たった一言 されど一言
「 はい、それじゃあ確かに受け取りました。
おつかれさま、ゆっくり休んでね。」
「 ああ。」
「 はい。それじゃあ、部屋に戻りますね。」
「 うん、じゃあ休ませて貰うよ。
みんなも、無理はしないでね。」
「 おーう。」
「 おつかれー。」
「 オツカレサーン。」
「 おつかれさまぁ。」
「 おかえり、神田、アレン君、。次の任務まで、ゆっくり躯休めてね。」
「 た、ただいま……。」
「 ……ああ。」
「 おつかれさまでーす。
ただいま、リナリー。休ませて貰うよ、ゆっくりと。」
エクソシストの総本部『黒の教団』
私が今エクソシストとして籍を置き、日夜身を粉にして働いている処。
エクソシストになって、もう3年が過ぎた。
今話していたのは科学班の人達と室長と、エクソシストで室長助手のリナリー。
数分前にイノセンス回収の任から教団へと帰ってきたばかり。
今回はちょっと、いつにも増してハードな任だった。……ような気がする。今思い出しても疲れの波が押し寄せるもの。
パートナーは神田と新入りのアレン・ウォーカー君。
いや、神田との組みは慣れたし、私としてはやり易いからありがたいんだけど。
神田とウォーカー君があんなに合わないなんて(否、神田は他人と合いにくいけども)。
間に入る私の事も少しは考えて……欲しかったな、お姉さん。うん。
教団に帰ってからすぐに休みたかったっから、帰りの列車の中で報告書も作ったし。
たいした怪我も無い。
今回は……肉体的と云うより精神的に疲れたんだな、多分。否、きっとそうだ。そうに決まってる。
「 はぁ。」
気が緩んだのか、疲れ切った溜め息が出てしまった。
「 ――。」
その瞬間、神田に名を呼ばれた。
「ん?なに?」
笑う訳でもなく、いつもの様に神田を見る。
暫く、しげしげと私の顔を見ていた神田だったが、……なんでもない、じゃあな、と云って部屋へと帰っていった。
不可解に思いつつも、私は神田の背中におつかれと投げてる。
その後ウォーカー君とも別れ、私は一人食堂へと歩いていた。
任務の後はいつも、ジェリーちゃんにお茶を淹れてもらっているから。
だから、今日もいつもの様に疲れた躯を引きずって、一人で食堂へと向かっていた。
「 あ。
〜!!」
いきなり、後ろから自分の名前を叫ばれた。
声で、誰かは大体判るけど振り返ってなどやらん。私は酷く疲れているんだから。
呼ばれたことを無視し、私は先へと進んだ。
「 っ!聞こえてんだろ!?
無視すんなって!」
ガッと、躯が前へと動いた。
と、同時に背中に温もりが伝わってきて。
こ、これは……!
「――ぶった斬る。」
私は腰から下げていた三節棍のイノセンス『天使の階段』に手を掛けて発動させ、躯を反転させる。
「其処に直れええええぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」
三節棍を一本の棒にし、思い切り天へとかざし、そのまま垂直に振り下ろした。
薪を割るナタの様に。
「 ギャ―――――!!?
ちょちょちょちょ、ちょっとタンマタンマ!
ちょっとした冗句さっ!!」
ぎゃああとわめきちらしながら、先程私に抱きついてきたオレンジ色の頭をした男が両手を挙げる。
――パシッ
真剣白刃取りよろしく、オレンジ色の頭をした男(以下オレンジの人)は私の天使の階段を両手で受け止めた。
「あ、危なかった……さ……。」
ふぅ〜と安堵の息を吐き出す。
「 ……ふん。
今のくらい受け止められて当然。『受け止められるよう』に振り下ろしたんだから。
ったく、なにだらしない顔してんのよ。早く放して頂戴。」
天使の階段をぐいっと引っ張り、バラして発動を解く。
オレンジの人は何か云いたげに私を見てくる。
「じゃあね。」
そのまま天使の階段を腰に下げ、躯を反転させて食堂へと向かう。
あぁ、とんだタイムロスだわ。
「 、これから何処行くん?
さっきコムイに聞いたけど、もう任務は終わったんしょ?
