「 ちゃんは孟起の事、嫌い?」
珍しく様にお昼をお誘いいただいたと思えば、突然なんなのですか。
星彩様や月英様でもあるまいし、意外過ぎて言葉が出ない。
「 ちゃん?おかず落ちたわよ?」
「 ……え?え、ああ……!」
膝の上にポトリとシミ。
「 申し訳御座いません!!」
「 いいのよ、それより大丈夫?はい、お手拭き。」
微笑みを添えて差し出された小さな手。
何故か懐かしさを覚えるその微笑み、小さな手。きっとそれを守りたいからと子龍様も黄忠殿もお思いになられたのだろう。
初めてお会いした時、私の心のどこかでそう思った。
だからより近くでお守り出来るようにと、子龍様の下に仕官した。
なのに。
「 嫌い?」
様の事、お慕いしておりますよ。子龍様の事も、尊敬しております。
「 孟起の事……」
なのに、嗚呼。
そんなお顔、なさらないで下さいませ。
チクチクと痛みます。
「 ……将軍としては、一目置いておりますが。」
「 そうじゃなくて、それも大切だけど〜!」
「 様、御髪に糸屑がついております。」
「 へ?あ、ありがとう。」
私は様をお守り出来れば、それだけを思っております。
様が微笑んで下さるのなら、この命すら惜しまぬ覚悟です。
様が悲しみの涙をお流しにならずに済むのであれば、子龍様とも取って代わる事になんの躊躇いも御座いません。
けれど。
「 ちゃんは孟起の話になると、顔が険しくなるわね。」
「 っ!?」
「 まるで子龍やおじいさまみたい。」
「 お、恐れ多く御座います……。」
子龍様と黄忠殿のお話をされる時、様はとてもお優しいお顔をされる。
まるで幼子のような、無垢な笑顔。その笑顔を守りたい。守りたいが為に、私は此処に居る。
それだけで充分なのに。
「 孟起の事、嫌い?良い人よ?」
その麗しいお顔から、その愛らしいお口からその下衆の名前をお溢しにならないで下さいませ。
「 ……将軍」
「 うん、将としても立派よね――ちょっと馬に傾倒してるけど。
でもそうじゃなくて、一人の人間としては、どう?」
どうって。
お断りだろあんな男。
どう考えたって断固として拒否でしょあんな男。
視界に入った瞬間氷漬けにしてやりたいくらいよ。
「 否、で御座います。」
「 ちゃん!」
苦笑い。
「 子龍様の奥方様であらせられる様のむ――――……お、お胸を、その……」
「 そうね、ちゃんと孟起の出遭いはそうだったわね。」
顔を伏せほんのりと染まった頬には、怒りの色が見え隠れしている。
そんなの心中を察したは肩と影を落とす。
ごめんね、嫌な思いさせちゃって。いえそんなとんでもない事で御座います、様をお守り出来たのですから。
と、互いを労いあう。
「 やっぱり駄目よね、そういう気持ちはなかなか変わらないわよね。」
苦くも優しく笑むに、申し訳無さげに首を垂れるは、ふと何かに気付いた。
それは本当に小さな小さな音とも取れない音。
しかしその機微に逸早く気付くや否や、機敏に顔を上げ辺りを見渡す。
と、遠くの方からやはり音が響き聞こえてくる。
「 ぅぉおおー!!!」
「 ばっ馬超殿お待ち下さい!趙雲殿からには近づかぬようにと――」
「 知らんっ!そんな約束はしておらん!!」
「 馬超殿!!?」
轟音を引き連れ土煙を上げながら迫ってくるなにか。
「 っあの馬鹿、性懲りも無く……!」
「 え?」
箸を置き、羽扇を取り出す。その顔は最早将のそれである。
を庇うように、その身を挺す。
昇格?降格?
「 ぅぅうおおぉぉおおーーー!!!って、!?」
「 、逃げて――って殿!?」
「 孟起?それに伯約も!?ど、どうしたの……?」
「 伯約様、ご無沙汰しております。」
「 え、ええ、こちらこそ。」
「 !お前に逢いに来たぞおっ!!」
「 馬超殿、そんな抜け抜けと……に逢いに来たのでしょうが」
「 五月蝿い!!」
「 げふっ!」
「 伯約!?ちょっと孟起なんて事するのよ!」
「 い、いや、姜維が余計な事を云うからだな……」
「 ご無事ですか伯約様?」
「 ええ、なんとか大丈夫です。ありがとう、殿。」
「 お、俺を無視するなー!!」
「 煩い下衆が。」
「 殿!?」
「 ちゃん!?下衆だなんてそんな汚い言葉……」
「 さ、これで静かになりましたね、様、伯約様。
そろそろ参りましょうか。」
「 ……そ、そうね?」
「 そうですね……。」
うららかな午後。
一面に広がる青空の下には、氷漬けにされた馬超が独り、草原に取り残されていた。
「 ……やっと、やっと俺の目を見つめてくれた!俺を見てくれた!俺に話しかけてくれた!!
畜生、俺は愛されてんだな〜参るぜ!
……しかし、趙雲は上司だから判るとして、何であの姜維まで字呼びなんだ!?納得いかん!」