逢いたいよ…今すぐにでも…






人が守れる生命の数は2つ。

自分のものと、あと精々もうひとつ。

何時か何処かで、そんな文句を見た気がする。





聖兄(さとにい)、おはよう。」
「おはよう、凍季也。」


4ヶ月前の夏休み。或る日突然この子はやって来た。
俺の母親とこの子の父親とが姉弟で、つまり俺等は従兄妹と云う事になる。
この子が生まれてすぐ位の時、一度会ってるそうだがそんな記憶はもうない。

何故、今、一つ屋根の下で共に暮らしているかと云うと。
初夏の或る日、この子が事故に遭ってそれまでの記憶を一切失くしてしまったらしい。
それ以前にこの子は両親を亡くしていたので、うちの親が引き取った。とか。
こう聞けば美談かと思うだろうが、うちの両親は単にこの子が受け継いだ、莫大な遺産目当てであって。決して美談なんかじゃない。寧ろソレとは対極に値するものだ。
つくづく大人ってのは、打算計算が好きな生き物なんだと思う。

そんなこんなで、歳が近い(と云っても7つは離れてるケド)という理由だけで身の周りの世話とかを任された俺は現在、『聖兄』と呼ばれるまで親しくなった。
なんかもう、従兄妹と云うよりも、『すりこみ』に近い気がするのは俺だけか?
記憶を失ってるせいか、それとも元からなのか、酷く素直な性格で。可愛いと云えば、可愛い。
そういや、うちに来る前は母さんの妹が一度引き取ったとか如何とか云ってたか。
大人の都合で振り回されるのは、いつだって子供なんだよな。


そんな事を考えていると、いつの間にか眼の前に朝食が並べられていた。
この子――凍季也――を見ると目が合って、にっこりと微笑んでいた。

「ありがとう。凍季也は将来良いお嫁さんになるね。」

なんて言葉が口をついて出た。
すると眼の前の、未だ未だ幼さの残る少女は頬を少し紅く染めてはにかむ。そんな事ないよ、と。
思春期の少女特有の笑顔。そりゃまぁ中1なんだからそうなんだけど。
でも、屈託が無くて可愛い。ついつい目を細めて、此方まで微笑んでしまう。

これはなんと云うかもう、父親の域の気持ちか?
いやいや、俺未だ20だし、独身だし。そんな領域には足を踏み入れたくないんだけど。


「聖兄。」

食べ終わった頃、凍季也に呼ばれた。

「なに?」
「うん、あのね。」
と、俺の食べ終えた食器を片す手を止め、云い辛そうに言葉を詰まらせる。

「どうしたの?」

そんな遠慮した姿が、いじらしく思える。
まるで子供が父親に何かをねだろうとしている様な……って、だから俺は父親じゃないってば。

未だ。


「うん、その……。
 き、今日は予定とかありますか?」


何故そこで敬語ですか。

と云うか。
そんな事を聞くのに、其処まで躊躇わなくても。其処まで遠慮しなくても。
いじらしいと云うか、なんと云うか、可愛い。
日増しに、そう強く思う。

「特になにも無いよ。」
俺がそう云うと一気に顔をぱあっと明るくして、本当に嬉しそうに笑う。
そんな凍季也を見て、俺も亦、笑う。

「本当に?」
「勿論。嘘付いたって仕方無いだろ?
 今日は一日、お姫様にお付き合い致しますよ。」

凍季也の手を取って、目を合わせて、頬が緩んでいくのが判るけど、そんな事は問題じゃない。

「ありがとう、聖兄!大好き!」
「うわっっとと……。」
子猫の様に飛びついてじゃれてくる。

本当に、如何してこれくらいの事でこんなにも喜んでくれるのか、この子は。
それとも俺もこの歳の頃は、こんなに素直でいたのかな。
なんて、ガラにも無く一瞬考えてしまった。何考えてんだ俺。

「それで?何処か行きたい所とか、あるの?」
抱きついたままの凍季也の髪を撫でながら聞く俺に、あのねと微笑みながら続ける。
「買い物に、行きたくて。
 丁度マフラー探しててね?一昨日、良いなと思うものを見つけたの!」
キラキラと輝く瞳で俺を見つめながら、嬉しそうに声高く凍季也は云う。

そんな姿を見て、ああ、可愛いなと思える俺は、やっぱり父親の領域に足を突っ込んでいるのだろうか。
まぁ、でも。
そんな事如何でも良いよと思える程の眩しい笑顔を見れば、やはり自然と此方も笑顔になる訳で。