だったら俺とお茶でもしてから散歩と洒落込まないかい?」
にゅうっと効果音でも付くかと思うように、隣から声と共に顔を覗かせる。
「……。」
こんな人。
答えてやるのも莫迦らしい。
私は無視を決め込み、スタスタと歩く。
「 なーなー、、一緒にお茶しようさー。
任務も終わった事だしさー。」
にこにこと、しまりの無い顔を私に寄越す。
オレンジの人。
「ー。」
「お茶しよ!」
「なんだったら下まで行って買い物とかでも!」
「それとも森の中を2人で散歩?」
「 なー、ー。
ってばー。無視しなさんな〜。
せめて、その可愛いお顔をこっちに向けて〜。」
ヘラヘラとした顔と声で、オレンジの人は私に話しかける。
「〜。」
「なー、ー。」
「お茶ー。」
「―――」
「五月蠅いッ!」
長い廊下に、私の叫び声が響き渡った。
其処彼処を歩いている人達が、興味のマナコを私へと向けてはそらしていく。
あぁ、ついに我慢ならならなくて反応してしまった。
「あ…………?」
隣に居るオレンジの人は、驚いた様で肩をすくませ眼を丸くして私の顔を見ている。
嗚呼、駄目だ。
多分もう、止まんない。
「 気安く私の名前、呼ばないでくれる!?
軽い奴なんて嫌いなのよ、虫唾が走る。
手当たり次第声掛けるなら、ヨソ当たってよね!」
捲くし立てる様に、一息で云い切った。
はぁっ はぁっ と、小さく2回息をして呼吸を整える。
オレンジの人はさっきから少しも顔を変えない。
ふん、ほらね。
図星指されて、何も云えないんでしょ。
固まっちゃって。清々するわ。
「じゃあ――」
「違うさ。」
じゃあね。と云って立ち去ろうとした時。
隣から、声が降ってきた。
先程とは違い、少し低いトーンの声が。
ゆっくりと、声の出所へと顔を向ける。
ドキ っとした。
其処にあったのは。
驚いた顔でも、しまりの無い緩んだ顔でも、笑った顔でもなかったから。
其処にあったのは。
真っ直ぐに私を見つめる、真剣そのものの顔付きだったから。
不覚にも、ドキ っとした。
「……なによ。」
「違うさ。」
聞き返すと、先程と同じ言葉が返ってきた。
「 手当たり次第……って、確かに、綺麗な人を見かけると声掛けたりするかもだけど。
けど、違うんさ。
に声掛けたのは……。」
ぐっと見つめてくるその瞳は、揺れなかった。
「 に対する気持ちは、他の奴に対する気持ちなんかとは比べらんねぇ。
この気持ちはそこらに売ってるもんじゃ買えねぇよ。」
ゆっくりと、オレンジの人の右手が私の左肩へとそっと置かれる。
「 だけは俺を素直にさせてくれる、大切な人なんさ。」
私と目線を合わせて、眼を合わせて、彼は確かにそう云った。
「……ラビ。」
突然の事で凄く驚いた。
こんな真面目な彼を見たのは、これが初めてで、その事にも驚いた。オレンジの人には悪いけども。
凄く驚いたけど、何故か嬉しくて、私は自分の顔が熱を帯びている事に気付いてしまった。
「ラビ、私……。」
私はポツリと小さく口を開いたが、次の彼の言葉によってかき消されてしまった。
「 は俺の心のオアシスさ!」
「 ・・・・・・。」
意気揚々と、誇らしげにオレンジの人はそう云った。
……
あのねぇ。
今私、ちょっと、否、大分感動してたんだよ!?
なのにそれを己からブチ壊すような事。
「 それが胡散臭いんでしょうが。」
ボソッと、聞こえない程度に呟いてみた。
相変わらずオレンジの人の顔はるい。
……この先も、ずっとこうなの?
なんだか、酷く疲れてしまった。
私はオレンジの人の手を払いのけ、再び食堂へと歩き出した。
「 あー、、待ってくれさー!!」
後ろで誰かが叫んでる。
はぁ。全く。
私のトキメキを返せええぇぇぇぇ!!!!!