1000回目の夜
『 !
13日の夜9時に中庭に集合!!
遅れたら許さないよ(ガッツポーズ)。』
そう書かれた紙切れが、教団内にある私の部屋のドアの隙間に挿まれていた。
差出人の名前は書かれていないけど、誰だかなんてすぐ判る。その筆跡で。
お祭り係の からだ(詳しくはみんなでお茶を参照)。
13日って……もう日付変わってるから今日じゃん。
そりゃ私は4日間程任務で部屋空けてたけど。それにしても急じゃないですか?
何するのか、判らないけど……まぁが考えた事だ、どうせロクでも無いだろうな。
なんて、結構酷い事思いながら団服のボタンを外しつつベッドへとダイブ。
日付変わってから帰還とか、もう慣れたけど、やっぱり辛いし眠い。
嗚呼、せめて洗顔だけは済ませないと……肌が……荒れる………――
コンコンコンコン
「 おーい、〜!起きてるかー?」
はっっ!!
い、いかん、結局昨日っつーか今日だけどあのまま寝ちゃったんだ。
って、今何時?うわっ、もう7時過ぎてんじゃん。そりゃデイシャも来るわ。
コンコンコンコン
「 おーい、〜?」
「 はいはいはーい、すぐ行くー!ちょっと待ってぇー。」
バタバタキュッザーバシャバシャザーキュッバタン
バタバタガタタッバサバサガタッパスンバタバタバサッバタバタバタ
ガチャッッ
「 ごめん!今まで寝てた。」
「 やっぱりか〜。でも俺もさっきまで寝てたし、気にすんな。」
「 ん、ありがと。
それじゃ、行こっか。」
カチャン カチャ
急いで、取り敢えず顔だけ水で洗って、団服をちゃんと着てドアを開けるとデイシャがにっかしと笑って迎えてくれた。
デイシャは昨夜まで私と共に任務に就いていて、今朝一番に報告書を提出する約束をしていたから。
部屋の鍵を閉めて、コムイの居る司令室へと歩く。
「 で?
その荷物を見るに、風呂入ってねぇのか。」
「 !!
……イエス、アイアム。」
隠す様に持ってたんだけど、バレてましたか。あははは、は。
「 眠たさに負けて、部屋入ったら団服も脱がずにもう。
すいません、この後入ってきます。」
「 はははっ!
まぁ、俺ももう少し帰んのが遅かったらそうだったろうな。
能く有るって。」
肩を落とす私に、デイシャは優しく慰めてくれる。
うぅ、なんて良い奴、デイシャ=バリーよ!
「 うん、気にしない。
あー、でも。
部屋にお風呂が有ったら、こんな事にはならないのに……!」
畜生、あのマッドでシスターコンプレックスなサイエンティストめ!!!
「 ははは、まーな。
文句ならコムイに云えって。」
「 云って如何にかなる訳でも無いからなぁ。
あー、世の中上手くいかないなぁ。」
「 そんな事くれぇで世を嘆くな。」
あははと苦笑いをもらされた。
「 露天風呂も良いんだけど、個室に、せめてシャワーだけでも良いから置いて欲しいなぁ。」
ブツブツと声にならない声で文句を云いながら、身体を拭いて着替える。
露天風呂は、確かに広くてゆったり出来るから良いんだけど、いちいち此処まで来なきゃいけないし、荷物だって出る。
「 それが面倒臭いんだよなぁ。」
ガチャリ
「 ――なんつー恰好してやがる。」
「 へ?」
溜め息を吐きながらお風呂場のドアを開けて出ると、いきなり声を掛けられた。
頭から無造作にタオルを掛けているので、タオルと髪の隙間から覗いてみたら、神田の姿が其処に有った。
「 みっともねぇ。」
はっと一笑しながら、神田は私の頭をタオルごと乱暴にかき回す。
「 やめんか、こら。」
がしりとその手を掴む振りして脇に一発入れてやろうと思ったら、逆にその手を掴まれた。
「 人に何か云う前に、先ず己の恰好を見直せ。
そんなんで教団内うろつかれたら迷惑なんだよ。」
「 !?んなっ、ちょっと!」
そう云って神田は私の頭を更にかき回す。
反抗の声を出して、なんとか見上げてみると神田の姿はもう数メートル離れていた。
「 ……。」
云われた言葉を思い出して、自分の服装を見直してみた。
お風呂上りは暑いので、首もとのボタンと云わず上半身のボタンは総て外してる。
でも中にタンクトップ着てるし、別に大丈夫だよね?
