下。
降り注ぐ白い雪。
しばれる手足。
心地の良い、何時もの冬の朝。
「 ねぇ梵、ひとつ聞きたいことがあるのだけれど。」
「 Say it.」 (言ってみろ。)
わしわしと無作法に髪を掻き上げ、欠伸を噛み殺す政宗はちらりと隣を見下ろし答える。
その横顔を見上げるはひとつ瞬きをし、形の良い唇から白い息を零した。
「 はかって、なぁに?」
ピクリと小さくも大きく反応する政宗の左眉。その見知った反応に瞳を輝かせる
けれども反応とは裏腹に、政宗は一向に一言も言葉を発する気配を見せないで居た。
じっくりと、食い入るようにの顔を穴が開く程凝視する鋭い隻眼。
短くも長い沈黙の後、ひとつ瞬きをした政宗がゆっくりと口を開いた。
「 I beg your pardon?」 (……はぁ?)
「 だから、"はか"って、なに?」
ずずず、どさりと落下する雪。
数度瞬かせた政宗は眉間に強く眉を寄せ、けれど眼を逸らす事無く言葉を吐き出す。
「 ……何処で仕入れてきたんだよ?」
「 セトが、権左と、……はか?したって、ミツに話してるのが聞こえたの。」
「 ……I see.…………Ah-…… 」
政宗は合点がいったと目を細め、思案を巡らせるように言葉を閉じると不意に口角を不敵に上げ、にっこりと満面の笑顔を咲かせた。
「 You should ask Kojuro――否、小十郎にしてもらうと良い。」
「 ……小十郎に、してもらう……?」
「 Oh yah, 手取り足取り教えてもらえ。足腰が立たなくなるまでじっくりたっぷりと時間を掛けてな。」
「 独りじゃ出来ないもの?梵は教えてくれないの?」
「 独りじゃ出来ねぇし、俺も教えられねぇんだ。これは小十郎が適任なんだよ。」
「 ……そう。」
わかったわ、小十郎に訊ねてみる。そう続けるに満面の笑顔を向け、政宗は加えた。
「 ああ、そうだ。訊ねる時は人気の無い所で、こっそりと、耳元で囁くように、な。」
「 ?如何して?」
「 一子相伝の技なんだよ。」
瞳を輝かせるはわかったわと良い返事をした。



「 どうぞ、姫様。」
「 ありがとう、綱元。」
綱元から受け取った手拭いで爽やかな汗を拭う
道場の中央では政宗と小十郎が木刀を合わせており、それを遠くから取り囲むようにぐるりと道場の壁に沿って崩れた稽古着に身を包んだ兵達が屍のように行き倒れていた。
外では雪がしんしんと降り積もっている。
カンカンと乾いた音を響かせぶつかり合う2本の木刀。
もそりのそりと起き上がる兵達。
決着のつかぬ中央の2人。
「 相変わらずね。」
「 流石は筆頭ッス!!」
「 小十郎様もスゲェッス!!」
「 皆も梵を支えてやってね。」
「 当然っスよ!!」
「 筆頭と小十郎様と、姫様の為なら!!!」
微笑むに、目をハートにするヘタレた兵達。
ふむ、と小さく頷くと、片膝を立て壁に凭れ掛かり政宗と小十郎を眺める成実へと顔を向け、は楽しげに口を開いた。
「 時宗丸、私達ももう一度合わせましょう。」



ずずず、どさりと落下する雪。
身体から湯気を燻らせ、長い廊下を歩くと小十郎。
その首には手拭いが下げられている。
穏やかな沈黙。

「 小十郎、悪ィけどと一緒に片付けてくれ。」
「 は…………?」
頷きながらも首を捻る小十郎に、政宗は楽しげにウィンクを送っていた。
そんな主の顔色を伺えば、『何か』を企んでいるのは一目瞭然だ。
けれども、仕える主は己の双子の姉であると2人きりにして一体全体、『何を』させようと企んでいるのか。

3歩先を静かに歩く
政宗に能く似た鳶色の長い髪。けれども女性特有の艶やかさが目立つ長く綺麗な髪。
出来る事ならば、戦場で緋色になど染まって欲しくない髪。
『……よもやこのお方が戦鬼になられるなど、誰が想像つくものか……。』
稽古着を身に纏ってはいるが、静かに歩くその後ろ姿からは隠される事無く気品があふれ出ている。
その華奢な体躯を駆使し緋色に染まった長い髪を風に靡かせているなど、誰が思うだろうか。
花を生け、茶を立て、琴を奏でる姿こそが本来の正しい在り方だ。
その隣で笛を吹く事が出来るならば、これ以上の仕合わせはないだろう。
「 ……小十郎?」
「 ――――は?っ、失礼致しました様!!」
直ぐにお開け致しますと続け、小十郎は心の中で大きくかぶりを振った。
――――――許されざる愚考だ  失礼にも程がある――――――
何時の間にか到着していた武器庫の扉を開け中に入る小十郎はその儘暫しお待ち下さいと告げる。

