寒くない?






そろそろ初雪が降り出しそうな冷たい空気を含んだ空模様。
そんな冬のとある午後。
「杉本センセー、指切っちゃったー!」
痛々しく叫ぶ声と共に冷気を纏った風が、放たれたドアから暖かな部屋へと滑り込む。
声の主は左手を押さえながら僅かに涙を湛え、ドアの前に立つ。
「中三にもなって、何をすれば指なんて切るの。」
やれやれと溜め息を吐き出しながら重い腰を上げる白衣を着た青年は、ドアの前に立つ少女を中へと招き入れ、白い息を溢しながら冷気に身を震わせカラカラとドアを閉める。
ここはとある中学校の保健室。
青年は斜めを見つめるようなアンニュイさが女生徒達の間でだけでなく男子生徒の間でも定評のある、保険医の杉本千聖。
色素の薄い髪が大きな窓から入り込む冬の午後の日差しに輝いている。
少女はこの中学校に在籍する3年の諸星夕樹。肩下までのロングヘアを高くひとつに結い上げた活発な少女だ。
が、今現在は目にうっすらと涙を浮かべ、血が止まらない〜と左手を強く押さえている。
「センセ〜、助けてぇ……。」
軽いパニックを起こしているのか、夕樹は杉本に縋るように訴える。
「判ったから、取り敢えずこっち来て手を離しなさい。傷の深さを見るから。」
「いやああああっ!血がっ血がああっっっっ!!!!」
「ああもう落ち着きなさい。一体何をしてて切ったのさ。」
溜め息を吐くと共に夕樹を引き寄せ傷口を強く押し付けている右手を無理矢理引き離すと、狂ったような叫び声が上がった。
顔面蒼白となった夕樹は今にも卒倒しそうな勢いではあるが、バタバタと足を動かし最後の抗いに似た無駄な動きをする。も、易々と杉本に封じられてしまうのである。


「はい、お仕舞い。」
「……ありがと。」
処置をし終え、杉本は救急セットを仕舞う。
「叫ぶほどの傷じゃなかったよ。」
「ぱっパニクッちゃったのよ、血が止まらなかったから!!」
焦ったように返す夕樹の言葉はいささか早口になっている。
はいはいと笑いながら振り向く杉本の目には、蒼白いそれだが頬が紅くなっている夕樹の顔が飛び込んだ。
それを見て亦、くすりと一人笑いをもらす。
「なっ、笑うなんて失礼じゃない!?」
遠慮せずに自分に笑顔を向ける杉本に、夕樹は喰いかかる。
けれど笑う事を止めぬ杉本は、ごめんごめんと平謝りを寄越すのみで。
「いやぁ、諸星がこういうのに弱いとは思いもしなかったからさ。」
仕舞いにはこんな言葉を悪びれる素振りも無く寄越した。
その態度が癪に障ったのか言葉が胸に突き刺さったのか、夕樹は勢い良く椅子から立ち上がる。
「どうした、俺を殴るか?」
「冗談!手当ても終わった事なので教室に戻ります。失礼しました!」
「なんだよ随分な――……あ、ひとつ聞きたい事があるんだけど。」
教室に戻る為にドアに手を掛けると、ああそうだと杉本が思い出したように話しかける。
その言葉にどうしようかと一瞬迷ったものの、くるりと振り返り腰に右手を当てながら答える。
「なによ。」
「そんなにスカート短くして寒くないの?」
「……はい?」
あまりにもあっけらかんと、今までとは何の脈絡も無い質問をされたものだから、暫し頭が動かなかった。少しの間を於いて、それでも返す事が出来たのはパードゥンミーという意味合いのもので。
「今なんて云ったの?」
お約束通り、聞き返してしまう。
見つめる先にはだからと、ストーブのそばに立ちながら此方を見ている杉本保健医。
「だから、そんなに足出して寒くないの?って。」
「変態?」
「誰が。」
「アンタだアンタ。」
「教師に向かってアンタは無いでしょ。」
ついつい、冷静に切り返してしまう。
確かに夕樹の穿いているスカートの丈は短い。
が、その事を教師とは云え男である杉本が直球で訊ねるのはいささか不躾ではなかろうか。受け取りようによっては、『セクハラ』発言だとも取れる。
けれど、訊ねる杉本の眼はいやらしいそれでは無く、純粋にひとつの疑問としてのそれなのだと見て判る。
夏場なら未だ判らない事も無いんだけどねぇと続ける杉本は、夕樹の思考お構い無しにコーヒーを入れ始めた。

「……寒いわよ。」
何を考えているのだこの男はと心の中で悪態をつきながらも、溜め息をひとつ溢して答える。
それを聞いた杉本は、寒いなら長くすれば良いだろうと正論を返す。けれど。
「寒いからって長くすると野暮ったいでしょ!」
「野暮ったいって……。」
「ダサいじゃない。それなら私は寒さを取るわよ。
 そんな事より、そんな変態チックな質問、他の子にはしない事ね、杉本センセ。
 それじゃ失礼しました!」
あかんべをして夕樹はパシンとドアを閉めて出て行った。
云いたい放題云われた杉本はと云えば、しばし放心状態で閉められたドアを見つめていたが、ふと我に返りくすりと笑う。

「凍季也とは全然違う事を云うんだな。」






















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とある中学校としているのは
唯単に中学校の名前を度忘れしてしまったからです。
確か厚なんとかって感じだったと思われます。











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