髪はタオルで適当に拭いて手櫛で梳いただけだけど……。
あ、あと靴下も履いてないか。
いやでもほら、暑いじゃん。コレでも未だましな恰好してるって。
夜ならいつも大抵タンクトップにハーフパンツだから。
ねぇ。
「 風紀委員長め……。」
気付いたらそう云って、笑ってた。
今日は久しぶりに休暇が貰えて。
朝からデイシャと2人でコムイのところに報告書持って行ったら、なんでだかくれた。
ありがたいに越した事無い(?)んですが、急に休めって云われてもなぁ。
夜の9時まで何して過ごそうか。
こんな時に限ってもミランダもリナリーも居ないし。
他に誰と遊べっつーの。
「 ……お?」
ふと、窓から下を見ると、中庭でが動いてた。
「 なんだ、居るじゃん。
なにしてんだ?」
能く見ると、ミランダとリナリーとジェリーちゃんも居る。
「 ……本当になに――」
「 おい。」
おわあ、亦ですか。亦いきなりですか。
「 な―――」
「 なにしてんだ。」
――によ。って、人の言葉遮るなよ。
「 何って別に……暇だからうろついてんの。」
「 ……。」
そう云うと神田は私が見ていた窓から外を覗いた。
「 ……、暇なら付き合え。」
「 は?なにいきなり。」
そうかと思えばこの通り。
こう返すのがやっとだ。きっと今物凄く間抜けな顔晒してる。
「 丁度今から修錬する予定だったからな。
相手が居りゃ好都合だ。」
「 は?いやいや待て待て。
私は未だ行くとは云ってな――」
「 行くぞ。」
引き摺られる形で、そのまま外に連れ出された。
いや、私、任務から帰ってきたばっかで、ちょっと疲れてたりするんだけども。
強制?
「 そろそろ―――まぁ、こんなもんで勘弁しといてやるか。」
「 ……センセー。既に月も星も出てるのですが。」
とっぷりと日は暮れて、辺りはもう真っ暗。月明かりが仄かに照らしているだけだ。
そんな私はたっぷりと、神田風紀委員長先生様にしごかれていた。
「 暇潰しにはなっただろ。」
いや、其処笑うところじゃないし。
なんだよ、アレから休憩も無しに今までずっと修錬とか。私だって一応女だ。
休みの日にはゆっくりとお茶くらいしたいんだよチクショウ、このポニーテール風紀委員長め。
「 これくらいでヘバるなんて、お前もまだまだだな。」
「 云ってろ、このサラシマ――」
「 それで汗拭け。風邪でもひかれたら、コムイに何云われるか判りゃしねぇ。」
――ン。
バサリと頭の上に白い物体が落とされた。
しかも手で押さえつけられてる。神田の表情が見えない。
「 神田は?」
「 俺はお前と違って汗かいてねーし。」
あ。亦莫迦にした笑い方してる。
「 そりゃあどうもご親切に!
それからさぁ、お前って云うのやめてくれる?気分良くないんですけどー。」
汗を拭きながら何気なく神田を見たら、思い切り眉間に皺を寄せていた。
そんなに厭ですかい。
「 ちゃんって愛情込めて呼んでくれて良いから♪」
「 …………。」
「 ……冗談だよ。」
そんなに皺を深くしてくれるな。
「 ………………。」
「 ……え?」
神田さん?
「 なんでもねぇ。
もう良いだろさっさと返せ。」
ぐいっとタオルを取り上げられた。
あれあれ?
もしかして神田さん、ちょっと照れてますか?
「 洗って返すよ。」
「 別に良い。俺が洗う訳じゃねぇしな。」
「 もー、つれないなぁ、ユウちゃんは。」
「 !!?」
きゃー怖い。
神田さんが睨んでくる。メッデューサの如く睨んでくる石化してしまう!
「 べ、別に良いでしょ?名前で呼んでも。
神田だってさっき私の事名前で呼んだし……。」
思わず頭の前に手をかざし身構えてしまった。
恐る恐る顔を見ると、やっぱり眉間に皺を深く深く深く深く刻んでいた。
・・・・・・云い過ぎたか。
そりゃまぁ、神田とはそんなに親しくないけども。
「 ……ちゃん付けはヤメロ。」
ポツリと呟く様に、だけれども確かに、そう、云った。
って、事はー。
「 下の名前で、呼んでも良いの?」
「 ……
好きにしろ。」
さっさと歩いて行ってしまってるけど、何気に親密度アップですか?
いやー、何でも云ってみるものですね。
うわ、なんかちょっと嬉しいかも。
「 ユーウ。」
「 五月蝿い。」
「 あははははは、ユウ!」
「 用も無いのに呼ぶなっ!」
「 良いじゃん、減る訳でも無いしー。
ユウも呼んでくれて良いんだよ?」
「 誰が。」
「 照れんなって。」
神田の――否、ユウの後を少し早足で追いかけながら私は笑う。
ユウとの修練で疲れてるけど、何故だかその疲労感が心地良くて。更に私の頬を緩める。
「 。」
教団内に戻って、ホールの大きな階段を上がっていたらユウに名を呼ばれた。
「 何?」
それが少しくすぐったくて、にやける頬を無理に制しながら振り返る。
「 この後如何すんだ?」
「 この後?