余り陽の入らぬ其処は昼とて暗く、不慣れな者が侵入すれば必ず何かに捕まるような仕掛けになっていた。
戦や稽古では神懸り的に敏捷な動きを見せるだが、こと普段の生活となると至って普通の姫となる。
否、小十郎の目から見ると少々危なっかしくて見ていられない――とでも言った方がより正しいだろう。
智謀にも優れるなのだが、世間一般の常識といったものには何故か疎かったりもするのだ。
そのギャップが姫様らしくて愛らしいと言ってしまえばその通りなのだが、時々その事が物凄く憎らしく感じてしまう瞬間がある事を小十郎は理解していた。
如何してそう感じてしまうのか、その理由は解らずにいるのだが。
「 小十郎?これは何処に仕舞えば……」
そう、柔らかな音色が聞こえたかと思えばそれ以上に巨大で硬く嫌な音が暗い武器庫に響き渡った。
その音が耳に届くよりも早く、(いかずち)の如く素早く動く一つの影。
耳を塞ぎたくなる乾いた大きな音。
それが鳴り止んだ頃、自分が手に持っていた筈の木刀が前方の地面に散らばっている事には気付いた。
「 あ、え……?」
「 お怪我は御座いませんか、様?俺は申し上げましたよね?入口にてお待ち下さい、と。」
「 しかし」
「 しかしでは御座いません。此処はこういう場所故、様には危険なのです。」
「 …………それは私が愚鈍だと言いたいのですか?」
「 不慣れな者にはという意味で御座います。お怪我は御座いませんか?」
自分が如何いう状況下に居るのか、改めて気付いたは小さくかぶりを振る。
「 ありません。それより小十郎、貴方は?」
「 心配には及びません。片付けて参りますので、少々外でお待ちいただけますか。」
「 ……わかり――あ、いえ、私も致します。」
「 ですから、様。」
深く息を吐き出す小十郎。だがは小十郎の目を見上げ、力強く訴え続ける。
「 小十郎の邪魔はしないから……。」
「 誰もそうは申し上げておりません。」
「 目が物語ってるわ……。」
様のお手を煩わせる訳には参りません。」
さらさらと受け流す小十郎。だが内心は冷や汗ものだ。
もしもが少しでも怪我をすればそれ即ち己の腹を掻っ捌く事と同意。
――否、そんな事など問題では無く、が怪我をするという事が耐えられないのだ。自分が側に控えていながらが傷付くなど、戦場以外ではもっての他だ。戦場ですら肝が冷える思いでいるというのに。
「 お願い小十郎、入れて?」
「 だっ駄目です!!」
珍しく叫んでしまった自分に自分で驚き、ハッと我に返る。
けれど眼下に見えるの表情は微塵も変化が無く、困惑顔ではあるものの、麗しく映る。
「 小十郎のそばを離れないから。……ね?」



つくづく己は伊達の双子に弱いものだと改めて痛感しながら木刀を片付けている小十郎の右隣には、嬉しそうに顔を綻ばせているの姿があった。
激しい葛藤の末、結局は受け入れてしまう自分が酷く憎らしく酷く滑稽に思えた。
けれども。
至福の笑みを零すを眼の端で捉えてしまえば、そんな事は取るに足りない微々たる事なのだとも思える。