「了解。
 それじゃ、出掛ける準備しようか。」
「うん!
 ありがとう聖兄!」
一際大きな笑顔で返事をして、凍季也は自室へと戻って行く。

さて。
俺も準備しますか。

「ジリリリリリリリリン」
あ、電話。

「はい、杉本です。」
『西野と云いますが、あの、千聖くん……?』

「……西野?どうした?」

彼女からの電話だった。
おかしいな。今日は会う約束してないのに。

『あの、急にごめんね?
 今、大丈夫?』
「え……あ、ああ、まぁ……。」
なんて。
本当は大丈夫でも無いけど、まぁ、彼女だしね。

『今日、約束してなかったけど、今から逢えないかな?』


彼女からの言葉は、とても意外なものだった。
「え……?」
そしてすぐには、ソレが理解出来なかった。
急に会えないかなんて、付き合って半年程経つけど、初めての事だったから。

「急に――」
『急にごめんね?でも――……どうしても、その……。』
と、少し沈黙が残った。
「……西野――」
『千聖くん。逢いたいよ……今すぐにでも……。」
泣いている様にか細い声で、そう耳に届いた。
「にし――」
「聖兄……?」

不意に声を掛けられ、驚きながら振り返ると其処には、出掛ける準備万端の凍季也が俺を見ていた。

「凍季也……。」
声にならない声で、そう、呟いた。

『千聖くん、聞いてる?今から逢えない?」
尚も受話器の向こうからは、彼女――西野――の声がする。

どうしよう。
どうするべきだろうか。

先に約束をしたのは、凍季也だ。
しかし西野は彼女であって。

「彼女さんからの電話?」
そんな事を考えていると、凍季也が話しかけてきた。
黙ったまま頷く俺を見て、にっこりと笑って。

「そっか。それじゃ、仕方無い、ね。
 聖兄、彼女さん大切にしなきゃ。
 私なら一人でも大丈夫だし。ね?」

こんな事を云った。

ああ、何をしているんだ、俺は。
凍季也に、こんな顔させて。
こんな、今にも泣き出しそうな。


「――もしもし、西野?」
そんな凍季也から目が離せなくて。
「悪いんだけど、今日は無理なんだ。先約があって。」
目を、離しちゃいけないと思って。
「だから、今日は会えない。」
彼女にそう、断りの言葉を伝えていた。

『え……なんで?どうして?
 今すぐ逢いたいって、千聖くん、私――』
「ごめん。
 もう時間無いから切るな。
 じゃあ……。」
カチャンと機械的な音を立てて、俺は受話器を下ろした。

彼女からの返事も聞かず。彼女の声も聞かず。


「……聖兄、良かったの?大丈夫なの?」
案の定、凍季也は心配そうな顔を俺に寄越す。
けど。
「良いも何も、凍季也との約束の方が先にしてた訳だし。
 それに今日は、一日付き合うって云ったろ?」
ふと笑って。
「でも……。」
「大丈夫だよ。」
ぽんと、頭を撫でた。

「……うん、うん。
 まぁ、聖兄がそう云うなら……私は嬉しいし。」
「ん、それじゃ決まり。
 先に玄関まで行ってて。すぐに行くから。」
もう一度にこりと笑って、頭を撫でた。
凍季也は未だ少し納得していない様だったけど、判ったと云って玄関へと歩いて行った。


「……大丈夫だから。」
ポツリと口をついて出てきた言葉は、力無くとも俺の本心。
きみを一人に――独りにさせる方が、よっぽど怖いと何故だか思えたから。






人が守れる生命の数は2つ。

究極の選択を迫られても、俺は迷わず答えを出せる。

自分のものとあとひとつ。

この先きっと、きみが心の底から笑ってくれる日がくるまで、その答えは変わらないだろう。

きみは、きみの事は。俺がきっと守るから。

きみを泣かせる総てのモノは、俺が壊してでも阻むから。

だから、笑っていて欲しい。

せめて俺の隣に居る間は、本当の笑顔で。






















設定


聖兄=杉本 千聖
さとにい/すぎもと ちさと
三月の従兄妹。7つ上でこの時は大学生。
ケントワンのロングサイズを吸います。

凍季也=三月 凍季也
云わずと知れた以下略。
この時中1。
杉本家にご厄介になってます。




杉本先生は友達が作っちゃったキャラで。
でもヴィジュアルがとても好みだったのでそのまま本編でも色々と使わせて貰ってます。
三月の従兄妹と云う、なんとも美味しいポジション。
因みに、夕樹の学校の保健医でもあります。わぁ。
で、この後彼女とですが、勿論別れてます。
『私とその従兄妹とどっちが大事なのよ!?』
と彼女に聞かれ、即答で凍季也だと答えたから。
いつからか、杉本先生の付き合いが悪くなったと感じた彼女さんが、こう、ね。
ありがちな展開希望。
本当にこの人、色々と美味しい役掻っ攫っていっちゃいますよ。いつの間にやら。











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