別に用も無いしお風呂入ってもう寝るよ。どうして?」
そう聞き返すと、はぁっと短く、大きな溜め息を吐かれた。
「 ……なによ。」
意味が判らず、ちょっと気分悪くなる。
「 ――ついて来い。」
「 ……は?なんで……未だ更になにかさせるつもり?」
「 良いから、来い。」
ガシッ
「 ちょっ、ユウ!私疲れてるんだって!離してよ!」
右腕を右腕で掴まれて、歩きづらい体勢でユウに引っ張られる事7分。
私は抵抗したけれど、軽く流された。
「 ユウ、ユウ!」
肩を大きく叩くと、ユウはやっと止まった。
「 ……。」
無言のまま私へと振り返り、目を見据えてくる。腕も離してくれた。
「 なんなのよ。
そもそも何処に連れて――」
「 あ―――――!!!」
ユウに詰め寄っていると、何処からか叫び声が聞こえてきた。
「 ……なに」
「 やっと来たなこのやろー!
9時に集合、遅れるなって云っといたのに、2分も過ぎてるっ!!」
声の方向に顔を向けると、其処にはご立腹だと云った顔色をしている少女が1人此方へ詰め寄ってきていた。
「 ……?
9時にってなんのこ……あ!ごめん、忘れてた。」
「 てんめぇー、ブッ飛ばすぞこのやろう!」
窓の外から、が怒りの形相でまくし立ててくる。
そうだった、今日は9時から中庭でなにかするんだっけ。すっかり忘れてた。
「 ごめんごめん。神田と今まで修練してたからさー……。」
手を顔の前で合わせる。
は未だちょっと怒ってるみたいだ。
でも、あれ?
どうしてユウは、私がと9時から中庭で会うって知ってたんだろう?
「 神田君も神田君だよ!
いくらを遠ざけておく必要があるからって、ギリギリまでやる事ないじゃん!」
「 なっ!!
俺は間に合うように終わった。
コイツが部屋に戻って寝るトコだったのをわざわざ連れて来てやったんだ。忘れてたコイツが悪いんだろ。
感謝はされても怒られる筋合いはねぇな。」
……はい?
「 うるさい!神田君も同罪だあ!!」
「 子供の屁理屈かよ。」
……はい?
「 うるさいうるさいっ!!
兎に角、2人共こっち来る!早く!」
どどどど如何いう事ですか?
って、神田さん。チッとか舌打ちしながら中庭に出て行ってるし。
なに、ユウも一緒なの?
最初からユウも知ってたのか!?
「 お疲れ様、神田。」
「 いらっしゃ〜い、。」
「 おつかれー、神田。」
「 ちゃん、神田くん、遅いよ〜!」
教団の建物から中庭へのアプローチの両脇に、キャンドルが幾つも灯されていて。
そのアプローチを抜けた先から、声が沢山降ってきた。
其処には、幾つものテーブルがあって。その上に料理や飲み物、ケーキといった物がキャンドルと共に綺麗に並べられていた。
「 ……なにこれ。」
呆然と、その場に立ち尽くしてしまった。
私のすぐ前を歩いていたユウが振り返って此方を見ている。
「 なに、これ?」
再び同じ言葉を繰り返した。
はぁと短く小さく息を吐いたユウは、口を開いてこう云った。
「 今日はが此処に来てから、1000日目らしい。」
その祝いだとよ。
そう云ったユウの言葉は、クラッカーの盛大な音と皆の声でかき消されてしまって。
「 え?なに?なんて云ったの?」
次々と皆が私に飛びついてきた。
最早なにがなんだか判らない。
「 おめでとう!
って云うのは、少し違うかもしれないけど、今日でがココに来て1000日になるんだよ。」
そう云っては私に中身の入った紙コップを渡す。
「 やっぱりそういう記念事は、盛大にやらないとと思ってリナリーに話してみたら。
こんな事になっちゃった。」
あははと楽しそうに笑って、は云う。
全く、本当にお祭り係だな。
「 おめでとう。」
「 今までお疲れサン。そしてこれからも共に働こうな、。」
「 馬車馬の如く、な。」
「 今日くらいは、羽を伸ばしてもバチは当たらないよちゃん。」
「 これからもよろしくな。」
「 よろしくね、。」
「 おめでとうございます、さん。」
「 1000日なんてあっという間ね、。
今日はいつもより、一層腕によりを掛けて作ったんだから、た〜っくさん食べてよね!」
リナリーやリーバー班長、デイシャ、コムイ、マリさん、ミランダ、ウォーカー君、そしてジェリーちゃん。
次々と言葉と笑顔を浴びせられた。
なんだか訳が判らないまま、私も笑っていた。
尚も花火やクラッカーのシャワーは鳴り止まない。
そんな中、誰かにぶつかったと思ったらユウだった。
「 ごめん、ユウ!」
聞こえただろうか。
ユウの口が動いている。
「 なに?聞こえない!」
ガヤガヤと、ザワザワと、音は鳴り続ける。
「 俺とが出逢ってから、今が1000回目の夜だ!」
そう耳元で叫んだユウは、確かに笑っていた。
こんなバカ騒ぎ、考え付くはある種凄い。
それに乗ってくれた皆も、凄い。
そして私は、凄い仕合わせ者だ。
こんな、こんな素敵な人達に囲まれているのだから。
私は、凄く仕合わせだ!