夢は夢、現実は現実






  君は……誰や?

     なんで俺の前に現れたん?

俺を……どうしたいの――?




秋の訪れを感じ始める8月下旬、お前は幾度目か、俺の前に現れた。
それ以前に数度、顔を合わせて会話をした事は有る。けども、なんとなく合わん様な気がした。子供ながらに、『なんか合わん』て感じてた。
それは多分、お前もやと思うねんけど。
せやけど今回は、そうも云うてられんみたいやねんな。
家の事情でうちで一緒に住む事になって。
それにしても。
前に会った時よりも、笑わんようなってんのはやっぱり、あの事が原因なん?
元々、笑った顔なんて数えるくらいしか見たこと無いけど。
せやけど、一緒に暮らしていくねんから、何時も何時もそんな仏頂面してんなや。
此処がもう、お前の家なんやから――。

お前が此処に着て、幾つかの季節が過ぎて、初めて笑った時から、俺、お前の事好きになったみたいや。
と云うか、笑わそう思て必死になってた時から好きやったんかも知れん。
初めて会った時、豪い無愛想な奴やと思って、なんや気になってたけど、もしかしたらその時から好きになってたんかも知れん。
なんかまぁ判らんけど、兎も角、お前の事好きになってん。
お前が喜んでくれるんやったら何でもするし、お前が悲しむ様な事は俺が全部摘み取ったる。
どんな事があっても。それくらいの覚悟はあるねん。ホンマに。
お前は、気付いてへんやろうけど。

それから、お前が此処に着てから5回目の秋。
忽然と、俺の前から居らんようになったな。
突然すぎて、あまりにも。
そして、俺は幼過ぎて。
お前を引き止めておく術を俺は持ってなかったし知らんかった。
その憤りを何処にぶつけたらええんか判らんくて……俺は父親とぶつかった。
お前をみすみす、手放した事も許せんかったんや。
『大人の事情』でそうせなあかんかったと、今なら判るかもしれんけど、その時は幼過ぎて判らんかった。
今は少し、その事について悔やんでる……かもしれん。
それよりもその時は、ホンマに衝撃的過ぎて、暫く何もする気になれへんかった。
唯、毎日を塗り潰していく様に過ごして、正直生きた心地せんかった。

それから……。
その次の夏の始まり頃。
偶々、お前にそっくりな子、見つけてん。
顔も背丈もそっくりで。でも名前は違ったから多分お前やなかったんやろうな。
今となってはもう、確かめようが無いけど。
それでも、お前とは別人やと思いながらも、やっぱり気になってしまうもんやから。
少しずつ構ってったら、やっぱり、お前とは何処か違って。でも、何処かお前を思い出させんねん。
その子と良い雰囲気になっても、お前への想いが咎めて、その気にはなれんかった。
でもその子が、お前の顔で、お前の声で、お前の言葉で泣くねん。
俺は、どうしたらええの?
お前が俺の前に居らんで、その子が俺の前に居っても、お前への想いが未だ消えへんから、俺の中から消え去らへんから、その子には何もしてやられへんやん。
お前が今も俺の中から消えへんから。弱まらへんから。色褪せんとずっと居り続けるから。
それでもお前にそっくりな子が、その顔で、その声で、その言葉で俺を引き止めようとすんねん。
俺はどうしたらええの?

君は誰や?――アイツやないんやろ?

なんで俺の前に現れたん?――未だ更に俺の傷口抉るつもり?

俺を、どうしたいの?――その容姿で俺を繋ぎ止めるん?

お前やないのに、お前の幻影に縋られてるみたいで……なんも出来ひんようになるやん。
俺はどうしたら……お前は今、何処に居んの?
何処に居るかも判らんようなお前に想いを寄せるよりも、こうして俺を慕ってくれるこの子を大切に想う方が……ええんか?

正直俺ももう、よう判らん。
お前への気持ちが、この子を前にすると消えてしまいそうで、そんな自分が亦凄く厭やけど、中途半端なんはもっと厭や。
そういう事思ってたら、亦その子も俺の前から居らんようになって……。
これ以上、俺に同じ傷つけて、お前ら如何するつもりなん!?
――なんて云ってみても、八つ当たり以外のなんでもないよな―……。


「翔!大丈夫!?」

ふいに、誰かに呼び起こされたと思ったら、お前やったんか……。

「翔、大丈夫……?」

同じ言葉繰り返しながら、俺の顔覗き込んでんのは、間違いなくお前やんな――?

「……三月………か……?」
そう云って手伸ばして、届かんかったら俺ももう泣くで。

「そうだよ!……苦しそうにしてたけど、翔、大丈夫?」

心配そうな顔して、俺の手を優しく握り返して、その名前で呼び起こしてくれんのは、間違いなくお前やんな。

「……良かった……。」

安心したら、急に涙出てきてしもた。こんな顔見せられへんやん。
「ちょっ……翔!!?」
抱き寄せて、なんとか顔見られへんようにしてみてんけど。どう?
「なに……どしたの翔……?」

なんか、不安げな声やな……。

「夢見ててん……ずっと、昔の事とか……。」
きつく、抱きしめてもいい?
「それで亦……お前が俺の前から居らんようになるんちゃうかとか……思えて……。」
心も躯も震えだしそう。

「……何云ってんの。僕ならこうしてちゃんと此処に居るだろ?
 夢は夢、現実は現実。過去は過去、現在は現在。ちゃんと見極めてよ。
 それにもう、僕は何処にも行き様がないんだよ……。」


  夢は夢、現実は現実。

  過去は過去、現在は現在。

  でも、過去は夢やないやろ……?


「此処に居るから、安心して寝てろ。」

優しい声が、ずっと頭ン中響いてる―――





















設定:

語り部=翔=諸星 翔也
過去の事とか色々思い出して痛くなってる。
なんかちょっと色々複雑。父親とうまくいってない。

お前=三月 凍季也
突然、人の前から居なくなる奴。車に轢かれてさ、記憶無くなってさ。

あの子=駿河 上総
まぁ、名前とか全然出てきてないけどね。スルガ カズサと読みます。
三月にそっくり。らしいよ。










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