灼熱の砂の町





「 神田。ねぇ神――っ!?」
「 今は神田じゃねぇだろ。」
「 ……でも、今任務中。」
「 周りに誰か居るか?」

いつかどこかの砂の町。任務中のと神田は町の一角を曲がった。

「 ……居ない、けど……。」

振り返り神田の名を呼ぶと、右の袖を引っ張られ立ち止まった。どうしたのかと顔を上げると猫のように切れた強い眸とぶつかる。
相手が何を云いたいのか判っている。けれど今は任務中。公私混同を嫌っているのは寧ろ神田の方では無いのか。そう思いながらもは自分を真っ直ぐに見下ろし掴んだ袖を放そうとはしない神田の強い眸を、鼓動が速まるのを抑えつつ見つめ返す。

言葉が続かない。
気恥ずかしさと、呼んだ途端この場にラビとアレンが現われやしないかというもどかしさの狭間で揺れ動くのは、腐っても乙女心。
それでもと、無言の重圧を掛け続ける神田に打ち克つ術を、は生憎と持ち合わせてはいなかった。

「 ゆ……ユウ………。」
「 なんだ。」

名を呼べば、神田はいつもの一本調子で返してくるから、何故かこちらの顔が熱を帯びてしまう。
いつだったか、2人きりの時はこう呼べと云い出したのは神田からで。そう神田から申しだされた時は凄く嬉しくて、想いが通じたのだと舞い上がったものだった。いつかそう呼んでみたいと密かに想い続けていた気持ち。何度夢の中でその名を呼んだ事か。
けれどいざ、そうなるとなかなかに気恥ずかしいものが含まれ、呼称変更がこんなにも熱を帯び思考が弾けそうになるものだとは考えもしなかったものだ。

「 ……なんでお前が照れてんだよ。」
「 だ、だって……。」
「 それともは俺の事そう呼ぶのは嫌なのか?」
「 っ!?」

うつむくに止めを刺すように、神田はの名を呼ぶ。
それに反応を示さない訳も無く、は耳まで真っ赤にして黙り込んでしまった。
普段滅多に人の名を呼ばない、呼んでも苗字呼びの神田がと名前で呼ぶのは何度目だったか。呼ばれるたびに心臓が大きく脈打って、全身の血管が太く熱くなるのを感じていた。
云われて反射的に顔を上げれば、意地悪く笑う神田の顔が近くて、顔どころか体全身が熱を帯び上気してしまう。

「 どうなんだよ。」
その反応を見て更ににいと口角を上げ笑う神田は、いつの間にかしっかりとの右手を握っている。
「 どうって、判ってるくせに……云わせないでよ。」
「 判んねぇから聞いてんだろ。」
「 ……ずるい。」
「 ずるくねぇ。」
「 ずるい。」
「 ずるくねぇ。」

うつむけば、更に近づく神田の声。
柔らかな吐息が前髪を揺らし、悪戯な声がほんの直ぐ傍で降り注がれる。身動きをとろうにも極度の緊張からか四肢を上手く操れない。
抜け出したい、けれど抜け出せない抜け出したくはないような、むず痒くも心地の良い場所。


「 どうなんだよ。」
「 ……神田は、呼ばれて嫌じゃないの?」
「 愚問だな。それに神田じゃねぇだろ。」
「 じゃあ私の事って名前で呼ぶのに抵抗は?」
「 ねぇよ。」

そこまで聞いて、背中に砂の壁がいつの間にか当たっている事に気付く。

「 ある訳ねぇだろ。」

息遣いが耳の直ぐ傍で聞こえる。
耳を覆っていた筈の髪は神田の手によって乱暴に耳にかけられ、曝け出された耳は自然の風に晒される事無く神田の体温と低い声を、くすぐったい吐息に乗せて運んでくるばかり。
まるでそれは、脳を溶かす蟻地獄のようで。

「 ……ず、ずるい!」
「 ずるくねぇよ。」

嵌ってはいけないと、頭を振り声を絞り出す。
けれどその絞り出した声が震えていたのか神田は嬉しそうに笑うばかりで、その距離をとろうとはしてくれない。


「 放してよ、任務中でしょ!」
「 知るか、俺の質問に答えろ。」
「 ほら、ラビとアレンが来ちゃうよ!?」
「 だからなんだ。っつーかなんでモヤシはさらっと名前で呼んでんだよ。」
「 っ!だっ……もう、良いでしょ放してよ!!」


いつかどこかの砂の町。
任務中の神田は、町の一角でを抱きしめていた。