救いようの無い話





腕を掻っ切れば楽になれるんだと思った。

だって今の世の中には、腕を切って腕を切る事に因って心の平穏を得ている人たちが少なからず居るでしょ?

少し前にテレビでそんな特番組んでたじゃない。

だから私も腕を切ってみようと思って、カッターナイフを買った。

前に持っていたカッターナイフを失くしてしまっていたから、丁度良かった。

電気の点いていない暗い部屋に帰って適当にご飯を済ませてお風呂に入って。

ゆったりとした時間に、無造作に突っ込んでいたカッターナイフを鞄から取り出して。

普通皆は、何処で腕を切るんだろうかなて真剣に考えた。

だけどそんなの考えたって判んない。私は今日、初めて腕を切るんだから。

私の親しい人に腕を切ってる人は居ないし。

仕方ないから、買ったカッターナイフが入れられていたビニール袋の口を広げて、其処に要らない新聞を適当に入れて。

一応念の為という事で、カッターナイフの刃に消毒液を吹きかける。

これで準備は万端。

左腕の手首を新聞の上に置いて、右手でカッターナイフを握って。

手首の付け根から10cm位の所を、ゆっくりと、少しだけ力をかけて引いた。

皮が二つに割れて。

その間から。

赤い紅い血の珠がぷくぷくと出てきては腕を伝って重力に逆らわず流れて行った。

ただただ、赤い紅い血の珠が出てくるだけだ。

しかも、痛い。

何これ痛いじゃん。気持ち良くなんかならない。

右手をゆっくり引いてた時は凄く興奮していてあまり感じなかったけど、今、二つに割れた切れ目が凄く痛い。

否、痛いのか熱いのか能く判んない。

あ、でも熱さっていうのも、結局は痛さなんだよね。じゃあ痛いであってるじゃん。

痛い、痛い、痛い。

じんじんと痛い。

それでも赤い紅い血の珠は、少しずつ膨らんでいき流れ落ちる。

全然落ち着かないんですけど、これ。

そりゃまぁ、これくらいの切り口からだったら死に至るような出血はしないだろうけど。

ぷくぷくと膨らんで流れ落ちる赤い紅い血。

それをずっと見ていたら。

なんだか気分が悪くなってきた。

あー、駄目。きっともう無理。

そう思った私は、握っていたカッターナイフを下におろし、ティシューを手に取った。

出てくる血を拭って、腕を抑えて出血を止める。

数分後。

出血量が殆ど無くなった処で、先にカッターナイフを消毒した物で切り口を消毒する。

乾くまでの間暫く、ぼーっと部屋の中を、見る訳でもなく見ていた。

指で触って乾いているのを確かめてから、ガーゼを当てテープで止める。

どす黒く変色した新聞とティシューと、血のついた部分のカッターナイフの刃を折って、ビニール袋へ詰め、ゴミ箱へと捨てた。

未だ左腕はズキズキと脈打っている。

「はぁ、痛い。」

結局私は、腕を掻っ切っても楽にはなれなかった。

痛みが加算されただけだ。阿呆だ、私。

疲れきった顔が、電源の入っていないテレビに映っている。

なんだか、笑えた。

私は立ち上がり、棚の上に置いてある線香に手を伸ばす。

右手でライターを持ち、左手で線香を1本持つ。

火を点けて、線香立てにさした。

藤の甘い香りが、少しずつ拡がって、少しずつこの小さな部屋に満ちていく。

未だ左腕はズキズキと脈打って、痛い。

こんな事して何が楽しいのか。

私はもう2度と、腕は切らないだろう。

だって、痛いもの。