「 ――――ねぇ、小十郎。」
「 、は。」
木刀を片付け、さあ退出しようと隣に居るへと向き直れば、酷く真面目な表情にぶつかった。
襟を正すように声を正す小十郎。
じっと真っ直ぐに見据えるように見詰める双眸。
形の良い薄紅色の唇が柔らかく動く。
「 "はか"って、なぁに?」
崩れなく真面目な面差し。
聞き間違いかと思い聞き返す小十郎だが、その願い虚しくは再び同じ言葉を奏でた。
「 だから、"はか"とは如何いう意味なのか聞いてるの。小十郎は知っているのでしょう?」
「 ――……え、え……まぁ…………。」
如何返すべきか。
仕える主(厳密に言えば違うのだが)に対し偽りを申すのは憚られる。
けれども事が事だけに正直にこういう事ですと教えても良いものでも無いだろう。
それにしても、何故、俺に訊ねられるのか。
「 やっぱり!それで、如何いう意味なの?」
幼児のようにはしゃぐを前に、悶々と考え込む小十郎。
伊達家の姫君に、斯様な言葉を教えても良いものなのか?教えた事に因って主である政宗に何がしかの処罰を――其処まで思考を巡らせたところで、ハタと思い止まる。
「 ……様。失礼ですが、どちらでそのお言葉をお聞きになられたのですか?」
これは陰謀か策略か。
腹の底で燻り始めた思いをそっと己の胸の内に秘め、小十郎は努めて冷静に問い質す。
と、は政宗に話した事をもう一度小十郎に同じように説明した。
チッと、短く心の中で舌を打つ小十郎。
だがそんな感情はおくびにも出さず、ポーカーフェイスを保っている。
「 そうですか。……しかし、何故俺にお聞きになられるのですか?」
「 何故って、梵に聞いたら小十郎に教えてもらえって――ううん、小十郎にしてもらうと良いって言われたからよ。」
「 っ政宗様がそのような事を!?」
「 ええ。独りでは出来ない事で、梵は教えられないからって。そうなの?」
「 それは――――――そう、ですね…………。」
これは一体全体、如何いう展開なのか。
土鍋で頭をカチ割られたような衝撃を受けている小十郎は必死に答えを求め出そうとしている。
が、無垢な子供のような顔で訊ねるは、知らぬうちに追撃を放つ。
「 小十郎が適任だから、手取り足取りじっくりたっぷりと時間を掛けて教えてもらうようにって。」
貴方様は何という事を仰いますか。
「 ああそう、足腰が立たなくなるまでとも言ってたわ。相当激しい事なのね?」
政宗様。貴方様は何を如何なさりたいのですか。
黒い思いが渦巻く小十郎は呆然と立ち尽くしながらも必死に冷静さを保とうとしている。
御自分の大切な双子の御姉上様の将来を、一体全体如何なさりたいと仰るのか。
「 小十郎?激しいのよね?」
「 っ激しくなど致しませぬ様を壊してしまいます故っっ!!」
ちょいちょいと袖を引かれ、条件反射で口を吐いた言葉。
言った後で、己の口を吐いた言葉の意味を噛み締め僅かに上気する頬、陥る自己嫌悪。
本心や欲望などでは断じて無いと縋るように何かに誓う。
「 あら、私はちょっとやそっとでは根を上げぬと良く識っているでしょう。」
「 そ、それは、そうですが……。」
意味を知らぬは少々不満気に口を尖らせ、己の知らぬうちに益々小十郎を困らせる。
「 激しいものなのでしょう?」
「 それは、その、何と申しますか………… 」
時には激しいものです。――否、激しく求め合う事が間々あります。
そう言えればどれ程楽か。しかしそんな事は口が裂けても言えはしない。
ごにょごにょごにょと言葉を濁し必死に逃げ道を探す小十郎。じりじりと、何時しかコーナーに追い詰められていた事に気付き更に焦燥に駆られる。
「 ……あら?でも梵は『じっくりたっぷり時間を掛けて』とも言ってたわね。
 "はか"とは長い時間を掛けてするものなのかしら?如何なの小十郎?」
その麗しい唇からそんな言葉など紡いでいただきたくないものだ。
知らぬ内に眉間に深い皺を刻む小十郎はただただ選ぶべき言葉を死に物狂いで探している。
「 左様で御座いますね。時間を掛けた方が御身体への負担も多少は軽減されますでしょうし、何より―― 」
其処まで言い終え、ハッと息と共に言葉を呑んだ。
続く言葉は言うべきでは無い。言ってはならない言葉なのだから。
「 何より、なに?」
瞳を輝かせ続きを待つはまるで親に御伽草子を聞き強請る幼子のように純粋に映る。
例えその質問内容が子供がするようなものではなくとも。
その唇を塞ぎ、欲する答えを与えるのは造作も無い事。
――――――例えばそれが仕える主の掌の上で踊らされている事だとしても。
十中八九、否、九割九部九厘そうなのだろうと解りはするが、さりとてその真意が全くと言って良い程に見えてこないのが恐ろしい。
「 ……いえ。それより、様には未だ少し早いかと思われます。
 それも相手は俺ではなくもっと相応しい方がいらっしゃいますよ。」
「 ええ?未だ早いって、それは私が未熟だという事?それに小十郎は私の相手をしてくれないの?」
「 俺では役者不足です。」
「 なぁにそれ?"はか"とは斯様に相手を重要視するものなの?」
「 いかにも。」
少し逸れたか――幾許かの安堵感を覚え、小十郎は苦笑を零す。


どこでそんな言葉を覚えてきたの?
(お母さんに教えてごらん?)


反対に、今度はが難しい顔を作った。
「 ――――いやよ。」
「 !?」
「 梵も小十郎も教えてくれないなんて厭。一子相伝の技なのでしょう?だったら私は、小十郎でなくちゃ厭よ。」
その言葉がどれ程の破壊力を持つのか、は知らない。知る由も無い。
薄暗い密室で男女2人きりの空間。
小十郎の理性が働いていられるのは何時までだろうか。
「 小十郎、聞いてるの!?」
様、落ち着いて下さいませ!」
「 私は小十郎に"はか"して欲しいのよ!」
「 っ様!!」
その唇を塞ぎ、欲する答えを望み通り激しく与えるのは赤子の手を捻るよりも簡単。だけれども……
「 如何してそんなに嫌がるの?私が相手では不足、不満なのですか!?」
「 っっまさか、滅相も御座いません!!!!」
立場が故に、思うが故に、想うが故に、慕うが故に?




title:狸華様


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For BASARA Harvest Festival 2009様 and you!

……すみません!
遅くなってすみません!そして……
謝る位なら書くなと言うお話ですが、如何しても書きたくなったのですすいません
お下品な内容ですいません。多くは語りません
日常会話ではI beg your pardon?よりもPardon?とかPardon me?とかCome again?を使います
敢えての堅苦しい言い回しです。くどいほどの
時宗丸は成実ちゃんの幼名です

円月輪  04/05/2010