帰り道
「 ユウ、ユウー、ユウー。」
「 …………。」
「 ねぇ、ユウー。」
黒の教団、エクソシストの団服を翻し、一組の男女が街を歩いて行く。
丁度昼時という事も手伝い、大きな街は一層賑やかに活気づいている。
そんな中。
ユウと呼ばれる男性――神田ユウ――はそのエクソシスト独特の黒いロングコートをなびかせ、整った顔その儘に歩いている。
その後ろを、神田の長く綺麗な髪を、高く一つに結われた長く綺麗な髪の先を掴みながら早足で追いかけているのは、同じエクソシストの。
別に神田が取り分け早く歩いている訳ではないが、神田との身長差を考えればまぁそうなるだろう。
は、リナリーと同じくとても短い丈のワンピース型の団服を着用している。若干、デザインは異なるが。
まぁ、それは置いといて。
は神田の、苗字ではなく名前を連呼し、髪の毛を弄りながらその後ろを可愛らしく追っている。
腰に、型の自身のイノセンスを差し。
「 ユウってば、聞いてる?ねぇ、聞こえてる?
わざと返事してないの?パーフェクトスルーですか?」
髪をぐいぐい引っ張って云ってみるも、神田は返事をするどころか振り返りもせず、一人無言の儘歩いて行く。
風にその綺麗な髪を揺らしながら。
痛いのか、時折ぴくりと片眉を動かす事はあるものの、その口は重く閉ざされている。
「 ユウー、私お腹空いたー。
任務も済んだ事だしご飯食べていこうよ。ほらー、色々お店もあるしさぁ。」
ほら、美味しそう!あれあれ、良い匂いがする〜!
等、きょろりきょろりと左右に連なる料理店を見ては眉を寄せて神田の髪を揺らす。
「 あのな。」
と、不意に盛大な溜め息をついた後、神田はその重い口を開いた。
「 俺達は任務で来てるんだ、遊びに来てんじゃねぇ。
任務が終わればこんな所に用はねぇ。さっさと帰んぞ。」
歩くその足を止めず、振り返りもせず神田は不機嫌に云い放つ。
髪を、にブンブンと左右に大きく揺らされながら。
そのの行動に対して、そう云えば神田は何も云わない。
普通ならば、髪を他人に触られただけでも鬼の形相で怒りだしそうなものの。
しかし何も云わないという事は、つまり、そう、この2人はそういう事で。
「 少し位良いじゃなーい。
食べてかえるだけ、ね?どうせどっちみち何処かで食べなきゃいけないんだからさ。」
云ってのけ。
くん、と神田の髪を自分へと引っ張る。
そして。
その細く綺麗にくびれた神田の腰へとダイヴを決め込んだのだ。
うわ、と反動で崩れる身体をぐっと力み支えて、神田は踏ん張る。
「 なにしてんだ。」
「 ねー良いでしょ?食べてから帰ろうよ。」
「 離れろ。」
「 食べてかえろ?」
自由になった髪を揺らし神田は少し首を動かす。
自分のへその上辺りにあるの手を右手で叩き、にゅうと覗く頭を左手で押し返しつつ、突っ撥ねる声音で冷たくあしらう。
それでもと、懸命には言葉を続ける。
べったりと神田の身体にひっつき。
お忘れかもしれないが、此処は街中である。
しかも相当に大きな街で、昼時という事で結構に賑わっている。
当然2人の周りにも、街を行き交う人々は勿論居る訳で。
白昼堂々、しかもこんなに賑わう街中で抱きつく2人に、視線を送るなという方が酷であろう。人々は其々に2人を見やっている。
そんな人々を神田は例の如く鬼の様に睨み付け、蹴散らしているのだが。
なんと無用な行為であろうか。
「 おい、さっさと離れろ。」
「 ご飯食べてかえって良いなら離れる。それ以外なら離れない。寧ろもっとくっつくー。」
「 。」
「 ユウ、ご飯。」
「 好い加減にしろよ。」
「 お腹空いたーあ。」
「 !」
「 ユウを好きだからユウと一緒に食べたいの。云わせないでよ。」
ぷうと薄紅色の頬を膨らませ、は俯いてしまった。
抱きつく腕に若干の力を込め。
そんな事を云われてしまえば。そんな事を云わせてしまえば。
ともすれば神田は―――否、神田もの事が好きなのだから、そんな事を云われてしまえば返す言葉は限られてしまい。
何だかんだと云っても、神田はの事が好きで、には弱いのだから。
好きな女に其処まで云わせてしまえば、男ならば退けないだろう。
「 ……はぁ。」
しばしの後、神田はわざとらしく盛大な溜め息をつき目を伏せる。
「 判ったよ。食ってかえりゃ良いんだろ。
その代わり、食ったらすぐに帰んぞ。」
頭に押し付けたままの手を、その儘ぐしゃぐしゃとの髪を掻き回し神田は云う。
伏せた目も、面倒臭そうに開くその口も、それでもとても嬉しそうで。
ほころぶ感情を必死に噛み殺そうとしているのがなんとも可愛いではないか。
「 本当!?」
ぱっと顔を上げ、明るく笑みを咲かせは声を上げる。
神田より身体を離し、瞳を輝かせ。
その顔は本当に嬉しそうで、満面の笑みが絶えない。
「 ああ。」
「 ありがとうユウ。大好き!」
振り返り、自分を不貞腐れた、それでも嬉しそうな顔で見下ろす神田には感謝の言葉を送りそれと共に抱きつく。
溢れんばかりの笑顔をそえて。
ふわと自身に無防備に抱きつくに、神田は困った様にそれでも頬を紅く染め上げ口を割る。
「 !」
「 コムイには内緒ね。」
一度きつくぎゅっと抱きしめ、は神田の手を取りタッと歩き出す。
口の前に指を一本立てにっと不敵に笑いながら。
無邪気なその様に、観念したようにふっと柔らかに笑い、神田も止めた足を再び動かし始める。
繋いだ手を離す事無く、2人は歩き出す。
一緒に、ご飯を食べるため。